第12話 女神様にヒール

「有城?!」


 予想外の人物の登場に、思わず声が裏返ってしまった。

 ……なんで有城がいるんだ。

 このダンジョンで彼女を見かけたのは、今回が初めてだった。


 有城は、海王高校のジャージを着ていた。紺色のジャージを選んでいるのは、汚れを考慮しているからだろう。

 両手を防ぐ銀色の双剣は、鋸刃となっていた。女神様の割には、かなり殺傷力の高い武器をお持ちのようで。


「花村くん……? どうしてここに?」


「ダンジョンを攻略するためだよ」


「そうですよねぇ。まさか花村くんに会うとはびっくりです」


「あぁ。俺も驚いてる」


 有城の冒険者ランクは2級だ。

 そんな彼女が、どうして自分よりも低いランクのダンジョンを選んだのだろう。


 その疑問を感じ取ったのか、有城が思い出したように口を開いた。


「色んなダンジョンを巡ってみようと思ったんです。修行の一環みたいな感じです」


「なるほどね」


 俺は感心したようにうなずいた。


「ところで第七ダンジョンはどうするんだ? 諦めたのか?」


 俺が尋ねると、有城は暗い表情を見せた。

 目を伏せながら、小声で答える。


「一旦、入るのはやめようと思います。もうすこしレベルを上げてから挑戦します」


「賢明な判断だと思うよ。ちなみにレベルはいくつなの?」


「72です」


「マジか……結構高いね」


 途方もない数字だ。偏差値に置き換えれば、そのすごさは一目瞭然だ。

 もちろん冒険者のレベルと偏差値に相関関係はないけれど、彼女の実力はすでにトップレベルに近い領域に達していた。


 ……さすが海王高校の女神様だ。


「そのレベルなら第七ダンジョンに挑んでも問題ないと思うんだけどね」


「私もそう思ってました。でも、モンスターが思いのほか強かったのです。何度も戦いましたが、ボス部屋にすら辿り着けませんでした」


「そりゃそうだ。ソロで第七ダンジョンに挑むなんて無謀すぎるぞ」


 2級以上のダンジョンになってくると、パーティ討伐が基本になってくる。

 ソロで攻略するヤツは、単なる馬鹿か金の亡者か、もしくは……。


「パーティは組まないのか?」


「前にも言いましたが報酬が減るのが嫌なんです」


「そんなに欲しいか、金が」


「はい。お金はいくらあっても困りませんから」


 有城は確信めいた口調でそう言った。


 ……もしかしてあんまり裕福な家庭ではないのかな。

 心のなかでつぶやく俺。


 ただの高校生が金に執着する理由なんて、友達や恋人と遊ぶための資金を得るためぐらいだろう。

 だが彼女は、そういうことに興味を持たなそうな人間だ。

 となると家庭的な問題が絡んでいると考えるのがセオリーだろう。


 とはいえ、他人のプライベートに割り込むつもりはない。

 いくら友達といえど、相手の家庭環境について根掘り葉掘り聞くのは野暮ってもんだ。


「そういう花村くんはどうして冒険者活動をされてるんですか?」


 突然の質問返し。

 俺は驚きながらも、事前に用意してあった回答を出力した。


「ただの暇つぶしさ。特に目的や理由はない」


「そうなんですね……」


 有城の顔が暗い。

 どこか、気に食わなかったのだろうか。


「どうした?」


「いえ。意外だな、と思いまして」


「意外?」


 有城はこっくりと首を傾けた。

 大きな瞳が、物欲しそうにこちらを凝視している。


「暇つぶし程度で……?」


「べつに、有城から褒められるほど強くないけどね」


 俺がそう答えると、有城は驚いたように目を見開いた。


「嘘ですよね? 花村くん、めちゃくちゃ強いですよ」


「誇張表現だ」


 有城が俺のことを過大評価するのも無理はない。

 なにせ、命を救われているだから。

 だが、あくまでそれは幻想だ。経験によって生み出された、悲しきフィルターだ。

 魔法が解けた瞬間、その妄想はたちまち消え失せるだろう。


「花村くんは謙虚なんですね。私、そういうところ尊敬してますよ」


「褒めても何も出ないぞ。俺はただ——


 と言葉を言いかけたとき、背後から恐ろしい気配を感じた。


 咄嗟に振り向くと、廊下の奥に妙な人影を捉えた。

 それは奇怪な化け物だった。


 ……〈フォース・アタッカー〉か。


 推定レベル52。

 四本腕の骸骨剣士だ。

 二メート以上の身長を持つその身体は赤色の燐光を放ち、すべての腕に白銀の剣を装備している。

 攻撃、防御、スピード……あらゆるパラメーターにおいて好成績を収める優等生みたいなヤツで、四本という手数も相まって、ソロで相手したくない分類のモンスターだ。

 だが、有城はその強敵に対してまったく怯んでいなかった。


「キシャァァァァ!」


 フォースアタッカーの雄叫びが響く中、彼女は凄まじい速度で敵陣に突進した。

 ……すげぇな。

 その勇猛果敢な視線に、自然と胸が躍る。


 軽やかなステップで攻撃をかわす有城。

 海王高校のジャージが迷宮に舞う。

 目にもとまらぬ双剣乱舞が、フォースアタッカーの身を正確に切り裂いていく。


 見事な剣捌きだ。

 レベル72の実力は、やはり伊達ではなかった。レベル52のモンスターなど、彼女にとってはもはや虫のような存在なのだろう。


「せやぁ!」


 気合の入った声が聞こえる。

 モンスターの、黒い鮮血が飛び散る。

 火花のエフェクトが周囲に迸り、耳をつんざくような音が響き渡る。

 戦闘は激しさを増していく。

 だが、戦況は一目瞭然だった。


 ——圧勝だな。


 戦いが始まっておよそ五分。

 治癒力とHP量に優れたフォースアタッカーの命に、有城の手が届く。

 神速の剣技。

 迷宮内を華麗に飛び交う二つの剣が、モンスターの断頭に成功した。

 血しぶきとともに、フォースアタッカーの首が宙を舞う。

 切り離された胴体は呆気なく剣を落として、地面に倒れた。


「すげぇな。お前……マジで強いんだな」


 モンスターの亡骸を眺めながら、俺が言う。


「それほどでも。こんなの朝飯前です」


 澄ました顔を見せる有城。

 だがその顔には、ピンク色に染まった刀傷が走っていた。


「有城、顔に傷がついてるぞ」


「そのようですね。今、ポーションを塗ろうと思います」


 双剣を納めるとともに、有城は回復ポーションをアイテムボックスから取り出した。

 回復ポーションとは、ダンジョン内のみで効果を発揮する回復アイテムである。

 モンスターの血液から生成することができる。

 実に便利なアイテムだが、値段がかさむので俺は買っていない。

 そもそも、大抵の傷は〈治療ヒール〉で治るから必要ない。


治療ヒールは使わないのか?」


治療ヒールは使えないんです」


「うそだ。有城だったら使えるだろ」


「ほんとうです。私、いくら練習してもヒールができないんです」


「マジか……」


 たしかに、ヒールは習得難易度の高いスキルだと思う。

 上級者と言われるような人たちでさえも、使えない奴はいる。


「だったら俺のヒール使うか?」


「えぇ……?」


「俺のヒールは他人の体も治せるからな」


 俺の治療ヒールは、俺だけでなく他人の体も治すことができる。傷の深さや種類によって効き目は変わってしまうが、よっぽど酷い傷でない限り完治できる。


 となると、一秒でも早く傷を癒してやるのが良いだろう。

 俺は、有城の体に手を伸ばした。

 指先に緑の閃光が迸り、その光は有城を包み込んだ。


 顔の傷が、急速に消えていく。



 

 

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