009 過去回想

 私は地方の街で生まれました。


 海沿いの街です。


 朝、まだ空が暗い時間に街は動き出します。

 漁師さんたちは網や竿を肩に抱えて港へ。

 黒々とした海へ船が競うように乗り出していき、遠くの小さな灯りとなって、やがて水平線へと沈んでいきます。


 私は毎朝それを両親とともに陸から見送るのです。


 両親は定食屋さんを営んでいます。


 お母さんは海鮮系の料理を担当しています。すぐに注文を忘れてしまいます。


 お父さんがそれ以外の料理を担当しています。ひげが似合っていません。そのくせ気に入っているらしく、よく弄っていました。


 お母さんはいつも忙しくて、お父さんはわりと暇そうなので、お母さんはよく愚痴っていました。仲の良い夫婦です。


 私は、テーブルよりも背が低いような年頃からテーブルの間を駆けまわっていました。六つのころには立派な看板娘でした。


 六つ年下の妹が生まれました。

 ハンナという名前です。


 ハンナはすくすく大きくなりました。いつも私の後ろをついてくる子でした。大人は忙しいので、下の子の面倒を見るのは上の子の仕事です。


 ハンナの手は小さくて、普通に手を繋ぐとすっぽ抜けてしまうので、私の人差し指一本をぎゅーっと握ります。


 そういうふうにして散歩をしました。


 いつの日からか、ハンナはかるい咳をするようになりました。


 幸いにも私には癒しの術が得意でした。

 なので毎日かけてあげました。

 でも少しずつ悪化していきました。


 ありがとう、お姉ちゃん、と。

 ただハンナの咳を止めるだけ。私の根源にある癒しの術とはそういうものです。


 それでもハンナの症状はどんどん悪くなり、ついに家族で治療院に行きました。


 重い病であると告げられました。


 しかも、私が毎日かけていた癒しの術は姑息療法と表現されるような、表面的に症状を和らげるためのものでしかなく。


 ――発見がもう少し早ければ。


 癒し手様が私とハンナを部屋の外に出して両親にそう語っているのを、私は盗み聞きました。


 しかし癒し手様はこうも言いました。


「あの子には癒しの術の才能がある」


 私はその治療院で働くことになりました。


 そう経たずに私の才能が――というよりも異常性が明らかになりました。


 訓練も受けていない少女が深い傷を一瞬で治すなど、常識的にはありえないことなのです。


「王都の学園に行きなさい」


 教会がお金を出してくれることになりました。


 さらに、教会はとても高名な癒し手様をハンナのために呼んでくださり、おかげでハンナは快復しました。


 私は思いました。

 この術を身につけなければならないと。


 その癒し手様は私に言いました。


「君の癒しの術はいつか世界を救う。と予言しておこうかな。私は有望株にツバをつけておくのが好きなんだ」


 馬鹿馬鹿しい予言です。


 しかし私は信じています。この才能は神様が与えてくださったもので、私はいつか来る何かのために腕を磨き続けなければいけないのだ、と。




 王都、ハルスペルドの都。


 国中、いや世界中の少年少女は王都を訪れることを夢見ているでしょう。私もその一人です。街のみんなに送り出されて出発しました。


 世界一と名高い学び舎、ハルスペルド王立学園に癒し手見習いの二年生として編入し、私は必死で勉強しました。


 癒しの術を修めるためには、幅広い分野を学ぶ必要があります。


 基本聖術、聖句言語学、解剖生理学、薬学、治癒儀式学、神秘学、応急治療術学、生命倫理学、病理学、精神医学、他にもたくさん。


 私は天才のようで、知識はともかく実践では誰にも負けませんでした。


 学園は実力主義をうたっていますが、実際のところ学生の九割が貴族様です。


 だって、当然です。


 一日一日を乗り越えるような生活を送っている平民は、よほどの才がなければ、貴族様に敵うわけがないのです。


 でも、癒し手見習いの中にも平民は数人いて、その子たちと仲良くなることができました。


 平民でも貴族様に目をつけられなければ、少し肩身が狭いくらいで楽しい学生生活を送ることができるのです。


 王都には誘惑がたくさんあります。


 しかし私は勉強に集中しました。


 ハルスペルド王立学園の癒し手科は教育機関というだけでなく、病院としての機能も持っています。


 学生といえども優秀な癒し手たちがいるのですから、それらをただ遊ばせておくほど社会に余裕はありません。


 患者はたくさん運ばれてきます。

 王都中、王国中、ときには他国からも。


 中には助からない患者さんもいます。

 人が生まれる数と同じだけ人は死ぬという至極当然の事実を、私は癒し手見習いになって初めて知りました。


 そして癒し手になる以上、目の前で人が死ぬのも当然のことです。


 でも私はそれがいやだった。

 誰にも死んでほしくなかった。


 私は、というよりもほとんどの癒し手見習いがそうです。みんな、かつて癒した人々からの感謝を支えにして必死に必死に勉強します。


 人の命を扱う職である以上、そうなるのは極々当たり前のことでしょう。


 私もそのうちの一人というだけです。


 すると、いつの間にか私は主席になっていて、「聖女」なんて呼ばれるようになっていました。


 そんな平民が気に食わなかったのか、学園で威張っていたハルフォルド侯爵令嬢から嫌がらせを受けるようになりました。


 でも、それはどうでもよかったのです。


 殴られても蹴られても、癒しの術をかければ痛くはありませんし、物を壊されても教会が新品を買ってくれます。


 勉強ができればそれでよかった。


 ハルフォルド令嬢の横暴な振る舞いは以前から嫌悪の目を向けられていて、私の味方をしてくれる人は少しずつ増えていきました。


 すると私の知らないうちにハルフォルド令嬢を被告とする学級裁判が行われることになっていて。


 やはり私の知らないうちにハルフォルド令嬢は有罪ということになっていて、彼女に決闘を申し込まれました。


 平民は断る権利を持たないのでお受けするしかなかったのですが、主席の私が負けるわけがありませんでした。


 癒しの術とは命に干渉する術理。

 相手を傷付けずに無力化する術も習います。


 それは人を打ち倒すためのものではないのですが、「負けた方は学園に立ち入らない」という誓約なので負けるわけにもいきません。


 負けるわけにはいかない。

 が、負けるわけがない。


 その日の朝。

 ベッドがいつもより広かったのです。内装も豪華で、窓から学園の敷地すべてが見渡せるようなそんな部屋にいました。


 まだ夢を見てるのか、あるいは記憶が飛んでいるのかと思いましたがそういうわけでもなさそうで、時計をみるともう時間でしたので、あわてて約束の場所へと向かいました。


 観客が大勢集まっていました。


 そして――がいました。


 向かいにが立っていました。


 呆然としていると、決闘が始まり、は私に十字架を向けました。


 そして癒しの術を唱えたのです。


 健康体へ無節操な癒しの術をかけること。

 それは一番最初に教わるタブー。


 私の中で熱が暴れ狂いました。気付けば血を吐いていました。何が起こっているのかさっぱり分かりませんでした。


 が私を見下ろしていました。




 目を覚ますと。

 そこは知らない大きな屋敷で。


 鏡の前に立つと、そこに映っていたのは私をひどく虐め続けた女の姿でした。

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