俺、悪役令嬢に憑依転生したはずが、背後霊になっちゃった

訳者ヒロト

序章

001 転生(死んでる)

 突然、前世の記憶を取り戻した。


 この状況はたぶんそれだ。

 

 俺は鏡に映りこむ自分の顔を見つめた。


 肩の上で切り揃えられた金髪と暗く陰った青い瞳。 

 目の下にはクマがあり、頬は少しこけていて、全体的に疲れを感じさせるけれど、とんでもなく美しい面立ちだ。


 女の子になってしまった。


 生まれ変わったらなんてことを空想したことは何度もあって、俺は来世でも男として生きるつもりでいたのだが、まさか女の子とは……。


 全世界のおちんちんがない側の人間たちがどのように生きているのか、今まで不思議で仕方がなかったのだが、その謎をついに暴いてしまうときが来たというわけだ。


 新しい顔を見て思う。

 かわいい、これもいい、すごくいい。

 なかなか好みの顔立ちである。


「ふむ……」


 ここは古めかしい欧風の部屋のようだ。

 壁は石、床の上には絨毯。


 そして天井から吊るされているのは内側に炎をそのまま閉じ込めたような水晶。

 なんとも奇妙なランプである。

 現代科学は俺の知らないうちにこんなものまで作れるようになっているのだろうか、それとも少し先の時代?


 あるいは――異世界?

 

 異世界だといいなあ。

 剣、魔法、ドラゴン、そういう異世界がいい。


 俺が着ているのは薄手の白いワンピースで、装飾などはなくパジャマっぽいが、仕立ての良さからして相当に高級品なのは間違いない。


 部屋も、前世の俺の一人暮らしアパートよりはるかに広く、ベッドなんてキングサイズだ。


 顔も美形。

 家は金持ち。

 魔法だってあるかもしれない。


 うーん勝った。

 俺の今世はバラ色確定である。

 いや、もはや「私」と言うべきか?


「ふ、ふふ、ふふふ」


 ついつい笑ってしまう。


 すると、鏡の中の俺が何かを探すようにきょろきょろと首を振った。


「今、声が……」


 俺が言ったわけではない。

 しかし鏡の中の俺の口が動いていた。


「……気のせいかな」


 俺はそれだけ小さくつぶやいて、鏡の前を離れてベッドに横たわった。


 俺はそれを鏡の前から見ている。


 ん?

 んん?


 どうなってるんだいったい。

 肉体が精神を置いて勝手に動くんだが。


 幽体離脱……か?


 ベッド際まで移動して我が肉体の顔を覗き込むと、我が肉体は大きく目を開いた。


「誰か、いるんですか……」


 こちらのセリフである。


「君は誰だ?」


 と問うと、我が肉体はまた首を振って声の出所を探すような素振りをしたが、ややあって答えてくれた。


「私は……リアです……」


「そっか。よろしくね」


 しみついた挨拶が何を考えるでもなく口からついて出たが、なにがよろしくなのだろう。自分でもわからない。


「……ご冥福をお祈りいたします」

 

 冥福を祈られてしまった……!

 なんということだ。

 生きているうちに、自分の肉体から冥福を祈られた人類など俺が初めてではないだろうか……?


 俺が驚きのあまり口をパクパクさせて固まっていると、「リア」と名乗る我が肉体は目を閉じ、やがて穏やかな寝息を立てはじめた。


 なかなか強心臓ですね……。


 うーん。

 悩んである考えに行きつく。

 もしかしたら俺の新しい肉体には、うっかり幽体離脱をしてしまっても勝手にベッドに戻る最新型掃除機のような機能がついているのかも?


 とりあえず肉体に帰ってみよう。


 俺は我が肉体と体を重ねた。


 体を重ねたといっても、性的な意味での慣用句ではなく、文字通り、ぬいぐるみの中に入るように体の内側におさまった。


 すると、足がはみ出た。

 かなりはみ出てしまっている。

 体の寸法が合わない。


 もうわけわかんないよ!


 ベッドから這い出て、鏡の前に向かう。

 恐る恐る、そこに映る姿を確めてみると。


 半透明で、頭からは血を流し、地面から数センチ浮いている、ちょっとくたびれたスーツ姿の前世の俺が、俺を見つめ返していた。

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