第11話 女神様とエンカウント
薄暗い迷宮。
壁の松明が、かろうじて闇を照らす。
一週間ぶりのダンジョンだ。
すこし緊張しながら、俺は、視界の両端に可視化された奇妙な横線に目をやった。
——HPバー。
右上に表示された、緑色に光る線。
これはダンジョンにおける俺の生命を可視化したもの。
対して、左上に映る紫色の線は
——MPバー。
身体強化やスキルを発動する際は、このMPと呼ばれるものを使用する。
これらはすべて、ダンジョンの創造主……異星人が創り出したものだった。
「人が少ないな」
迷宮の通路を歩きながら、ふと呟く。
準2級のダンジョンということもあって、人の気配が異常に少なかった。
喋り声すら聞こえてこない。
それからしばらく、薄暗い迷宮のなかを一人で進んだ。
モンスターの気配も感じない。
ひっそりとした空間が、松明の光とともにどこまでも続いている。
今日は凶作だろうか……そう思ったときだった。
——ガルルルッ!
前方のほうで鈍重な唸り声が聞こえる。
朱色の双眸が、暗闇のなかで光っている。
どうやら……モンスターのお出ましらしい。
「はぁ…………」
大きく息を吸い、大きく息を吐く。
呼吸を整えることは戦闘における必須条件だ。心拍数が乱れていると、動きが鈍くなるからだ。
たとえ相手が格下だったとしても、こういう基礎を絶対に疎かにしてはいけない。
ほんのすこしの油断が、最大の悲劇を招くのだ。
——来たか。
眼前に現れたのは、鈍色に輝く鱗状の皮膚と長い四肢、大蛇の身体を持った半人半獣の怪物だった。
見たとおり人間でない。紛うことなき怪物だ。
「……お前が最初の敵か」
俺が呟くと、眼前の敵――推定レベル51の≪スネークマンシャドウ≫は不敵にも笑みを浮かべてみせた。
ぬめぬめとした細い顎のうえに、剥き出しの牙と舌が見える。
……気持ち悪い怪物だ。見てるだけが吐きそうになる。
スネークマンシャドウは、姿勢を低くして、瞬時にしてこちらに飛び出してきそうな態勢を取った。
薄暗い迷宮の通路。
どこからか、冷たい風が吹く。
壁の松明が揺れてる。
泳ぐ炎たちが石畳に反射する。
「ガァァ!」
凄まじい咆哮とともに、スネークマンシャドウが地面を蹴った。
視界の端から、鋭い鉤爪が円を描いて襲いかかる。
空中に銀色の軌跡が舞う。
侵入者を刹那に切り裂く死の鉤爪……こいつの連続攻撃は界隈でも有名だった。射程五メートルを八段攻撃で詰めてくる厄介な剣技だ。
だが俺は、その動きを完全に読み切っていた。
わざと攻撃させて、こちらの間合いに誘導したのだ。
俺の鼻先を、恐ろしい斬撃が通り抜ける。
若干の冷たさを感じながら、低姿勢でモンスターの懐に接近した。
「……はぁ!」
裂帛の気合とともに、右手の拳を腹部に突き立てる。
瞬間、火花のような青いライトエフェクトが迸り、スネークマンシャドウの腹は大きく抉れた。
赤い血液の代わりに、漆黒の液体が飛び散る。ギャァァという汚い悲鳴。
しかし俺の攻撃は止まらない。MPを消費することによって獲得した身体強化を使って、回し蹴りを披露する。
これが、ダンジョンにおける基本的な戦闘スタイルだ。MPを代償にして身体強化やスキルを発動し、敵を惨殺する……MPは、冒険者の最大の武器である。
右から左へと円を描いた蹴りが、スネークマンシャドウの右腕を切り裂く。続けざまに三撃目の拳骨を放つ。
「ギャァァ!!」
負傷したスネークマンシャドウは、怒りや恐怖を込めた雄叫びを鳴らして、左腕を高く振りかぶった。
しかし、奴の攻撃が俺に届くことはなかった。
瞬時に身を翻した俺は、敵の心臓をめがけて渾身の拳を放ったのだ。その直後、青白い閃光がぱっと拡散して、凄まじい轟音が鳴り響いた。
迷宮が揺れる。
壁際の松明が、ゆらゆらと蠢いている。
長い断末魔を響かせる大蛇の体躯が、不気味な姿勢で静止し——
やがて、地面に倒れた。
心臓を破壊されて絶命したようである。
視界の右下に浮かび上がる経験値バーが光るのを確認した俺は、ゆっくりとモンスターの死体の横に座った。
すぐさま〈
こいつの死体は高値で換金できるので、積極的に持ち帰ったほうがよい。
「なかなか強かったな」
誰かに聞かせるわけでもなくぽつりと呟きながら俺は立ち上がった。
ふと周囲を見渡すが人の姿は確認できない。戦闘直後の穏やかな静寂が、無性に寂しく感じられた。
……やっぱり、人が少ないな。
準2級以上のダンジョンに挑める冒険者は、当然のことながら限られている。この国の冒険者の実力がもっと上がれば良いのだが、現実はそこまで甘くないらしい。
有城みたいな奴が増えたら嬉しいんだけどな。
まぁ、それは無謀すぎる願いか……。
彼女は、2級冒険者……トップレベルの実力を持っているのだから。そんな彼女と張り合える人間はごくわずかだろう。
つくづく、有城が羨ましかった。
かすかな笑みを口の端に刻み、迷宮の奥を目指しながら俺は、有城のことを考えていた。
……また、彼女の弁当を食べたい。
気持ちわるい願いであることは承知である。
でも、せっかく「友達」に昇格したのだ。
隙あらば、もう一度だけ彼女の手料理を食べたいと思った。
「……花村くん?」
突然、馴染みのある声が聞こえた。
女性の、綺麗な声である。
……まさか
と思って後ろを振り向くと、
「有城!?」
海王高校の女神様が、白銀の双剣を持って突っ立っていた。
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