第34話:第二の被害者と、雨に紛れた“匂いなき殺意”

降りしきる雨の音が、車内にじわじわと染み込んでくる。


僕と浅見局長は、茨城県内の古びたアパート前に到着していた。


「第二の通報があったのは昨晩。通報者は隣人。

“部屋から異常な静けさが続いている”と感じたそうだ」


遺体は二階の端部屋。


すでに鑑識班が到着していたが、今回は様子が違っていた。


「あれ……匂いが、しない?」


僕は鼻を利かせるが、前回の事件のような腐敗臭や体臭がまるで感じられない。


部屋に入る。


畳の部屋、家具も最小限。

リビングテーブルに花瓶、押し入れの戸が少し開いていて――そこに、彼女はいた。


女性、三十代後半。

前回の被害者と同じく、個人輸入系の小会社に勤めていたと確認されている。


死後は二日。


「……香りが、ない」


僕はそのことに、強烈な違和感を覚えた。


「普通、これだけ生活していた部屋なら、化粧品、衣類、調味料、何かしらの“生活臭”が残っているはずなんです」


浅見局長が眉をひそめた。


「だが、今回は一切ない?」


「はい。香水も、汗も、洗剤の残り香も、何もない。

あるのは、“無臭の違和感”だけ」


窓は全閉。換気はされていない。

だが、匂いがない。


紅茶のティーバッグが開封されたまま、テーブルに置かれていた。

しかしその香りすら、ほとんど感じない。


「この部屋……誰かが“香りを消した”んだ」


僕は言った。


「犯人は、香りが“残ること”を知っていた。

だから徹底的に香りを排除し、空間を洗浄している」


テーブルの裏に、僕はわずかな“違和感”を見つけた。


(……アルコール除菌とは別の、もっと強いケミカル臭)


僕は目を細める。


「これ、オゾン処理された痕跡があります」


「……空間ごと“匂いを消した”ってことか?」


浅見局長の声が低くなる。


「はい。“香りを持たせない犯行”です。

犯人は、自分の香りも、被害者の匂いも、すべて消そうとした」


だが、僕はその“無臭”こそが罠だと気づいていた。


「完全に消すことはできない。

匂いがないという“不自然”は、むしろ“何かがあった”という証拠になる」


香りは、目に見えないが、消えない。


部屋の隅の換気口に近づく。


(……ここだけ、“違う空気”がある)


微かな、人工的な柑橘系と、オゾン臭。


「これ、前回の香料の“逆成分”です。

犯人は、前の事件とは逆に“香りを打ち消す香料”を使ってる」


浅見局長が言った。


「つまり、香りを残した事件と、香りを消した事件。

だが両方とも、“香り”を武器に使っているという点では一致している」


僕は小さく頷いた。


「次は、“何を使って香りを消したか”を特定します。

その香りの組成が、次の手がかりになるはずです」


雨は止んでいた。

しかし空気は湿りきっていて、なおさら“無臭の異様さ”が際立っていた。


香りを消した犯人。

その意図が、逆に僕の嗅覚に火をつけた。


香りがないという証拠。

それを嗅ぎ切るのが、今度の僕の仕事だ。


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