第10話 バッテリー


「すみませーん!」



練習を終えた足でそのままアヤの家(と言ってもお隣さんだけど)に向かう。



「あらあら由香ちゃん」



出てきたのはアヤのお母さん。

当然だけど昔からの知ってる仲だから本名で呼ばれている。



「こんにちは。アヤ、居ますか?」


「昨日からずっと部屋に引き込もってるわ」


「お話させてくれませんか?」


「勿論。お願いね」



おばさんにお礼を言ってアヤの部屋の前に立ち、ふぅー……と深呼吸。

拒絶されて勢いを削がれたくないのでノックもせずにドアを開ける。



「アヤ、来てやったぞっ!」


「……何しにきたの」



ベッドに体育座りしていたアヤはこっちを面倒くさそうな目で見ながらそう言った。

あからさまな拒絶の空気。



「何しにって……話をしに来たんだよ。ほら、練習来なかったから何かあったのかなって」


「練習、ね……もう行かないわ。野球辞めるから」


「……は?」


「もう無理。私には出来ない」


「いや、ちょっと……なんだよソレ! 1回負けたぐらいで野球辞めるってなんだよ!

2人でプロになろうって約束したじゃんか!」



アヤの両肩を掴んで揺する。

けれどその目は変わらず暗いままで……



「そんな事もあったわね」


「どうしたんだよ……! それじゃあアヤの……涼宮 冷のファンはどうするんだよ!?

それに私だって! 日向 火夏には涼宮 冷が必要なのに!」


「私が必要……? よくもそんな戯れ言が言えたわね……!」


「え……? な、なんだよ! そんな変な事言ってないだろ!?」


「昨日私が後逸した後コーナーに投げるの拒否したじゃない!

また私が取り損ねると思ったんでしょ!?

ピッチャーからの信頼を失ったキャッチャーなんてもう必要ないじゃない!」


「違う! あの時の精神状態じゃ細かいコントロールが出来なかったから真ん中を要求したんだ! アヤの力を疑った訳じゃない!」


「私のリードを否定したのは事実じゃない!」


「あれは私の慢心だった。ベラとは相性が良かったからコースが甘くても抑えられると思ってた。

……それはアヤのリードあっての事だって思い知らされた。

アヤ、戻ってきてよ。私にはアヤが必要なんだよ……!」


「……信じられないわ」


「アヤ……」



アヤは目を伏せて呟いた。

さっきまでの強い拒絶の意思は感じられない。

でも恐怖とか申し訳なさがアヤの心を縛り付けているんだ。



「あの時逃げてごめん! もうアヤのリードを疑わない。何があっても、どんな場面でもアヤの事を信じる!」


「私のリードが読まれてても?」


「その時は私のストレートで捩じ伏せる!」


「私が後逸しても?」


「その時は私とアヤ二人のミスだよ!」


「私が敬遠を指示しても?」


「押し出しになっても従う!」


「……っ」



アヤの瞳が揺らいだ。

もう少し……もう少しの筈なんだ。

だけど、その一押しが足りない。未だに恐怖の色が瞳にチラついている。


……きっとアヤもネットの声に傷付いたんだ。

自分だけでなく、私への中傷にも傷付いている。

アヤの事だから、きっとそれは自分のせいだと責めているに違いない。


私は大丈夫だって

アヤと一緒なら乗り越えられるって

どうすれば伝えられるんだろう。

私はこんなにもアヤの事が大切で、必要で、大好きだって、言葉だけではなく、行動で示すには……



「ん……」


「んん……っ!?」



……え。

私、何して……キス、しちゃった……?

確かにアヤは美人だし、日向 火夏と涼宮 冷は百合営業してたけどリアルでそういう事をするつもりは無かっ……



「っ!」


「わ!?」



頭が混乱してグルグルしてたらアヤに突き飛ばされた。

ベッドの上だから痛くはないけど……



「何のつもりっ!?」


「い、いや、私がどれだけアヤの事が大切で、必要で、大好きだって事を伝えたくて……!」


「だからってキスするなんて……! 初めてだったのにっ!!」


「それは私もそうだけど……ごめん!」


「……帰って」


「アヤ……」


「帰ってよ!!」


「う、うん……ごめん……」



アヤの部屋を出てとぼとぼと帰路に着く。

結局、アヤを説得する事は出来なかった。

その後は……よく覚えていない。

日常のルーティンはこなした筈だけど、アヤとのキスを思い出して悶々としたり軽率な自分に自己嫌悪したりで中々眠れなかった。


※※※※※



「ゆ……おき…なさ……」


「ん〜……」


「由香、起きなさい」


「もーちょっとぉ……」



アヤに揺すられてぼんやりと覚醒する。

だけどまだ眠い……せめてもの抵抗に布団を被って……



「……アヤッ!?」



アヤが起こしに来たという事実を認識し、ガバッと飛び起きた。

アヤを見るとバッチリ制服を着ていて、これから登校する気満々の装いだ。



「あら、今日は素直に起きるじゃない」


「あ、アヤ……! え、あ、練習行く、の……?」


「昨日由香がそう言ったんじゃない」


「そうだけど……その、さ? キスの事は許してくれる、の……?」


「その内責任は取ってもらうわ。でもその前に練習に行かないと」


「そ、そうだね! すぐ用意するから待ってて!」


「早食いして舌噛むんじゃないわよ。……ねぇ、由香」


「なに?」


「私を必要と言ってくれて嬉しかったわ。ありがとう」


「……! こっちこそ、アヤが諦めないでくれて嬉しい! ありがとう!」



あぁ、良かった……心配してたけど、この様子ならきっともう大丈夫だ。

この先の野球人生でアヤ以外とバッテリーを組む時も来るんだろう。

けど今はアヤが私のパートナーで、私がアヤのパートナーなんだ。





「練習サボってごめんなさい!」


「私からも……ごめんなさい!」


「罰として校庭50周走ってこい! あんな試合の後でキャッチャーとのコミュニケーションを怠った日向も同罪だからな」


「「はいっ!」」


「……涼宮」


「はい!」


「よく戻ってきたな」


「……はい。ご迷惑をおかけしました」


「分かっているなら良い。ほら、早く行ってこい!」


「「行ってきますっ!!」」



校庭を延々と走るのは辛い。

だけど今は、隣にアヤが居てくれる事が何よりも嬉しかった。

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