はだしのルーシー3~ルーシーという名の異世界

大場 雪

サーカスの輪舞 ~最後の魔王 第1話

     プロローグ

「ルーシーに幸多からんことを」

 大陸最後の魔王、アムネリアの碑文に刻まれた最後の一文・・・

     街道の一団

 ここは、城塞都市カブンと同じく城塞都市エルールを結ぶ街道の難所の一つ。

 エルールに向かう一団があった。

 20台余りの馬車に80人程の人が乗っている。

 老若男女、それぞれ。

 人種は殆んど人間だが、ちらほら魔族やエルフも見て取れる。

 子供達の姿も見える。

 馬車は、荷物が殆どのスペースで占め、中には猛獣が入った檻のある馬車もある。

 それに、騎馬が30程。

 騎乗している者は剣や、弓、槍を持っている。

 馬車を囲むように周囲に配置されている。

 一台の馬車の動きが止まる。

「おーい、車輪が壊れた!先頭に連絡してくれ!」

 騎馬の一騎が伝令に走る。

 一団の長らしい者が、馬車を見て、

「思ったよりも直すのに時間がかかりそうだ。

 やむを得ん。

 ここで修理をして一泊するぞ。」

 幸い、川が近くにあるのが分かり、馬車を停める場所も取れそうだ。

 急遽、皆で草を刈り木を少し倒してスペースを作る。

 馬車で、円を描くようにして、周りに壁を作る。

 この辺りは、狂暴な魔物は少ないが、全くいないという訳でもない。

 スペースの半分を馬を入れて、残りは老人や、女子供を入れる。

 男たちは外側で警戒に当たる。

 手慣れた動きだ。

 こういった事に、皆慣れているのが分かる。

 外側には、武器を持つ女性も多い。

「・・・ダメだな部品が足りない。

 一番近い村は・・・タリムの村か・・・おい副長、3人程連れて鍛冶屋に行ってくれ。」

 副長と呼ばれた者が頷き、3人の騎馬が出ていく。

 不意に、遠吠えが聞こえる。

「まずいな。

 この辺りに狼が出る話はあまり、聞かなかったんだがな。」

「団長!」

 馬車に囲まれた中から一人の女性がくる。

「アンナ、悪いが恐らく数日はここを動けん。

 子供達には悪いが、予備の檻を作っておいてくれ。

 緊急の場合、子供達を中に入れる。」

「分かった。

 用意する。

 ケネス、なら水場へ何人か連れて、行かせておくれ。

 明るい今のうちにある程度の水は確保したい。」

「ああ、そうしよう。

 ネリー!アンナと後3人で、馬車を一台使って水場に行ってくれ。

 ネリーと呼ばれた若い女性が頷いて、馬車に向かう。

 その背中には似つかわしくない刀・・・

 馬車を出す準備をしていると、子供達が寄ってくる。

「アンナお母さん、ネリーおねえちゃん、どこに行くの?」

「水を汲みに行くのさ。

 何日かここに泊まることになるからね。」

「狼いるの?」

「こわい。」

「声が聞こえたよ。」

「大丈夫だよ。

 皆いるからね、皆が強いのは知ってるだろ?」

 子供達は頷く。

「ネリーおねえちゃん、早く帰ってきてね?」

 ネリーは頷く。

 そして、5人は水場に向かった。

     出会い

 水場近くで馬車がふいに止まる。

「おい、まずいぞ。

 魔物だ。」

 ワニのような大きな魔物がいる。

 かなりの大きさだ。

 5メートルはある。

「どうする?」

「・・・始末しよう。」

 ネリーが言う。

「今はまだ明るいが、暗くなってから野営地に来られると厄介だ。

 今のうちに何とか片付けよう。」

 頷き合い、武器に手を掛けようとするその時、

 ネリーの背中の大刀から突然、ピッと警告音が鳴る。

「キーン・・・」

 耳鳴りがすると、周囲の音が突然鎮まる・・・

 鳥や虫の声、樹々のざわめき迄も聞こえなくなる・・・

 まるで、時が凍り付いたように・・・

 突然、水場の上の一点の水面から黒い影が広がる・・・

 いや、よく見ると・・・

「星空?」

 星空はさらに広がり、同時に上の一点から、星空がどんどん人の形を取り始める。

 長い髪、ワンピース姿の少女の形・・・

「女の子?」

 突然周囲の空気が弾ける。

 次の瞬間、星空が少女になる。

 長い銀髪で、白いワンピースを着た少女・・・

 5歳位だろうか。

 ふわりと着地する。

 ・・・水場の水面に・・・

 突然、巨大なワニの魔物が反応し、少女に向かう。

「あ、危ないっ!」

 アンナが、叫び、

 ネリーが飛び出す。

 ワニが、大きな口を開け襲い掛かろうとしたその時、

「ケロちゃん。」

 少女の足元から再び星空が伸び、次の瞬間、ワニの頭部が弾け飛ぶ。

 まるで足元から何かが物凄い速度で飛び出したように・・・」

 少女は首を傾げると、そのまま水面をすたすた歩いて、叫んだアンナの方に向かう。

 よく見ると裸足だ。

 ネリーと、男たちは身構える。

 そのままアンナの前に立つと、

「@:;?*ハンナ?」

「・・・私を知っている?

 でも、言葉が・・・」

 そして、ネリーの刀を指差す。

「:+|>&」

 どうやら、ネリーの持っている刀の事を言っている様だ。

「・・・言葉が通じないなんて・・・どこの子だろう。」

「どうやら敵意はない様だな。」

 3人の男とネリーが警戒を解いた瞬間、ネリー達は突然弾き飛ばされる。

「しまった・・・もう一匹いたのか・・・」

 水のブレスを浴び、岩にたたきつけられる。

 ワニの形はしていても、一応ドラゴンの亜種の一種だ。

 ネリーは朦朧としながらも刀を抜き、周囲を見渡す。

 少女とアンナはそのままの場所で驚いて立っている。

 どうやら、怪我は無い様だ。

 男たちは倒れて動かない。

 どうやら、自分は右腕が折れている様だ。

 後、肋骨も・・・

 左腕一本で、剣を構えアンナ達の前に出る。

 先ほどのワニより、更に一回り大きい。

 ・・・不利だがやるしかないと、刀身に力を込める。

 と、いつの間にか、刀身が輝く・・・紅く・・・

 少女の右眼の中心から一本の光が伸びて、刀に当たっている。

 ネリーがそのまま刀を振り抜くと、真っすぐ光が伸び、ワニは縦に両断された・・・

「・・・初めて、勇者の剣が使えた・・・一体、何が・・・」

 ネリーは意識を失った。

     ルーシー

 ネリーは意識が戻る。

 気が付くと、身体の痛みが無い。

 不思議に思い、起き上がる。

 横に3人の男が寝ている。

 どうやら、怪我は無さそうだ。

 本当に?・・・

「ネリー、気が付いたのね。

 大丈夫?」

 アンナが、駆け寄る。

「・・・ああ、大丈夫だ。

 痛みは無い。

 だが・・・」

「あなたは、右腕と肋骨が折れていたのよ。

 それが、ルーシーが治療したら、あっという間に・・・」

「ルーシー?」

「あの子の名前よ。

 貴女を治療したら、急にしゃべれるようになったの・・・」

「あ、おねえちゃん目が覚めた。

 こんにちわ、わたしルーシー。

 世界を旅してるんだよ~。」

 アンナが、

「それでね、他の人達も、治療してくれたの。」

「・・・そうか、ありがとう。

 助けてくれて。」

「なんでおねえちゃん、あの剣持っているの?」

「勇者の剣の事か?」

「あれは勇者の剣じゃないよ。」

「えっ?」

「あれは~、魔王の剣だよ。」

「・・・何を言っている?

 いや、何を知っている?」

 アンナが、

「むつかしい話は、後後、ねえルーシー、それであの3人は元気になりそう?」

「たぶん、だいじょーぶ。」

「そう、良かった。

 それで貴女はさっき旅してるって言ってたけど、あてはあるの?」

 ルーシーは、首を振る。

「旅するのが、もくてき。

 いっぱい、い~っぱい旅してるの。」

「そう、一人で?」

「ううん、なかまいる。

 お友達もいっしょ。

 ケロちゃん、ナナちゃん。」

 いつの間にか、ルーシーのワンピースに銀色のカエルとトカゲがくっついている。

「あと、キーちゃん。」

 突然、ルーシーの足元から星空が広がり、不意に陰り、元に戻る。

 まるで、巨大な何かが通過したように・・・

「あと、クロちゃん。」

 その、星空から銀色の烏がぬっと浮かび上がる。

 よく見ると、右眼の中心と周りがが紅く輝いている。

 そして、身体に立っている二本の足とは別にもう一本の足・・・

 ふいにその足と右眼が、身体の上を無軌道に動く・・・

 そして、空に飛び立った。

 ルーシーがこっちを見た時に、ネリーが気が付く。

 ルーシーの右眼の中心部と虹彩の周りが紅く輝いている。

 そして、ケロちゃんとナナちゃんも同じことに・・・

 アンナが、

「ねえルーシー、私達は街から街に移り渡るサーカス団の一員なの。

 もしも、宛てのない旅ならしばらく一緒に行かない?

 次の街まででもいいから。

 ここはあまり子供が一人旅をする所では無いわ。」

「サーカス?見たい!」

「みんなを起こして水を汲んだら野営地に戻りましょう。」

「わかった~」

 ルーシーが、にこおっと笑った。

     ルーシーの星空

 アンナが、

「まずはこのワニね。

 折角だから、猛獣の餌にもちょうどいいわ。

 ここの所、餌が不足気味だったからね。

「アンナ、これ美味しいか?」

「そうね、美味しいらしいわよ。」

「じゃあ、しまうね。」

 ルーシーの足元から星空が広がる。

 と、ワニが星空に沈んでいく。

「これは・・・」

 アンナとネリーは、呆然と見ている。

 やがて、男達も気が付く。

 水を汲んで馬車に積む。

 ルーシーは、それを見ていて、

「ほしかったら、あとで、あげるね。」

 そして、馬車に向かって駆け出す。

 アンナが、

「待って!貴女、はだしでしょ!危ないわよ!」

「影がルーシーだから、へ~き。」

 危なげなく走っている。

「不思議な子ね・・・」

「そうだな・・・」

 ネリーが呟く。

「あの子・・・何故、この剣を知っている・・・そして、多分あの子が起動させた・・・

 この剣の真の力を・・・」

     野営地

 野営地に戻る。

 思ったよりも時間がかかった為、ケネス達が捜索隊を出すところだった。

「一体何があったんだ?」

 アンナが、事情を説明する。

「そうか、災難だったな。

 そして、ルーシー、治療してくれてありがとう。

 歓迎するよ。

 俺はケネス。

 このサーカスの団長をしている。

 女房のアンナは、女子供達のまとめ役をしている。

 アンナ、子供達の所にルーシーを連れて行ってやってくれ。

 その方が、この子も安心するだろう。」

「そうだね。

 さあ、一緒に行こう。」

 アンナは、ルーシーと手をつないで子供達の所に向かっていった。

 見送って、ケネスが、

「ネリー、あの子があの剣を起動させたって?」

「ああ、そうとしか思えない。

 あの子の右眼から光が伸びて剣に当たったと思ったら・・・」

「しばらく、あの子から目を離すな。

 まだ、敵か味方か分からん。

 もしも、敵ならば・・・」

「・・・解った。」

 ネリーは、頷いた。

 アンナは、馬車のバリケードの内側にいる皆にルーシーを紹介した。

「こんな小さな子が一人で旅してたって?」

「なんとまあ。」

「兎に角、後、数日はここを動けないんだ。

 さあ、食事の準備だ。

 皆、手伝っておくれよ。」

 作った簡易調理場で、皆で食事の準備を始める。

 ルーシーから星空が広がる。

 ワニが2匹浮かび上がる・・・

 驚く一同。

「これは・・・影魔法って奴か?」

「いや、空間型の魔法かも・・・」

 アンナは、

「ルーシー、これどの位持てるの?」

「さあ?たぶん、このせかいくらいなら、よゆ~、」

「???ま、まあ、助かったわ。

 ありがとね。

 さあ、食事の準備とこれは余ったら干し肉と燻製を作っておきましょう。

 それに、これだけあれば暫くは美味しい食事にありつけるわよ!」

「肉祭り~、」

 ルーシーも、喜ぶ。

 その晩は、皆美味しい食事にありつけることとなる。

 ケネス達は、狼たちの警備に余念がない。

 一際大きな魔族の、ゾイラスをリーダーに、馬車の上で警戒する。

 夜が明ける。

 狼の遠吠えは、あれから一度も無く、どうやらここから遠ざかったようだ。

 ルーシーは、子供達と遊んだり、一緒に馬車の周りをまわってみたりしている。

 それを遠巻きにネリーが見ている。

「カブンの方から、騎馬隊が見えるぞ!数約20、こっちに来るぞ!」

「あれはカブンの守備隊長か?

 何かあったのか?」

 馬を降りて、近づいてきた。

「守備隊長の旦那、何かあったんですか?」

「おうっ、団長。

 領主が殺害されて、今街は上を下へと大騒ぎさ。

 一応、街道を変な奴がいないか調べて回っている。

 あんた達は別に疑っちゃあいないが、何か不審な人物を見かけなかったか?」

「私達は、馬車が1台車輪が壊れて、今立ち往生している所ですが別にそんな旅人や、集団は見なかったですねえ。」

「そうか、何か見たりしたら、教えてくれ。」

 守備隊長は、馬に戻ると、エルールの方に向けて再び走り出した。

 ケネスは、

「ふーん?怖い話だねえ」

 うっすらと笑みを浮かべると、

「おい、副長は?」

 「今連絡がありました。

 鍛冶屋の言う事には、明日村を出れそうだと。」

「そうか、分かった。」 

 この世界は先ほどの守備隊長の様に、伝令兵が伝える様な手段しか無い筈なのに、連絡とは?

「一応付近にカブンの守備隊がいることを伝えておけ。」

「了解しました。」

「しかし、狼たちが姿を消したのは意外だったな。」

「そうですね、奴等は我々を狙っていた筈なのに。」

「まあ、何にせよ襲われずに済んだのはありがたい。

 怪我人が出たら、敵わん。」

「そうですね。」

 彼らは、知らなかった。

 付近の森の中に、数十頭の狼の群れが皆首を落とされて死んでいることを・・・

 声も上げず、それぞれが只の一振りで・・・


 

 

 

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る