第30話 オタク女子高生に性癖を増やされるギャル

 学校に行って、勉強して、学園祭の準備をして、委員長を手伝って、バイトして、宿題して、ライブのために楽器を練習して……。


 ここ最近の私の毎日は、社会人をやっていた頃と比べてもだいぶハードだった。そして疲れ切った私の脳は、思わぬ方向へと思考を導いていく。これまで匂いフェチ、年下に甘やかされフェチと“癖”を増やしてきた私に、新たな性癖が加えられようとしていた。


 あおいの舌が見たい!


 こんなことを言っても信じてもらえないかもしれないが、そこに性的な欲求は一切なかった。純粋なただの興味だった。つい最近、学祭の準備中に私の腕にペンキがついて、冗談で葵に「舐める?」って聞いたら、本当にペロッとされそうになったことがあった。


 そのことがきっかけで、「そういえば他人の舌って、あんまり見ること無いなぁ」とぼんやりと思った。そして疲れ切った脳が、「葵に頼んだら、普通に見せてくれそうだなぁ」みたいな、様子がおかしい方向に思考の流れを変えていったのだ。


 つまるところ、私は葵に何かを承諾されたいのかもしれない。舌を見るのとかどうでも良くて、葵に「いいよ」って言ってもらえることそれ自体に、どこか心の安らぎみたいなものを感じているのかもしれない。


 葵って、どこまでのことならやってくれるんだろう?


 あ、ダメだ。なんかまた新しい性癖が私の中で生まれようとしている。いや性的な欲求ではないから、“性”癖ではなく癖って言うのか? わからん。なんもわからん。大体葵が悪いんだ。あのなんでも許してくれそうな態度が、私の疲れた脳にすーっと効いて、狂わせているんだ。とにかくなんでもいいから葵に許可されたい。


「ねぇみーちゃん、どうしたの?」


 やべ、ちょっと意識飛んでた。私は今、葵の部屋で一緒にアニメを見ているんだった。


 久しぶりに委員長のお手伝いが早く終わって、今日はバイトも無い金曜日の放課後。帰宅しようとすると、駐輪場で葵が待っていた。それで「今日わたしの家、誰もいないんだけど、くる?」とのこと。なにこの彼女感って心の中でツッコミながらも、私は二つ返事でOKした。今日は葵とアニメでも見て、まったり過ごしたかったからだ。


 で、私も葵も制服のまま座椅子に座って、絶賛第二期が放送中のアニメ「ストライクウィッチーズ」を、葵から布教される形で一緒に見ていた。ところがその最中に、あろうことが私は一瞬眠ってしまっていたようだった。


「葵ぃ…… ごめんねぇ…… このアニメがつまんないとかじゃないからねぇ」

「そんな、わたしこそごめん。みーちゃん疲れてるよね」


 テレビ画面を見ると、まだ第一期の4話が終わったところだった。よかった6話じゃなくて。もし6話で寝ていたら、さすがの葵も怒っていただろう。私ならブチギレてる。多分殺されたって文句は言えない。


 葵が本気で怒ったら、どんな顔をするんだろう?


 やばい! 私の頭の中でどんどん“癖”が増えていく! 葵がガチで怒っているところを、見てみたいと思ってしまっている自分がいる。実際のところ、葵はどんなことをされたら怒るんだろうか。


 私が疲れているのを見て、アニメ観賞を一時中断してくれた葵に、私は、


「ねぇ葵。葵って、私にされたら嫌なこととかある?」


 あ、なんか話の流れが急すぎたかもしれん。アニメを見ながら寝かけていたかと思ったら、突然「どんなことされたら嫌?」なんてやべー女だ。それでも葵はちゃんと考えてくれて、


「みーちゃんにされて嫌なことは、特にないかも……」

「いやそんなことないでしょ!」

「声でっか……」


 ないってことはないんじゃないかな。わかんないけど。わかんないけど私は、なんとしてでも葵が嫌なことを聞きたかった。


「普通に殺されたりしたら嫌でしょ」

「うーんそういうことなら、首とか絞められたりしたらそれは嫌かもだけど…… え? そういう話?」


 あれ? そういう話だったっけ? いや違うな。そんなん誰だって嫌に決まっていた。そうじゃなくて、例えば「ストライクウィッチーズの第6話を見てる最中に寝られるのが嫌」とか、そんなレベルのことが聞きたかったのだ。


 でも葵が苦しんでるところとかちょっと見たいかも……。


 アカン! 首絞めフェチに目覚めるのはまずい! 命に関わる! というか葵を苦しめるのは絶対に嫌だ。苦しんでるところが見たいだけで、苦しめたくはない。いつもにこにこしながら健やかに暮らしていてほしい。


 私がそんな葛藤をしながら見ていると、何をどう解釈したのか葵は、すこし自分の髪を持ち上げて、細くて青白い首筋をさらして、


「あの…… やってみたい?」


 そういうところじゃん! これやっぱ私悪くないかもしれん! 恐ろしい。こんなに短時間で私の中に今まで存在しなかった“癖”が併発することってある? 私は今、この小さなオタク女子高生に、無限に癖を植え付けられている。


 そんなことを懊悩おうのうしているうちに、私の手は、吸い込まれるように葵に向けて伸びていった。それでも拒んだりする様子を見せない葵に、私の指がようやく触れて、そして──。


 葵のほっぺをつまんでいた。


「やるわけないでしょ。そんなこと」

「へへへっ…… そうだよね」


 何が「へへへ」だよって思いながら、葵の頬をむにむにする。ちょっと力を入れたら取れてしまうんじゃないかってくらい、柔らかかった。そして私の意思で好き勝手に形を変える葵の頬を見ていると、なんだか自分でも驚くほど癒されていった。


 結構長いことほっぺをいじってるけど、結局これも全然拒まないな……。このままだと本当にほっぺが取れちゃって、それで、えっと…… あれ? なんだっけ?


「ちょっとみーちゃん! 本当に大丈夫!?」


 はっ! また気を失いかけていた。


「ごめんね! こんなにみーちゃんが限界って知らなくて! どうしよう…… この状態で一人で帰すわけにも……」


 私のためにあわあわしている葵を見てるの楽しい。この映像を見ながら毎日寝落ちしたい。


「みーちゃん、取り敢えず横になる? わたしのベッド使っていいから」

「そうするー」


 眠気が限界だったので、靴下だけ脱いで葵のベッドを借りることにした。シャワーも浴びず、着替えもせずベッドを借りるのは迷惑じゃないかとか、そういう難しいことは今はなんも考えられなかった。


「ねぇ葵。一緒に寝る?」


 私のふわふわした脳が、そんなことを言う。なんか葵と一緒に寝たかった。


「うん…… いいよ」


 私と同じように靴下を脱いだ葵が、ベッドに膝を乗せてから、私の布団にがさごそと入ってくる。葵っていつもこんな感じで寝るんだ、みたいなことを、ぼーっとした頭で考えていた。


 葵は少し間を空けて、私に背を向けて寝ていたから、抱き枕にするように後ろから抱きついた。葵の匂いって、やっぱり落ち着く。この柑橘系の香りは、シャンプーの匂いなんだろうか。わかんないけど、この匂いをアロマとかにして売って欲しい。


 最近はずっと学園祭のことで頭がいっぱいだったけど、今の私のふわふわした脳は、葵がさっき言ってくれた「いいよ」って言葉で満たされていた。葵がまた、私の要求を承諾してくれた。だから安心だ。世界もきっと平和なままだ。


 でもこの添い寝って、本当に友達とすることなんだろうか。私の腕にすっぽりと収まった葵が、少しもぞもぞとする。私の腕と葵の制服が、擦れる音がする。わかんない。もう眠すぎて何も考えられない。


 とにかく今日は、ぐっすりと眠れそうだった。


…………

……


 いや朝って!


 葵の部屋のベッドで寝て、目が覚めたら朝になっていた。メイクも落とさずに、制服のまま朝まで寝ていたらしい。


 私は急いで通学カバンから鏡を取り出して、自分の顔を確認する。大丈夫だ、あまり崩れてない。普通に見れる顔面だ。高校生ってすごいって思った。でもこんなことしてたら、あっという間に肌年齢の方が先にアラサーになりそう。


 まだベッドで寝ている葵を見る。どうやら途中で起きたようで、葵は普通にパジャマになっていた。パジャマって言っても、いつもの私服と変わらない半袖半ズボンスタイルだ。多分彼女はこのままの格好で、今日一日を過ごすのだろう。


 それはそれとして、一回ベッドから出て着替えたのに、その後も私と一緒に寝ていてくれたことが嬉しかった。昨日の私はあまりにも限界過ぎて、心配をかけてしまったのかもしれない。今日は葵のご両親は家にいないって言うし、後で朝ご飯くらいは作ってあげよう。


 ただ葵が起きるまで勝手に家を徘徊する訳にはいかないから、しばらくこの部屋でぼーっとして過ごすことにする。シンプルな色の家具に、ラノベや漫画でいっぱいの本棚に、ゲーミングチェアやゲーミングPCに、窓から差し込む朝日。ほとんど寝息も立てないで静かに眠り続ける葵のそばに腰かけて、何も考えずに過ごす時間は、不思議と退屈じゃなかった。


 しかし昨日は無限に“癖”を増やされそうになったな。危なかった。でも今はちっとも変な考えは浮かんでこない。恐らく、ぐっすり寝て脳が回復したのだろう。一緒にアニメを見れなかったのは申し訳ないけど、私はめちゃくちゃ癒されてしまった。


「んー…… おはようございます……」


 葵が眠そうに目をこすりながら起床する。時計を見るともう9時だった。相変わらず朝は弱いらしい。良かった。よれよれのTシャツを着て、ベッドの上にぺたんって座る隙だらけの葵を見ても、もう新たな“癖”が生まれることはない。正常になったようだ。


 そんな風に安心している私の目が、葵の半ズボンから伸びる、少年のような細い脚を映す。


 もし私が今、急に葵の足を舐めだしたら、一体どんな反応をするのだろうか……。

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