第15話 欲張り

「お茶にするかぁ。腹も減ったし」

「スタバあるよね、ここ」

「真帆子、またフラペチーノ? すきだな」

 ふたりでふふっと笑う。この前、来た時の記憶がまだ新しい。


 その間、涼ちゃんはスマホで何かを調べていた。指が止まったかと思うと「二階に上がろうぜ」と言って、スマホの画面を見せてくれた。

「ここ、パスタのチェーン店なんだけどさ、ケーキがすげー大きいの。真帆、ケーキすき?」

「うん」

「じゃあ、ここでランチもしよう」


 涼ちゃんはまるで地元の人のように、迷うことなくわたしたちをその店まで連れていった。

 当然のように、人気店の前には行列ができていた。

「結構、思ったより並んでるな」

「人気があればこんなもんじゃねーの?」

 お店の前にあったメニュー表をそっと覗くと、美味しそうなイチゴのタルトが目に入った。


「真帆?」

「ううん、何でもない。わたし、どの店でもいいよ」

 ふたりは目を合わせた。

「並ぶのなんて訳ないし」

「だな。たまにはケーキもいいと思うよ」

 ふたりは白々しくそう言った。顔が赤くなる。


「真帆はさ、彼氏におねだりしたりしないの?」

「⋯⋯しない。図々しく思われたくないし」

「クリスマスとかは?」

「用意してくれたものをもらったの。レストランも注文してくれてたし。クリスマスディナーだったから、メニューも決まってたし」

「誕生日は?」

「プレゼントもらったよ」

「男チョイスの?」

「うん、スワロフスキーのブレスレットをくれたの」


「自分の意見は言わないの?」

「違う、違う。意見を聞いてくれない訳じゃなくて。何でも先回りしてくれるって言うか」

「なるほど。そうすると真帆みたいに『いらない』を連呼する子が出来上がるのかぁ」

「え? わたしってそうなの?」

「まぁ、俺の知ってる女の子たちがみんな欲張りなのかもしれないけど」

 青龍に目を向けると、わたしたちの会話は聞こえないふりをしていた。珍しくスマホで何かを見ていて。


「いいんだよ、意見言ったって。例えば、ここの店も俺が選んだじゃん? 真帆が一言『嫌だ』って言えば、こんなに待たなくてもいい店があったかもしれないし、スタバでお茶くらい出来たかもしれないし」

「だって折角、涼ちゃんが調べてくれたのに」

「涼ちゃんには少なくとも遠慮しなくていい。ちなみにここは今日一日付き合ってくれたお礼に、全部俺に出させてよ。だから真帆も青龍も遠慮なく注文して」


 目の眩むような話に、くらくらする。

 涼ちゃん、お金持ちなんだなぁと驚く。

 高輪くんもよく奢ってくれたけど、確かに「何でも好きなものを」とは言わなかった。まぁ、それはそうか。


「半分出すよ」

 突然、青龍が口を開いた。

「俺も真帆子をこっちに来てから散々、連れ回したし、こき使ったし、昼飯くらい奢らせろよ」

「いいんじゃん。それで俺と青龍は対等だ」

「ちょっとふたりとも! わたしの立場は?」

「真帆子はお姫様でいいんだよ。昔からそうだろう?」


 そうだったかもしれない。

 わたしはいつもふたりの王子様に守られて遊んでいた。

 何も考えずに、無邪気に――。


「だから真帆子はすきなケーキを選べる権利があるっていう訳。ほら、メニューでも見てこい」

 涼ちゃんはわたしの背中をとんと押して、メニュー表の前にやった。後ろから青龍がついてきたことに驚く。

「真帆子、どれがすき?」

「えーっと。パスタはまだ決まらないけど、ケーキは」


 そこまで言って、青龍をチラッと見上げる。

「俺の顔にメニュー表はないぞ?」

「⋯⋯ワガママ言ってもいいのかな?」

「いいんだよ、奢りなんだから、高いのにしておけよ」

「あの、大きなイチゴのが食べたいの」


 青龍はふっと笑った。見間違いでなければ。

「だから躊躇ってたのか、いい値段だもんな。パスタとどっこいどっこいだ」

「だから! 言いたくなかったの! 強欲だと思われたくないじゃない?」

「たまにはいいんじゃない? マック行った時だって、ピンクのマカロン食べてる真帆子、幸せそうだったし。買ってやった俺も気分が良かったし」

「ほんと?」

「かわいかった」


 ふわん、と身体が浮き上がった気がした。青龍の何処からそんな甘い言葉が出てくるのか、不思議に思う。

「⋯⋯俺だって、真帆子を喜ばせたいと思ってるんだよ」

「わかってるよ。それに、いろいろ連れて行ってくれて、楽しかったし、青龍の作るご飯も、ぬか漬けも美味しかったし⋯⋯」

「喜んでくれたなら、良かった」

 ごほん、と咳払いして青龍はそう言った。そしておもむろに、「このパスタ美味そうじゃない?」とメニュー表を指差して言った。


 ◇


 ご飯を食べて、涼ちゃんに付き合って館内をぐるっと一周して、スタバに入る。涼ちゃんが勧めてくれたのが、この間来た時に飲んだフラペチーノだったので、笑う。


「真帆、緊張解けた?」

「緊張? してないよ?」

「嘘だ! 俺と話す時と青龍と話す時じゃ、顔が違ったし」

「⋯⋯そんなことないよ。ほら、青龍とは一週間早く一緒にいたから」

「たった一週間。あーあ、もっと早く来られれば良かったのに」

「お前が思う程のことは何もしてないと思うけど?」


「青龍! お前のその鈍感なところが嫌だ! 何処かに行ったとか、何を買ったとか、究極、そんなことは大した問題じゃないんだよ。その時、同じ空気を吸ってした些細な会話とかに意味があって。一緒にいたことに意味があるんだ。だから今、俺とお前はフィフティ・フィフティじゃないだろう?」

「何が?」

「真帆との親密度」


 何でそんなことで言い合いになってるのかと思う。

 子供の頃ならまだしも、今はふたりともわたしよりたくさんの女の子を知ってる訳で。

 わたしが争いの対象になるなんて、どう考えてもおかしい。


「まぁまぁ、ふたりとも、おかしなこと言ってないで。今日はもう疲れたし、お茶飲んで帰ろう?」

「疲れた? 結構、歩いたよな、ごめん」

「だからそういうのはいいって」

「真帆子、何飲む?」

「⋯⋯アイスティーで」


 ふたりの前では何も偽る必要はないと、そう思った。

 スタバでアイスティーを頼むのは邪道とか、そういうのに拘るのはもうやめようと。

 イメージ通りの女の子でいるのはやめてみたら、とわたしが囁いたので。


「さっきのケーキ、相当甘そうだったからな」

「青龍がケーキ選ぶの、一緒に見てくれたんじゃない」

「すきなもの食べられたんだからいいじゃないか」

「ハイハイ、よーくわかった。ふたりは席取っておいて。注文は俺がしてくるから」


 青龍と目を合わせる。

 目が合うと、青龍はわたしの手を引いた。

「真帆子、こっち空いてる」

 はい、と答えながら、顔が上がらなかった。

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