第15話 黒の貴公子
今日は雨が降っている。
いつもなら外の丸太のベンチでギターを弾くところなのだが、今日は家の中で弾く。
ガラスのあたる雨の音を聞きながら爪弾くが、なんとなく遠くまで届かないような気がした。
雨の日は音があまり鳴らないものだけど、魔力を込めた音だし家の中でも外でもどこでも変わらないはずだが。
「……気持ち的なところでしょうか」
イズナは立ち上がると、植物の葉を使って撥水加工されいるというテーブルクロスでギターを包んだ。
玄関から外へ出てさっと手を頭上にかざし、エアウォールを展開する。
そして魔法で作った傘をさして歩き出した。
庭に現れる魔獣たちも今日はいないようだ。
あたりの魔素が薄くなり、だいぶ元気に動き回れるようになっていた。
それぞれどこかで雨宿りでもしているのかもしれない。
ガラスに映る雨の軌跡を見ながら、温室で弾くのもいいかもしれない。
それとも————世界樹の中で弾いてみようか。
そういえばまだ世界樹の中では弾いたことがなかった。
どんな風に音が響くのが、興味が出てきた。
ぐるりと世界樹の入り口の方へ回って中に入る。
幹の中で濡れることはないけれども、どこかしっとりとした空気がひんやりと満たしていた。
やはりこんな日はコードをジャカジャカと弾く気になれず、ぽろりぽろりとメロディを奏でた。
バラードにラブソング、情緒たっぷりに弾けば雨に溶けていく。
この大きな墓標で鳴らすなら、こんな曲だろう。
「どうぞみなさま、私の演奏をお楽しみください」
仲間入りしたばかりの金色の石が笑っているような気がした。
入り口から外を見ると、空が明るくなってきている。
もう少ししたらやみそうだ。
あと数曲弾いていこうかとイズナがギターを抱え直すと、すぐ近くで枝がバキバキッと折れるような音がした。
黒い影が声を上げたのと、イズナが慌てて飛び退たのは同時だった。
「ふげっ!」
「ひゃっ……!」
ビターンと倒れた黒い影は、どうやら人型の生き物のようだ。
地面にうずくまっていた姿はそうとう格好悪かったが、何事もなかったかのように立ち上がり、目にかかっていた前髪をかき上げた。耳の下で切り揃えられた髪の下から、尖った耳が見えた。
髪も瞳も漆黒。装飾の少ないスーツと短いマントも黒。タイを結んでいるシャツだけが白い。
離れたところから見ても、美形の男がそこにいた。貴公子といった言葉がぴったりだ。ぶつけた鼻のあたりは赤くなっていたが。
「——おかしいですね、華麗に登場するはずだったのですが……」
男は切れ長の目を細め、手を胸にあてて優雅に礼をした。
「こんにちは、お嬢さん」
「こ、こんにちは……」
——お、お嬢さん? そんな単語、転生してから初めて聞きました。というか、すごい音したけど大丈夫だったのでしょうか……。じゃなくて、一体どこから現れたのでしょう?
いろいろびっくりして目を瞬かせるイズナに、黒の男はにっこりと笑顔を見せた。
「演奏の邪魔をしてしまいましたね。申し訳ありません。さぁ、我のことは気にせずに続きをどうぞ」
「続きをと言われましても……」
男が気になって弾けるわけがない。
「気になるようでしたら、その穴から顔だけ出して聞かせていただきます」
男はさっと穴の中へ身をひるがえし、顔だけ出した。
余計に気になる。
「ええと、すみません。出てきてもらってもいいですか?」
「そうですか?」
「あの、私はイズナと申します、エルフです。」
「我はサルヴァディ・ダ・アルプトラウム。魔人ですよ」
魔人というのはドワーフとともに
詳しくはよく知らないが、エルフ・ドワーフとともに長命種だったはずだ。
やはりこの世界樹の根の間の穴はハマーに繋がっていて、辿り着いたのだろうか。
前世の記憶的に、ミドルネームがあるような名前は貴族のような気がするので、イズナは敬称なども前世の記憶に則ってつけてみた。
「アルブトラウム卿……閣下……? なんとお呼びしたら?」
「我のことはサルヴァと、お呼びください」
「……」
「あ、いえ、申し訳ございません。エルフのお嬢さんと初めてお会いしたものだから、舞い上がってしまったようです。どうぞサルヴァディと」
「はい、サルヴァディ様。私のことはイズナと」
「わかりました、イズナ。ところでエルフの貴女がいらっしゃるということは、ここは
「いえ、こちらはテラリスです。ここは世界樹の中ですよ」
「世界樹の中……?」
「はい。その壁に這っている階段をずっと上っていくと、クローネにつくようです」
「なんと! 美しきエルフたちの住まうクローネへの一歩がこちらにあると?! 上ってもいいのでしょうか?!」
「特に何も言われていないのでいいとは思いますが、何年かかるかわからないですよ」
「……儚き夢を見ました」
諦めが早い。
ここで話しているのもなんなので、イズナはサルヴァディをログハウスへ招待することにした。
「よかったらいっしょに食事でもいかがですか」
「よろしいのですか? そんな先ぶれもなくご令嬢の家に伺うなど」
「はい、ぜひ。大したものはお出しできなくて申し訳ないのですが。よかったらどうやってここまで辿り着いたのかなど、お聞きしたいです」
「そんなことでよければ、いくらでも」
樹洞から出ると、雨は止んでいた。
晴れ間が差し込む空には、くっきりとした虹。
遠くから「クロロ〜」「ウオ〜ン」と遠吠えが聞こえた。
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