第16話 ミシェルのお願い

「見事だったぞ。まさかあのクエストを本当にやり遂げるとはな。これまでの挑戦者のなかで、お前が最短クリアだったぞ」


「そりゃどうもです……」


ゆっくりと立ち上がると、私はクソ神の目を真っ正面から見据えて凄んだ。


「ふざけるの大概にしてください。最短クリア、だからなんなんですか。人の尊厳を踏みにじって楽しむなんて最低最悪です」


一発、打ってやらないと気がすみません。


右手で平手打ちを繰り出すが、その手はなんなく受け止められてしまった。


「クックク。いいぞ、その目だ。その目こそが……」


「ごちゃごちゃうるさいんですよ」


右手が駄目なら、左手があります。


素早く左手で平手打ちを繰り出すが、残念なことにこちらも受け止められてしまった。


「さすが没落令嬢。伯爵家の箱入り娘が、荒波に揉まれて随分とじゃじゃ馬になったもんだ」


「お褒めにあずかり光栄です」


「な……⁉」


両手が押さえられても、人にはまだ足がある。


私は力の限り、クソ神の股間を蹴り上げた。


この一撃は予想していなかったらしく、見事に私の足は奴のナニに強烈な一撃をお見舞いしたのだ。


こうなるとわかっていれば、精神力じゃなくて筋力にポイントを全振りしたのに。


それだけが悔やまれます。


クソ神は苦悶の表情を浮かべて私の手を離し、股間を両手で押さえながらその場にうずくまった。


私は彼の前に仁王立ちになって腰に手を当て、上から目線でビシッと彼の鼻先を指差した。


「どんなもんですか。ですが、私が受けた苦痛はそんなものじゃありません。これで少しは、人の痛みも理解できるんじゃありませんか」


「……やってくれるじゃないか」


ネルヴィアは喉を鳴らして笑うと「しかし……」と呟いて、何事もなかったかのように平然と立ち上がってしまう。


今度は私が予想外の反応に「え……⁉」と呆気に取られてしまった。


「何故、目を丸くしているんだ、俺は神だぞ。人と同じ急所があるなどと、おこがましい考えだと思わんか。まぁ、面白かったから付き合ってはやったがな」


「貴方って、本当に性格が悪いですね」


ため息を吐いて呆れ顔を浮かべると、クソ神は目を細めた。


「人に性格が悪いと言われても、何とも思わんよ。それより、お前は新たな称号を獲得している。見てみろ」


「え、そうなの。どれどれ……」


【称号】

・食べられちゃった:敵からの標的率+1%

・終わりなき鍛錬の始まり:取得経験値+1%

・ゾンビハンター:ゾンビ系に与えるダメージ+10%

・屍肉を喰らった者:屍肉を食べても致死毒、猛毒、毒にならず満腹度を回復できる。


「私、ゾンビの仲間入りを果たしたんでしょうかね……」


心のどこかで無自覚に期待していたらしい私は、がっくりと項垂れた。


あれだけ悶絶したというのに。


要は屍肉を食べても死ななくなったというだけじゃありませんか。


別に好き好んで食べたわけじゃないのに、『屍肉を喰らった者』って呼び方も酷い言われようです。


称号名はそのままでもいいから、せめて毒無効とか毒耐性大幅上昇とかにしてほしかった。


「クックク。いいぞ、その反応。やはりお前は私を楽しませてくれるな。では、特別な褒美をやろう」


「あら、なんでしょう。新しい祝福とかですか?」


「近いが違う。此処にお前を導いた光を覚えているか」


「あぁ、あの道標の光ですね」


「そうだ。あの光を再びお前に授ける。これで一階層を迷わず、地上に続く『棄てられた宮殿』へとたどり着けるだろう。過去には宮殿にたどり着けず、一階層を彷徨い続けた者もいたからな」


「あ、あはは……」


乾いた笑いしか出てこない。


ありがとうございますって、言うべきでしょうか。


それにしても、棄てられた宮殿、か。


名前からして嫌な予感しかしないけれど、ゾンビだらけのおどろおどろしい墓石ばかりの平原よりはマシであることを祈るしかありません。



ネルヴィアの右手から小さな光が発せられ、収まると『くの字』みたいな形をした小さな白い石が現れた。


「これは俺の力を込めた『勾玉』だ。首から提げていれば、地上への道標となる」


「地上への道標……⁉ ありがとうございます、初めてネルヴィアに感謝の気持ちを抱きました」


「そうか。では、もう一つお前が喜ぶものをやろう」


ネルヴィアは口元を緩めると、右手をぱちんと鳴らした。


すると、何もない空間から神々しく光る『杖』と『全身鎧』が現れた。


「俺のクエスト達成報酬だ。杖と鎧、お前はどちらを求める?」


「そうでした。それがありましたね」


一応、確認する意味で考えを巡らせる。


でも、私の戦い方なら、やっぱりこれ一択だろう。


「じゃあ、そちらでお願いします」


私がそう告げて指を差した先にあるのは杖。


確か『神力の杖』という名前だったはず。


「防具ではなく、武器を取るか」


「攻撃は最大の防御というじゃありませんか? どの道、私の戦い方だといくらなんでも鎧はないかと」


補助魔法が使えるE級ハンターである私の立ち位置は、本来であれば後衛。敵の攻撃を避けつつ、状況に応じて補助魔法で援護。


接敵した場合、戦わずに可能な限り逃げる。


戦うにしても前衛が駆けつけるまで防御に徹しながら逃げて時間を稼ぐ。


以上が此処に来るまでの私の立ち回りです。


現在は補助魔法で自分自身を強化しつつ、一撃離脱を繰り返している。


調子に乗ってゾンビに囲まれた時、範囲攻撃を持っていない私は為す術なく生きたまま捕食されてしまった。


防御力がいくら高くても、範囲攻撃を持っていない現状では圧倒的な数量には勝てない可能性がある。


加えて全身鎧を着込んで足が遅くなるようなことがあれば、『逃げる』こともできなくなってしまう。


武器を選んだことを意外そうにしていたネルヴィアだが、私の答えを聞くと喉を鳴らして笑い始めた。


「自己分析もできているようだな。では、受け取るがよい」


「ありがたく頂戴いたします。ネルヴィア様」


一応、神様から武器をもらうんです。


形式だけでもそれっぽくしておこうと、私は畏まった。


心なしか、ネルヴィアも満足そうです。


彼が無造作に差し出した杖を両手で丁寧に受け取ると、目の前でその杖がふっと消えてしまった。


「あ、あれ……?」


「案ずるな。所持アイテム一覧の中に入っただけだ。武器や防具を手に入れたら、必ず確認して装備しろ。持っているだけでは意味がないからな。では、今後の活躍も楽しみにしているぞ」


「……楽しみにされても困るんですけどね」


あえて目を細めたまま答えるが、私はとある問題を思い出してハッとする。


「あ、ちょっと待ってください。どうしても聞いておきたいことがあるんです」


「なんだ。神域を出たいというなら自分の足でなんとかしろ」


ネルヴィアは眉間に皺を寄せて顔を顰めるが、私は頭を振った。


「いえ、そのことではありません。ですが、どう考えてもこの神域を脱出するには時間が掛かります。せめて家族に、弟妹だけには私の無事を伝えてもらえないでしょうか」

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