第3話 夜の帳、開戦の号令
午前一時三十八分。枕元の無線機が鳴った。 警報ではない。
だが、それが意味するものは一つだった。
私は身を起こし、訓練された手つきで戦闘服に袖を通す。靴を履き、武器を確認する。
寝ぼける暇はない。
だが、身体はいつもより少し重く感じた。
――初陣。 その言葉が、脳裏を過ぎった瞬間、喉が乾いた。
「……落ち着け、ヴィクトリア軍曹」 自分に言い聞かせるように呟き、通路に出た。
第七小隊の集合場所にはすでに何人かが到着していた。
誰もが緊張を隠すように、普段より少し口数が多い。
「この時間に出撃かよ」 「新任小隊長の初陣だからって、俺たちが付き合わされるのかよ」 聞こえるように言っているのか、偶然か。
「ガキの小隊長がよ……」 そう呟いたのは、口の悪い若手兵士・トーガだ。
(あんたも十分ガキだろうに……) と、私が少しばかりセブンの肩を持つ思考を巡らせる理由は、冷静に考えれば彼がいなかったら、このやっかみの対象はきっと私であったことにあるのだろう。
ややあってセブン・ブライト少尉が集合場所に現れた。
いつもと変わらない表情で、淡々と全員を見渡す。
「全員そろってるか。出発の指示が来てる。移動を開始する」
その声音に動揺や緊張は一切ない。
むしろ、夜明け前の演習にでも行くかのような落ち着き。
それがまた、反感を買っていることを、本人は気にする様子もない。
「作戦概要だ。第三小隊が数時間前に実行した索敵行動により、残敵の潜伏先が判明した。位置は旧マナイン集落付近。目的は生存している敵斥候部隊の排除と情報収集。潜伏期間を考慮し、奇襲の可能性がある」
ユイ・ヴィクトリア軍曹――つまり私――は、そのブリーフィングを聞きながら、少しだけ心拍数が上がるのを感じていた。
「移動経路はこれだ。第一経路は街道沿いを進行、敵の哨戒にかかる可能性がある。第二経路は森林地帯を経由し、目標地点への接近を図る」
セブンは、どちらがより合理的か、メリットとリスクを淡々と比較して説明した。
「俺たちは第二経路を選択する。時間はかかるが、奇襲の可能性を踏まえればこの方が生存率が高い」
その言葉に、フェルナンデス准尉が口を挟んだ。 「それで接触が遅れ、敵が撤退したら意味がない」
セブンはフェルナンデスの視線を真っ直ぐ受け止めた。
「撤退の兆候はありません。周囲の地形的にも、彼らが容易に離脱できるとは考えにくい。むしろ、持久戦に備えて陣地化している可能性がある。だからこそ、無闇に突っ込むべきではありません」
一瞬、空気が張り詰めた。 だがその緊張を打ち破ったのは、セブンの確信に満ちた声だった。
「皆を死なせないための選択だ。異論があるなら聞きますよ」
静寂が落ちる。誰も手を挙げなかった。 それは、命令に従うというよりも――判断の正しさに、思わず言葉を失ったという空気だった。 フェルナンデスも黙って頷いた。
「……了解だ、少尉」
この男は、確かに“正しさ”を知っているのかもしれない。
だがその正しさが、人を動かすには少しだけ不器用で、少しだけ浮いている。 ――それでも。 この初陣で、少しずつ皆がこの男に巻き込まれ始めていく。
望むと望まざるとにかかわらず。
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