第14話 天の川
涼ちゃんがお風呂に入ってる間、青龍がまた縁台に座ってるのを見かけて、勇気を出して一歩を踏み出す。
みんなが笑ってる中、青龍だけが無口で、それが気にかかって仕方なかった。
「真帆子、また蚊に刺されるぞ」
「大丈夫、首元までちゃんと虫除けスプレーしてきたから」
青龍は気のせいじゃなければ、ふっと小さく笑った。
「涼平は?」
「お風呂」
「ふぅん」と今度は少し俯く。
「青龍、蚊」とわたしは反射的に青龍の左頬を叩いてしまい、気まずさは頂点に達する。
「お前の手で殴られたって痛くも痒くもねぇよ」
「ごめん! ほんと、ごめん!」
「バカ⋯⋯」
急いで引っ込めようとしたわたしの手を、青龍が、掴んだ。時が、止まる。
「あー、夏の大三角、覚えてる?」
手がパッと離されて、話がぐるっと変わって本当にすごく戸惑う。
勝手に赤くなったわたしの頬はまるっきり勘違いしたってことで、高輪くんとしか付き合ったことがないからこんな小さなことで動揺してしまうんだ、と思う。
「覚えた!」
「何それ?」と青龍は笑った。
「いいか、はくちょう座のデネブと⋯⋯」
「こと座のベガとわし座のアルタイル。七夕の星だよね?」
そうそう、と青龍が言う。
「はくちょう座の白鳥は天の川を渡ってるんだけど、見える?」
目を凝らして見る。
「家の中の明かりで見えにくいか。こっち」
青龍はわたしの手を引くと、前庭の真っ暗なところまで連れ出した。
頭上を見上げると、さっきまでよりずっと数多くの小さな星々まで目に入って驚く。
「ほら、はくちょう座、探して」
「デネブ、あったよ」
「その辺り、よく見て」
――そこには、プラネタリウムにしか存在しないと思っていた天の川がはっきり見えた。
「見えた?」
「うん、なんて言うか、感動した」
「銀河の断面図だ」
星たちはどれもチカチカ光って、お話でもしているように見えた。
それを見ていると、自分がどれほどちっぽけな存在なんだろうと思わされる。
「宇宙って、広いよな」
「うん」
どさくさ紛れに、どちらも手を離さなかった。
わからない、ここ数日を一緒に過ごした青龍に心を許したからかもしれない。
青龍だって、ただの従兄妹のわたしなんか、女だと思ってないのかもしれない。
ただ、初めて手を繋いだ、という事実だけがそこに残った。
「青龍ー、真帆ちゃん? 外にいるの? 蚊に刺されるよ」と母屋から声がかかって、青龍は「おう」と返事をした。青龍は何も言わずにそっと手を離して、戻ろうか、と言った。
わたしはあんまり言葉が上手く出て来なくて「キレイなもの、見せてくれてありがとう」と言った。
青龍は「田舎だからこれくらいしか娯楽はないからな」と言った。
青龍の体温が少しずつ消えていくのを、わたしの右手は惜しんだ。勘違いでなければ。
◇
持ってきたものじゃ足りないと涼ちゃんが言うので、ショッピングセンターに行くことになる。勿論、青龍が車を出して、わたしは助手席に詰め込まれた。
青龍が車を出す時、玄関でたけちゃんが「ばいばーい」と小さな手を振った。
「ヤバいよな、健、かわいくない?」
「かわいい。姉貴の子とは思えない」
「だよなぁ、明日香は小さい時から口が悪いけど、健は『りょー』だって! あんなのすぐに落とされちゃうって。真帆は子供嫌い?」
急に話を振られてついていけずにいると、青龍が「姉貴が手を話せない時、真帆子が相手してやってるんだよ」と言ってくれる。
「たけちゃん、かわいいと思う。でも少し苦手なところがあって、ちょっと目を離した隙に怪我させちゃったりしたらどうしようって、いつもハラハラさせられちゃう」
「わかる、わかる。男だから余計、動くしな」と涼ちゃんはたけちゃんにメロメロのようだった。
「俺も早く結婚して、健みたいに元気でかわいい子が欲しいなぁ」
「お前が言うと
「やだ、この人。耳が悪い」
「冗談も大概にしろよ」と青龍がムスッとする。
わたしは思わず笑ってしまう。
「青龍と涼ちゃんて昔から仲いいよねぇ」
「良くない」
「えー? 青龍ってばツレなくない?」
「ツレなくない」
「コイツ、マジで面白くない。真帆、よく数日とはいえ、コイツと過ごせたな?」
「そんなことないよ、青龍には良くしてもらったし」
「ふぅん、良くしてもらったんだ? 何かつまんね」と涼ちゃんは言った。白けた、と口を噤んだ。
お盆近くのショッピングセンターは、この前よりも混んでいて、人の流れが激しい。青龍が前を歩いて、涼ちゃんが隣を歩いてくれる。
頼もしいふたりの従兄弟のお陰で、わたしは流れに飲み込まれずに済んだ。
「お、かわいいお店あるじゃん」
隣にいた涼ちゃんがするっと目に入った店に入っていった。わたしと青龍も、追いかけて店に入る。
「ほら、真帆に似合いそうだと思わない? これ」
「穴を開けないピアス?」
「そうそう、ショートだからさ、耳元に着けるとアクセントになってかわいいと思うよ」
「そうかな?」と青龍を見ると、知らない顔をしている。こういう店は、やっぱり慣れないのかもしれない。
「買ってあげるよ、どれがいい? 決められないならひとつじゃなくてもいいよ」
「え? でもこういうの着けたことないし」
「チャレンジ、チャレンジ! ほら、青龍も何か言えよ」
「⋯⋯買ってくれるって言うんだから、買ってもらえよ」と言った。
「じゃあ⋯⋯これかな?」
「ひとつはそれね。もうひとつは涼ちゃんセレクトで」
「あ、ちょっと!」
涼ちゃんはレジに向かってしまった。
青龍は黙って並べられたアクセサリーを見ていて、わたしも見ているふりをする。
髪も切ってしまったからヘアアクセサリーはもういらないし、プチネックレスを見ていた。
イミテーションの光は昨日の星を思い出させて、⋯⋯繋いだ手の温度を思い出させる。
嫌だ、わたし、何考えてるんだろう、とひとり狼狽えてたところに涼ちゃんが戻ってくる。
「はい、これ」
「ありがとう!」
それは丁寧にラッピングされていて、かわいいプレゼントに感激する。
「いいってこれくらい。イミテーションだしさ」
「そんな! 買ってくれただけでうれしいよ」
「だってさ」と涼ちゃんは青龍を肘で突いた。青龍は「良かったな」と一言いった。
「真帆ー! これこれ! これ、この間見て、かわいいと思ったんだよ。真帆、似合いそうじゃん」
Tシャツが足りないという涼ちゃんに付き合って、わたしたちはまた飽きずにユニクロにいた。
見せられたワンピースはわたしの持ってきたものとは違って、真っ白な地にオレンジの花が舞う、ロマンティックなものだった。しかも、前が下までボタンになっていて、羽織っても着られるタイプ。着回しができるけど、お値段がかわいくなかった。
「ちょっと、わたしに分不相応かな?」
「そんなことないよなぁ、青龍。色が白いからこそ、白が似合うのに」
「ワンピースは別のを持ってきてるので」
「えー、じゃあ、後で着て見せてよ。約束してくれないと、これ持ってレジに行くよ」
「見せる! 見せるから!」
「本当に?」
「本当!」と強く言って、何とか納得してもらう。どちらにしても法事に着るつもりだから、その時でいいだろうと考える。
涼ちゃんが長いレジ列に並ぶ間、青龍と一緒に店の外で並んで待つ。
「似合ってたけど」
「え?」
「さっきの服」
二の句が継げずに口ごもる。
「あの、あれちょっと高かったから。かわいいからって何でもは買えないし」
「ああ、俺、そこまで気が回らなかった。もし欲しいなら⋯⋯」
「すっげぇ、待たされた! あの無人レジって結構、時間かかるよな。店員が打った方が早い気がするけど」
「確かに」
青龍の言わんとしたことがわかった気がして、続きを聞かなくて良かったと思う。そこまでしてもらう理由がない。
そこまでしてもらう理由なんて、ないんだ。
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