第29話 委員長の手下のギャル

 最近の放課後は石田いしだ実咲みさき委員長に付き従い、学園祭実行委員補佐として働いていた。実行委員といっても、一年生は学園祭全体の運営に関わることはあまり無いので、クラスの出し物のまとめ役といった役割だ。


「問題は器よね。私の家から茶器をいくつか持ち出しても良いけど、衛生面のリスクがどうしてもクリア出来ないわ。やっぱり紙皿とかになっちゃうのかしら」


 しかしさすがの委員長も最近は少しお疲れのようで、今も教室の机に頬杖をつきながら色々考えている。いつも完璧な姿勢で椅子に座る委員長の、中々見られない姿だった。


「最近ではオシャレなデザインの紙皿や紙コップなどが、100円ショップでも売られています。紙コップだけでも凝った物にすれば、それらしくなるかと」


 このいかにも家来みたいな口調で意見をしているのは、私だ。委員長の補佐として仕事を続けるうちに、私はすっかり委員長の手下というポジションにやりがいを感じてしまっていた。


「ところで、今日は協力してくれる近隣のお店にうかがうのだけど、いきなり行って大丈夫なものなの?」

「先方には既にアポを取っておきました」

「さすがだわ美樹みきさん!」


 なんか委員長には「この人にだけは失望されたくない!」と思わせるような何かがあるから、私はしっかり働いた。これが人の上に立つ者のオーラってやつなのだろうか。


 まぁ冗談はさておき、私が補佐を続けている動機は、少しでも委員長の負担を減らしたいという思いが一番だった。なんだかんだで委員長は普通の高校生で、彼女にも学園祭を楽しんでもらいたかった。


…………

……


「ふふっ、放課後に美樹さんとデート出来るのは、ちょっと得した気分ね」

「なにそれかわよ」


 外に出た私たちは、喫茶店で提供する商品に協力してくれるという、学校の近くのパン屋さん「はやしベーカリー」と交渉をおこなった。


 しかし“交渉”といっても大したものではなく、一言二言会話しただけで、3種類のクッキーおよそ150食分を、ほぼ卸価格に近い値段で発注することが出来た。どうやら向こうも慣れている様子で、多分毎年、私たちみたいな喫茶店をやる生徒たちから、協力を依頼されてきたのだろう。


 さらに私たちは、いい感じの紙皿や紙コップを求めて、学校の近くの100円ショップにも寄ってみた。アニメのお嬢様キャラみたいに「こんなに安くていいの!?」みたいな反応を期待したが、普通に委員長も日ごろから100円ショップを利用しているようだった。


 で、その帰り道。9月に入ってもまだ外は暑くて、委員長も私もまだ夏服だ。ここは家来の私が、委員長に日傘でも差してあげた方が良いのだろうか。みたいなことを考えていると、


「そういえば美樹さん。AKB48って知ってる?」


 委員長はちょっとした雑談でそのアイドルグループの名前を出したのかもしれないが、私は「ついにきたか!」と思った。


 AKB48。今年(2010年)の8月に「ヘビーローテーション」をリリースし、いよいよアイドルオタクだけでなく、世間一般にも名前を知られるようになった「会いに行けるアイドル」。彼女たちのブレイクは、後の“推し文化”にとっても重要な転機となる。


 そして私はオタクではあるが、リアルアイドルについては全く詳しくなかった! 多分私のおばあちゃんの方が詳しいまである!


「ごめん、あんまり知らないかも」

「そうなのね。あおいさんとかこういうの詳しいのかしら」


 多分、葵もあまり詳しくないと思う。オタクは全員アイドルに詳しいと思われがちだけど、そんなことはない。「オタクくんってPCとか詳しいんでしょ?」と同じレベルの偏見だ。


「もしかして実咲ちゃん、今はAKBにハマってるの? 推しとかいる?」

「推し、というのはちょっとわからないのだけど、あの総選挙っていうのは面白いわよね。今年はあっちゃんじゃなくて、大島優子さんって方がセンターになるそうよ」


 この時期のAKBって、ずっとあっちゃんがセンターじゃなかったんだ。初めて知った。


「そうだ美樹さん! いつか一緒に握手会に行ってみない? 一人だと、どうしてもちょっと不安で」

「わかった。学祭終わって色々落ち着いたら、どっかで行ってみようか」


 最近、委員長って実はオタクの才能がありそうだなと思っていた。あとギャルの才能も。多分委員長みたいな人がオタクくんを好きになったりしたら、真のオタクに優しいギャルになるのかもしれない。委員長とオタクトークか。想像しただけで、ちょっと胸が熱くなる光景だった。



…………

……


 委員長との外回りを終えて、また教室に帰ってくる。もう他のクラスメイトはとっくに下校している時間だったが、私たちにはまだまだ仕事があった。


「実咲ちゃん、大丈夫?」

「え、ええ! 大丈夫よ! 私はすごく大丈夫だわ!」


 机の上で書類仕事をしながらうつらうつらしていた委員長に、声をかける。というか少し白目になっていた。お嬢様がしちゃいけない顔だ。こんな委員長を見るのは初めてだった。


「そうだ! 美樹さんこそお疲れじゃない? 肩でも揉んであげましょうか」

「いや私は全然」


 どう見ても委員長の方が疲れてるのに、彼女は強がるようにそう言って立ち上がり、座っている私の後ろに移動する。私が心配したことで、かえって委員長に意地を張らせてしまったらしい。最近の委員長は、こういう子供っぽいところも普通に見せてくれるようになった。


「じゃあ失礼して」


 背後に立つ委員長が、私の肩に手を置く。そして、


「痛い痛い! 実咲ちゃん! ちょっと痛いかも!」

「あら?」


 おかしい。肩もみってこんなに痛いものだったっけ? 確かに委員長は見かけによらずパワータイプではあるけど、そこまで力いっぱい押している感じではなかった。


 つまりこれは、私の体が肩こりを知らない高校生の体なのが原因だ。私はまだどこかで、自分の体を、肩が岩のようになったアラサーの基準で考えていた。そういえば高校生の頃は、マッサージとかされてもあんまり気持ちよくなかったなと、私は思い出していた。


「私はあんまり肩凝ってないみたいだから、逆に私が実咲ちゃんの肩揉むよ」

「そんな、悪いわ」

「いいからいいから」


 そもそも、どう見ても過労気味の委員長に、私がマッサージを受けるのが間違っているのだ。私は尚も強がろうとする委員長を椅子に座らせて、まずは肩甲骨の内側の筋肉からさするようにしてほぐしていった。


「あ、気持ちいいかも」


 私がタイムリープする前の令和の時代では、こういったマッサージの知識が、YouTubeなどで簡単に手に入った。そして社会人時代の私は、寝る前にマッサージ動画を見るのが好きだった。スキンシップが苦手な結愛ゆあには手もみマッサージしか実践出来なかったけど、知識だけは結構あるつもりだ。


 誰もいない夕暮れの教室で、委員長にやたら本格的なマッサージを施すギャル。我ながらシュールな状況だと思った。


 しばらくして僧帽筋あたりを指圧していたところで、委員長が静かな寝息をたてていることに気付く。委員長がリラックス出来たようで良かった。今日の分の残りの仕事は私でもなんとかなるし、最終下校時刻までこのまま寝かせてあげることにした。


…………

……


「はっ! 夢か!」


 そんなこと言いながら目を覚ます委員長。いったいどんな夢を見ていたんだろうか。委員長は携帯電話を取り出して、


「やだ、私ったらこんな時間まで。ごめんなさい美樹さん、私寝ちゃってたみたいで……」

「いえ、こちらの飲食物オペレーションマニュアルは、私の方で終わらせておきました」


 私が過剰にうやうやしく振る舞ってそう報告すると、委員長は、


「あら。ふふふっ……あははは!」


 従者ムーブをする私がそんなにおかしかったのか、委員長がこらえきれないといった様子で笑い出した。そしてひとしきり笑って、目尻をぬぐいながら、


「ごめんなさい、実はちょっとさっきまで、美樹さんの夢を見ていて」

「私が実咲ちゃんの従者になる夢?」

「いいえ違うわ。私と美樹さんが、同じ職場の同僚として働いてる夢。なんの仕事をしていたかは忘れちゃったけど」


 委員長と同じ職場かぁ。そもそも委員長が一般企業で働いている姿が想像出来なかった。でもここ最近の彼女の姿を見ていると、意外と社畜になる道もあるような気がする。そして金曜日は、私と一緒にやっすい居酒屋に寄ったりしてくれるのだろうか。


「薄々わかってはいたのだけど、もしかして美樹さん。結構本気で私のこと上司みたいに思い始めてない?」

「まぁ、ちょっと。部分的にそう」

「やっぱり!」


 そう言って委員長は何かを閃いた顔になり、


「そういえば美樹さんって、結構友達に抱きついたりするじゃない? あれ、私にはやってくれないの?」

「うーん、ちょっとむずいかも」

「そう言わずに! ほら!」


 手を広げる委員長。いやでもこういうのって、流れみたいなものがある。いきなり「さぁ来い!」みたいにされたら、逆に躊躇してしまう。


「まぁ、そのうちね」

「そのうちっていつ?」

「じゃあ、明日で」

「わかったわ。今日はそれでよしとしましょう」


 とはいえ、壁を作るという程でもないけど、委員長にはまだどこかで遠慮があったのは事実だ。それは全然ギャルっぽくない。せっかくこうして友達になれたのだから、もう少し高校生として気軽に接するべきなのかもしれない。


「じゃあ実咲ちゃん、帰ろっか!」


 そう言って、取り敢えず腕に引っ付いてみた。委員長からはやっぱり高級そうなシャンプーか何かの匂いがして、少し気後れしそうになったが、なんとか頑張った。


 でも頑張ったかいがあって、委員長は嬉しそうにしてくれた。委員長はみんなの人気者だけど、やっぱりみんなはどこかで、「天上人」のように線を引いて接していたように思う。


 委員長は強い人だけど、たまには普通の高校生らしく、ちょっとした疎外感で悩んだりすることもあるのかもしれない。


 本当に委員長が私と同じオタクになってくれたらなぁと、何故かこの時、心の片隅で思った。

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