第2話 大賢者テオドールの指令

 南軍のシルヴィアに王都からの呼び出しがかかったのは、ほんの数日前の話だ。


 当然、何事かとシルヴィアは訝った。

 既に南軍にも、北軍によって魔王が倒されたという情報が伝わっている。それでも南軍は、攻撃を続ける魔王軍残党に釘付けにされていた。


 これから、まさに、今までの恨みを晴らしてくれようという矢先だ。

 王都に呼び戻されたシルヴィアは、明らかに不満だった。


 とはいえ、呼び戻した主は宮廷魔導士にして大賢者と呼ばれるテオドール。王国の中心人物でもあり、『最後の砦』とも言われた大人物だ。

 そのテオドールの口からもたらされたのは、信じられない情報だった。


「……ま、待ってくださいっ! では、魔王が倒されたというのはっ?」

「声が大きい。シルヴィア騎士団長。……恐らくは擬態。二十五年前と同じことが繰り返されようとしている」


 誰もいない部屋なのに、二人は辺りを見渡し、声を潜めた。


「では、やはりあの『偽りの英雄事件』の時も?」

「恐らく。だが、どのような形で魔王が復活するのかまでは予測がつかぬ」


 魔王討伐に成功したと聞かされた直後に、魔王が復活することを聞かされる。

 シルヴィアでなくとも落胆する話だ。

 その徒労感はシルヴィアだけでなく、王軍全体を支配することだろう。


「気落ちするでない。ここからなのだ。ここからが、魔王と我らとの本当の勝負だ」


 目の前のテオドールが、ここからだと繰り返すことで気付かされた。大賢者テオドールですらも自分にそう言い聞かせないと正気でいられない精神状態なのだろう。

 シルヴィアもさすがに気を引き締め直した。


「私は何をすれば?」


 うむ。それでこそわが友だ。今は、自分にやれることをやるしかない。


「お主には旧北方迎賓館に向かってもらう。そこに、今回の魔王討伐戦に加わったものだけを集めた。北軍部隊の生き残りの猛者たちだ。魔王に取りつかれ、魔王に変わる人物は必ずその中にいる。そこへ行って、魔法復活の兆しを見つけてこい」


「その兆しとは、どのような?」


「……わからぬ。雲をつかむような話なのは重々承知だ。だが、ここで魔王を逃せば、再び王国は危機に瀕す」


「兆しとなるものを見つけ次第、ご報告すればよろしいのでしょうか?」


「いや。報告は無用だ。破壊、若しくは殺害だ」


「……さすがに私には重大すぎる任務です。もしも誤って……」


 全員が魔王になるわけではないはずだ。

 魔王になる人物を一人探さなくてはならない。


 誤って、無関係なものを殺害した場合、王国にとっては大きな損失になる。相手は魔王を倒した英雄なのだから。いや、そもそもシルヴィアに倒せる相手なのかもわからない。


「最悪、そこに居る者が全員皆殺しになったとしても、そなたの過ちとはせぬ」


 さすがのシルヴィアも絶句している。大賢者と呼ばれた男が、そこまで追い詰められている。


「魔王になる前に、お前は兆しを見つけて、それを潰さねばならない。仮にお主が返り討ちにされるなら、次は王軍を出さざるを得ない。北軍と南軍が戦い合う無様な戦いをしてでも魔王復活を阻止せねばならぬからの」


 大賢者テオドールは目を伏せ、溜息をつき、そして観念したように、言葉を続けた。


「数人の殺害で済めば上出来だ」


 言われたシルヴィアもまた、深い溜息をついた。

 できれば誰かに代わりたい任務だろう。


「何故、私なのです」


「その剣だ」


 シルヴィアが私をぎゅっと握り締めた。


「その剣の由来は知っておろう。『処刑リヒトシュヴェーアト』。お前の家系は、代々、王国の裏切り者を正しく処断した家だ。今は、そんな言い伝えにすら、すがりたいのだ。良いか? 魔王は……」

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