第2話『夜闇の魔女』

少年は満天の空を見上げる。 星々が連なり、幻想的に見えた。輝くままに我が身に振り堕ちてくれないかと、思う。想う。




「────」




 少年は夜空から目をそらして、瞳閉じた。


 バルコニーの手すりに体重を預けた。




 焦がれるような、胸の内が苦しい。もどかしい。きっと空に輝く星々には、この感覚はないのだろう。


 足りない自己への憤りや焦りなど考えもしない。


 自分おのれ発光ヒカリを放つことができるモノにとって、その様な些末な迷いなぞよぎることもない。




 ……だから、自分ロアは、出来損ないなのだ。








 ──すこし、昔。


 


 世界はある脅威に窮していた。


 その脅威の名は「魔王」。魔王は強かった。ただ一人で万夫を超える力有し、軍を率いたなら、世界を滅ぼしえる。


 そういった類の存在だった。




 世界はみるみる内に魔王の軍勢に蹂躙された。人が死に、凌辱され、街を焼かれて遂には国が滅んだ。


 皆恐れた。泣いて喚いて、逃げ惑った。




 ──だが。




 立ち向かうものも少数だがいた。


 まさしく彼らは、「勇者」だった。




 「勇者」たちは魔王の軍勢を迎え撃ち、少しずつ魔王のもとへ向かっていった。死闘の果てについには、「魔王」を討った。


 「魔王」を討った勇者の名は「ナハト」。




 ロアの父親だった。




 それは確かに、ロアにとって誇りだった。


 自身の父はすごいのだと語られるたびに誇らしくなった。自分の父はすごいのだと声高に叫びたくなった。


 ……その度に、心に澱が溜まった。




「ぼくは、父さんみたいにできない……、それどころか自分に誇れるものがない」




 叫びだしたい心の淵で、緩やかに響いてくる。




 ──自分がすごいわけでもないのに。


 ──父の功績で胸を張るなんて、盗人猛々しいこと。


 ──自分には何もないくせに。




 確かな事実が胸を刺した。心の澱が膨れだして、嗚咽になって泣いてしまう。


 ロアはその場で蹲って、声にならない泣き声を漏らす。


 炎が欲しい。自身を焼く炎が。


 燃ゆる猛々しい炎。紡ぐ言葉に力が宿るように、織りなす行動に、それを支える五体に力が宿るほどの──。


 そんな炎。




 胸を張っていたい。誰の目を気にすることもなく、胸を張っていたい。


 これがロア・ムジークなのだと、そう居たい。




 例えばリーゼロッテのように算術や魔法を使えたなら、胸を張れただろう。


 例えば、父のように自由自在に剣を扱えたなら、きっと己を誇れたろう。


 例えば──絵本に出てくる魔王のような力があるならば……。


 例えば──。




「────っ」




 他者と己を比較することに意味なんてない。


 意味なんて、ない。


 意味なんて……。




 ありもしないことを譬うことに、意味なんてない。分かっている。いたずらに自分に爪を立てるだけの自傷行為だ。


 分かっている。


 でも、意味がなくても、憧れてしまう。


 空虚な胸の中、憧れだけが鮮烈に主張する。誰かのように、笑ってみたい。




『痛ましい』




「……⁉」




 突如聞こえた女性の声に、ロアは目を剥いて顔を上げた。




「だ、だれ……?」




 周りには誰もいない。当然だ。父と母は大切な仕事で留守にしている。今はだれもいない。だから、浸れたのだ。


 誰の目も気にせず泣けたのだ。


 


 ロアは首を大きく振って周りを確かめた。


 矢張り誰もいなくて、首を傾げて、安堵で胸を撫でおろす。




『残念だけれど、見ていたよ。君の泣きじゃくる姿を。胸の内が悲痛でずきりとしてしまったよ』




「幽霊?」




 姿の見えない相手に、少年は安直に答えを出した。




『当たらずとも遠からず、だね。生憎まだ両の足は健在だよ?』




「あなたは誰?」




『ふむ……、思ったよりも、物怖じしない子だね。姿が見えないから? いやいや、姿が見えないからこそ恐ろしいだろうに』




「……?」




『すまないね、思考と言動が割合、直結しているんだ。聞き流してくれ給え』




 ブツブツと独り言が聞こえ、ロアは首をかしげていた。


 そんな少年に、女性の声は弁明した。




『……と、ボクが何者か? だったね。恣意的に答えるならば、君の救いだろうか』




「救い……」




『事実に照らし合わせるならば、〝魔女〟だろうね』




 「魔女」かつての大戦で、「魔王」に与して、人類の脅威となったもの。


 その事実をロアは反芻し、後ずさりをした。


 少年の顔が恐怖で張り詰める。




『幼いのに、よく勉強している。だけど安心して欲しい。


  ボクは、あの戦争には関わっていないよ。


   だから、君の両親に対する感情はないし、勿論君への害意もない』




「だったら如何してぼくに声をかけたの?」




『言ったろう? 胸が痛んだのさ。君ほど幼い子供が、両親の重圧で今にも潰れそうで、なのに健気に両の足で必死に背伸びをしている。応援したくなる。そう思うのは不思議かな?』




「……、」




『どうかな? ボクに君を救わせてくれないかな』




 応えに詰まった。


 途轍もなく胡散臭い。だからといって、噓と断ずるものもない。


 もしかしたら、そう、もしかしたら。


 ──ロアの人生において、たった一度のチャンスなのかもしれない。彼女の声を振り払うのは簡単だ。耳をふさいで、ベッドの中に潜ればいい。


 でもその結果、自分はこのまま、憂いの中を歩むかもしれない。


 


「……」




 毒のように甘美だった。


 目の前にその手があったなら、藁にも縋る思いでとっていただろう。




「姿を見せてほしい。あなたを見てから考える」




『賢明だね……少し待ちたまえ』




 ロアは静かにうなずいた。


 魔女の声がしばし途絶える。


 待つこと数分、空が少し明るくなっていることに、ロアは気づいた。




「まだ夜明けには早いけど……」




 部屋の壁にかけてある時計を確認した。


 午前の二時。母がいたならば、𠮟られている時刻だ。


 矢張り、夜明けには早い。


 夜空を照らす光源ものを凝視した。光で目が痛くなる。瞼を閉じたかったけれど、必死に我慢した。




 我慢して見た光は大きくなっていることに気づく。


 ……いいや、違う。近づいてきているのだ。




「……っ⁉」




 ヒカリがロアが立っていた手すり近くに堕ちて、衝撃で窓を揺らした。


 閉じた瞼を開けると視界には、見たこともないほど美しいい女性が、手すりに腰かけていた。




 夜の闇のように美しい、藍色の髪が特徴的な、美しい女性だった。





 ──TIPS──


『魔法について』


 魔法とは詠唱によって様々な現象を起こす技術。

 極めて才能に依存するため、体系化が進んでいない。

 特に治癒魔法は使える者はごく少数で、どこの国も欲している。

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