第28話:文化祭失敗と、怒りのヒロイン包囲網

文化祭二日目、午後。


旧化学実験室の“シュールストレミング展示”が開かれたあと、校内には明らかな異変が広がっていた。


「おい、あの廊下、まだ匂い残ってるぞ……」「なんか、校内放送の向こうで悲鳴聞こえなかった?」「展示中止になった教室、三つ目だって……」


ざわめきが廊下を満たし、香りと騒動は瞬く間に文化祭の主役をかっさらっていった。


中心にいたのは、僕。

そして、その“協力者”とされる御影えま。


「これ、マジで騒ぎになってんじゃん……」


教室に戻ってきた僕を待ち受けていたのは、想像通りの空気だった。

いや、それ以上だった。


「白井健太ァァァァァ!!」


怒声とともに、白神ルナが机を越えて突進してくる。


「ちょ、ちょっと待て、落ち着け……!」


「落ち着けるかぁああああっ!! なんで“世界一臭い缶詰”を真顔で開けたぁあああ!?!」


彼女の髪からは、まだミルクティーの柔軟剤の香りがふんわり漂っているが、表情はまさに雷神そのもの。


「てか! 文化祭が今まさに! 滅んでるんだけど!?!」


「……まぁ、それは」


「わかってるなら! なぜ嗅いだ!!」


とどめの張り手が飛んできた瞬間、背後から柔らかな手が僕の肩を取った。


「……ルナさん、暴力はだめよ」


久遠美月だった。

しかしその表情は、どこか無機質で静かすぎた。


「白井くん。貴方は、香りが好きなのよね」


「もちろん」


「では聞かせて。“人の迷惑にならない”という基本的な倫理観と、“香りを愛する”という好奇心、どちらが上だと思う?」


「……え?」


「私ね、今日展示してた“香りの歴史”資料、急遽撤収されたの。匂いが流れ込んできて生徒が倒れたって」


「う……」


「私のせいじゃないけど、貴方のせいではあるのよ」


静かな圧が、痛かった。


「……健太」


最後に現れたのは志村紅葉。

書道部の作品が一部巻き取られ、香りつき和紙が“腐敗臭”と誤認され廃棄されたらしい。


「“香りの責任”って、あると思うの。発する人間が、どこまで理解して届けるか。それが足りなかった」


「ごめん……」


3人に囲まれた僕は、完全に“文化祭戦犯”の扱いだった。


しかし、そこにえまが入ってきた。


「いいじゃない、話題になったんだし」


その一言が、完全に火に油を注いだ。


「ちょ、おま、無自覚にもほどが――!」


「明日、白井くんがプレゼンするから。

“香りとは何か”って話を。全部説明して、言い訳じゃなく、正当性を証明するって」


「……え?」


僕は思わず振り返った。


「聞いてないぞ」


「さっき決めた。責任、取る覚悟でしょ?」


えまは微笑みながら、冷却ボックスの残骸を背に立っていた。


「私は全部サポートする。だけど、前に出るのは、貴方」


……このまま終わらせるわけにはいかない。


「分かった。明日、やる」


ヒロインたちは驚いたようにこちらを見た。


「“香りが迷惑”だったことは認める。

 でも“香りが悪”だったとは思ってない。

 人に受け入れられないものにも、存在する意味がある。俺は……それを伝えたい」


沈黙。


やがて、美月が口を開いた。


「……期待してる。最低限、心で嗅げる話にしてね」


ルナが頬を膨らませる。


「臭いのに感動させるって、どんだけ無理ゲーだよ……でも、ちょっとだけ見てやる」


紅葉が小さく笑った。


「終わったら、また香りのしおり、渡してもいい?」


「……ああ、ぜひ」


文化祭は、一度崩壊しかけた。

でも、今度は“香りの希望”で救う。


次回。

匂いを愛し、香りに呑まれかけた僕が、その意味を全校に伝える番だ。


“香りと尊厳”のすべてを嗅ぎ切るために。


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