第18話 知らない誰かに届いた火

 その朝、封鎖区域の記録端末に、異常ログが一件だけ記録されていた。


 通常の通知とは違って、音も振動もなかった。

 ただ、画面の右下に、静かに浮かんでいた。


 《記録反応:閲覧済(未検知)》

 《観察コード:不明》

 《接続経路:外部非認可端末》


 僕は固まった。


 封鎖区域にあるこの端末は、制度の記録網から完全に切り離されているはずだった。

 けれど、今表示されているこのログは──

 “誰かが、どこかで、この記録を読んだ”という痕跡だった。


 マッチくんが、端末のログをのぞき込む。


「……やっぱり、抜けたね。火が。」


「誰かのところまで届いたよ、君の言葉。」


 それは、返信でも、フォローでもない。

 どこの誰ともわからない人からの“既読”通知でもない。


 ただそこに、


「誰かが感じた」痕跡だけが、残っていた。


 制度の識別網では分類できないログ。

 どこの端末からアクセスしたのかも特定できない。


 でも、そこにはたしかに──


『火があった。

 それだけで、泣きそうになった。』


 という、短い感情だけが残されていた。


 僕は、息をのんだ。


 これは、もう僕の火じゃない。


 火が届いた。

 そのことだけが、画面のすみに小さく、でも確かに刻まれていた。


 返信はなかった。

 誰が読んだのかも、どこにいるのかもわからない。


 でも──


『火があった。

 それだけで、泣きそうになった。』


 たったそれだけの記録に、すべてが詰まっている気がした。


 制度のログにすら残らない感情。

 名札も番号も、評価も存在しない記録。


 けれど、その“感じた痕跡”は、記録のど真ん中を貫いていた。


 これは、制度が扱えない“言葉”だ。


 マッチくんが、静かに語った。


「君の火が、誰かの灰に触れたんだ。

 それで、またちょっとだけ、熱が戻った。」


「あとは、そいつが自分で火を灯すかどうか、だね。」


 僕は、しばらく黙って端末を見つめていた。


 不思議だった。


 誰だかもわからない相手なのに、

 この“反応”が、これまでのどんな記録よりも重く感じた。


 それは、制度が認めてくれたからでも、

 誰かの評価を得たからでもない。


 ただ、“そこにいてくれた”ことが伝わったからだ。


 誰かが、僕の言葉に火を感じた。

 たったそれだけのことが、こんなにも確かに胸をあたためる。


 記録は、届いたときに火になる。


 そして──


 火は、渡されたときに“意味”になる。


 ノートの余白に、僕はそっとペンを走らせた。


 もう、自分の言葉を刻むというよりも──

 火が通り過ぎた跡を、静かになぞるような感覚だった。


『君が火を感じてくれたなら、

 それはもう、君の火だ。』


『僕の記録じゃない。

 君が涙をこぼした時点で、

 この言葉は、君のものになった。』


 ページの端が、ふわりと揺れた気がした。


 風は吹いていない。

 でも、どこか遠くで火が燃えたのかもしれない。


 “誰かが”灯した火が、

 僕の知らないところで、

 僕の知らない誰かの中で──確かに、生まれた。


 マッチくんが、ぽつりとつぶやいた。


「ねえ。

 もしかしてさ──

 これが、記録の本当の形なんじゃない?」


「誰のものでもない火が、

 誰かに届いて、また違う誰かの灯りになる。」


 僕はノートを閉じた。


 それは「書き終えた」ではなく、

「次の誰かに譲った」という感覚だった。


 ページの上に残された熱は、

 もう僕だけのものではなかった。


 火は、伝わるときに強くなる。

 火は、誰かの涙で再点火される。

 火は、灯すことで意味になるけれど、

 渡されたときに“自由”になる。


 そう思った瞬間、記録端末に新たな通知が届いた。


 《再伝播確認》

 《観察コード:不明/距離:超過/範囲:制度外》


 僕は、しばらくその通知を見つめていた。

 知らない誰かの中で、火が灯った。

 それだけなのに、涙が出そうだった。


 名前を知らなくてもいい。場所がわからなくてもいい。

 でも──誰かが、僕の言葉であたたかくなったなら、

 それはもう、“僕の存在が意味を持った”ってことだと思えた。


 火は、制度の境界を越えた。



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この記録の裏側について、

少しだけ“僕自身のこと”として語ったものがあります。


noteの「燃えかすマッチ」で、検索してみてください。


書き手の火が、どうやって灯ったのか──

もし気になったら、そちらものぞいてもらえたら嬉しいです。

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