第35話:消臭のトリックと、犯人の香り崩壊

翌朝、警視庁鑑識課の一室。


僕はビニールで密封された証拠物の前に立っていた。

それは、第二の被害現場から採取された“換気フィルター”と“スプレー缶の残留成分”。


「ここから、犯人の“消したはずの匂い”を辿る」


鑑識官たちは半信半疑だったが、浅見局長だけは、静かに頷いてくれていた。


僕はまず、フィルターを開封し、鼻を近づける。


(……強いオゾン臭。だけど、それだけじゃない)


「柑橘系ベース、そこに化学的なパウダリーな成分。そして……あった」


僕の指が止まる。


「この残り香。強制拡散型の“香りキャンセルスプレー”です。

一般的には売られていない“業務用”。しかも……この香り、前に嗅いだことがある」


鑑識官が驚きの声を漏らす。


「このスプレー、どこで?」


「香料工房ペルファム。あの“裏ルートブレンド”を扱っていた店です」


その瞬間、全てが繋がった。


犯人は、“香りを記録する力”を知っていた。

だからこそ、証拠を“匂いごと抹消”しようとした。

だが、香りの強さを消しても、化学的な違和感は残る。


僕は続けて、スプレー缶の内壁を嗅ぐ。


「……これ、“Y-C2”だ」


「Y-C2?」


「本来、海外のホテル清掃員向けに開発された無香剤です。

“無香”と謳いながら、実際は人工的な酸性成分で香りの受容体を誤魔化すタイプ」


「つまり、香りを消してるんじゃなく、感知を“鈍らせている”だけ?」


僕は頷いた。


「だからこそ、敏感な嗅覚には“おかしさ”として残る」


浅見局長が立ち上がった。


「このスプレーを流通させている業者と、ペルファムでの購入履歴から、対象を絞り込めるな」


僕はもうひとつ、犯人の“香りの癖”に気づいていた。


「香りの構成に偏りがあります。

前回は甘さと腐敗の二層。今回は消臭と粉っぽさ。犯人は“香りを理屈で構成しようとするタイプ”です」


「感性じゃなく、理論で香りを作る」


「だから逆に不自然。生活感がない。

“香りを記号としてしか捉えていない”」


浅見は、端末を操作して新たな捜査対象リストを出す。


「この中に、香料店を複数渡り歩いていた“ある人物”がいる。

香水マニアであり、過去に異臭苦情の通報歴があった」


画面に映った人物――僕の記憶に、明確に残っていた。


白い手袋。柑橘の残り香。駅でルナのバッグに触れた男。


「……この人間、間違いありません」


香りは、消せなかった。


そして今――

香りの痕跡が、犯人そのものを崩し始めていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る