第二章 世界樹の根本で

第11話 記憶を継ぎし者


 イズナは世界樹のそばで、ひとり暮らすようになった。

 大きなログハウスは、ひとりで住むには広い。

 やたら暖かい雰囲気だし、短い間だったけど楽しかった記憶もつらい。


 フレイアにあんなことを言わなければ、もっといっしょにいられただろうか。

 エルフが亡くなると魔殻を残して体が消える。それは体がすでに朽ちているのに魔力で姿を見せているせいで、最後に魔力がなくなったら消えてしまうのだ。

 そう仮説を立てていたイズナの目の前で、それはほぼ立証されてしまった。


 フレイアにそれを気づかせなければよかったのかと、グズグズ後悔などをして過ごした。


 イズナがうだうだとしていても魔素の生成は待ってくれない。容赦なく溜まる。

 ギターを弾く手に、奏でる音に魔力を込めても、前より少し弱い気がした。

 それでも、何度も何度も音楽を流せば、魔素は動いていく。

 いつまでもしんなりとしてはいられないのだ。




 ある晴れた日。

 庭のベンチでギターを弾くイズナの頬を、気持ちのいい風がなでていった。

 魔素が薄くなり、だいぶ元気になったらしい魔獣たちもまったりとごろごろしている。


 魔素が濃くなっていた時は、冬眠のように仮死状態になっていたのだと、ゾウほど大きい緑トカゲが念話で教えてくれた。

 そこから少し離れたところにいるゾウほど大きい白オオカミも、そのまま魔素が濃かったらそのうち本当に死んでいたと思うと言った。


 無事でよかったとイズナが言うと、周りにいたもっと小さい魔獣たちも感謝を念に乗せてきた。

 いろんな魔獣がいて時々揉めているみたいだが、今のところ大きなことにはなっていない。


 こんなに気持ちがいい風だし、ログハウスの空気の入れ替えをしようか。

 窓は開けて換気はしていたけど、全部の場所を一斉にはやっていなかった。


 ふと思い立ち、一階の共用部から開けていく。

 玄関すぐのリビング、キッチン、ダイニング、談話室。爽やかな風が吹き抜けていく。


 二階は個室が並ぶ。居住者がいるらしいふたつの部屋は開けずに、その他の部屋を開けていく。

 空部屋は気兼ねなく入って窓を開け放した。


 北側の手前から二番目の部屋。

 扉の前に立つことしばし。

 イズナは小さくノックをして、取っ手に手をかけた。

 初めて入るフレイアの部屋は、グリーンのファブリックで揃えた清々しい雰囲気の部屋だった。

 しょっちゅうハーブティを飲んでいた姿と重なる。


 次に来る者のために片付けないとならないのだろうが、まだそんな気持ちにはなれない。

 机の近くの本棚には、しっかりした装丁のノートがたくさん並んでいた。

 一冊取り出して開いてみると、植物のことが書かれている。

 温室の中のものから森に生えている植物まで、詳細なイラストとともに名前やお世話の仕方、出典元の本の名前とページまで載っていた。


 また他のノートには、疑問点と貴族のことなど調べてわかった事柄が、メモのようにみっちりと書いてあった。

 さすがに『”ざまぁ“とは?』と書いてあるのを見て笑ってしまった。

 どういうものを”ざまぁ“というのははわかったようだが、どこから来た言葉なのか元の意味はわからなかったようだ。それはぜひ教えてあげたかったとイズナはしょんぼりした。


 これは追放もの小説を読む時のメモ帳だったのだろう。

 勉強熱心だったらしいフレイア。

 こんなにきっちりとした性格だったなんて、知らなかった。

 あんなふうにカラリと笑うくせに、調べごとはとことん追求して細やかな研究をする者だったなんて。


 フレイアの生きた証がここにある。

 風に舞う砂のようにいなくなってしまった姿を、記憶が追いかける。

 これはいつか図書室へ移そう。きっと誰かのためになる。

 まだ片付けることができないイズナは、読んでいたノートを閉じて本棚へと戻した。


 もうひとつ、開けるのに躊躇ちゅうちょする部屋があった。

 先代管理者の部屋だ。

 使ってもいいけど片付けないでと言われている。

 どんな風になっているのか。


 おそるおそる開けてみると、中は普通の部屋だった。

 特に何かがあるわけでもない。

 ただ、机の上に何かが載っていた。


 ——タブレット?


 イズナは、一瞬、凝視してしまったが、よく見ると銀色の板だった。

 エルフたちがノート代わりに使っている魔力板は半透明なので、それとも違う。

 銀色の板の下の方に、小さい魔石が埋まっている。


 ——ホームボタン?


 触ってみると、銀色の板は光を放った。


「やっぱりタブレットじゃないですか?!」


 銀色の板そのものではなく、そこからほんの少し浮いた場所に文字が現れている。

 画面の中にはエルフ語で「記憶を継ぎし者へ」とあった。


 ”これはこの地に降りたエルフたちの記憶である。

 魔力板をかざすことでその記憶は共有される”


 魔力板。魔力で作る四角い半透明な画面で、記憶したものを映し出したり、クリップボードにしたりといろいろ使えるものだ。

 これがあるのでエルフに紙や本の文化があまり発展しなかったのだろう。

 イズナが右手に魔力を込めると、魔力板が現れた。

 それを銀の板の上にかざすと、大量の情報が魔力板に流れてイズナの魔力を揺らした。


「ひゃ…………!」


 衝撃で座り込んでしまった。

 何百年——いや数千年分の記憶。

 それが奔流のごとくイズナの魔力に干渉したのだ。


「わぁ……びっくりしました……」


 タブレットというよりは、非接触型の記憶媒体のようなものだろうか。

 流れ込んできたけれども、流出していったという感じもあった。

 アップロードとダウンロードが同時に行われた的な。

 定期的に更新していった方がいいのかなとイズナは首をかしげた。


 ここが窓を開ける最後の部屋だったので、近くにあったひとりがけのソファに座って自分の魔力板を開いてみた。

 リストになっている項目名の中に”記憶を継ぎし者へ“というものが増えていた。

 それに触れてみると、目次のように並ぶ名前の一番上に、イズナの名があった。

 その下にミーミルスとある。

 知った名前だ。さっき部屋のネームプレートで見たばかり。

 多分テラリス地上界のどこかにいるであろう、落ちエルフのひとりである。


 ということは、これは世界樹の管理者だけではなく、何かしらの理由でここに来た者もふくまれているということ。

 もうひとりの落ちエルフ、デリングの名前はなかった。

 そしてフレイアの名もない。


 イズナはふと、もしかしてあの銀のタブレットもどきを立ち上げるのは、前世の記憶があって、さらにああいうものを知っている者なのではないかと思った。

 名前は五つ。

 なかなかの数である。

 何が出てくるのか楽しみ半分と恐れ半分で一番下の名前に触れた。





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