第26話:ふたりで届ける、ミニ春巻き
朝の空気は、
すこしだけ、いつもより澄んでいた。
私は、エプロンのすそをきゅっとにぎりながら、
厨房のドアを押した。
「おはようございますっ!」
後輩ちゃんも、
ぱたぱたと駆けこんできた。
今日はいよいよ──
春キャベツとチーズのミニ春巻き、売り場デビューの日。
作業台の上には、
ぴんと張った春巻きの皮。
きざんだ春キャベツ。
とろけるチーズ。
ふたりで顔を見合わせる。
「がんばろうっ」
「がんばりましょうっ!」
そっと、ハイタッチ。
トングを握って、
作業スタート。
春キャベツを、ふんわり。
チーズを、そっと。
皮をくるくる巻いて、
ぺたぺたと留める。
昨日よりも、
ずっと手つきがなめらかだった。
「なんか、職人さんみたいですねっ」
後輩ちゃんが、にぱっと笑う。
私は、えへへと笑った。
くるくる、ぺたぺた。
小さな春巻きたちが、
ころころと並んでいく。
ジュワッ。
油にすべらせると、
あたたかい音がひろがった。
きつね色に揚がったミニ春巻きたちは、
売り場用のトレーの上で、
きらきらと笑っていた。
売り場に並べるとき。
ふたりで、そっと持ち上げた。
ガラスケースの中に、
「春キャベツとチーズのミニ春巻き」の札が立った。
胸の奥が、ぽうっとあたたかくなった。
──ここまで、これたんだ。
ドキドキしながら、
売り場の隅からそっと見守る。
カランコロン。
ドアベルが、小さく鳴った。
お客さんたちが、
ふわりふわりと入ってくる。
──見てくれるかな。
──手に取ってくれるかな。
胸の奥が、そわそわした。
そのとき。
小さな男の子が、
お母さんの手を引っ張って、
ガラスケースに駆け寄った。
「これ、チーズ入ってるって!」
「おいしそうだねぇ」
お母さんがにっこり笑って、
ミニ春巻きをトレーにのせた。
私は、
胸の奥が、ぱあっとあたたかくなるのを感じた。
隣で後輩ちゃんが、
そっと私の袖をつまんだ。
ふたりで顔を見合わせて、
にこりと笑った。
──届いた。
──ふたりで作った春風が、ちゃんと届いた。
作業に戻る道すがら。
後輩ちゃんが、ふわりと言った。
「りるむ先輩」
「ん?」
「これからも、いっしょに……」
「春風、作りましょうねっ!」
私は、
胸いっぱいにうれしさをつめこんで、
小さく、小さく、うなずいた。
「うん!」
ちいさな春巻きたちが、
ガラスケースの中で、
ころんと笑っていた。
──また、あしたも。
ふたりで、いっしょに。
ちいさな春風を、
誰かの今日に、そっと届けられますように。
今日も、願いをこめて。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます