第1話:匂いの記憶、転校生の香り

――匂いって、記憶に残るものだ。


今でも覚えている。あの中学時代の事件、そしてその後に感じた初めての「匂い」。その匂いがなければ、僕の人生はどうなっていたのだろうか。あの事件から僕の嗅覚が「名探偵」としての手がかりとなり、その後の青春の物語が始まったのだから。


高校二年生となった今、僕は普通の男子高校生――見た目も地味で、特に目立つことはない。友達も少なく、趣味はアニメやゲーム、そして何よりも匂いに敏感なことくらいだ。


――あれから数年、僕は学校生活を楽しんでいる。普通の、高校生活。


でも、今日、僕はまた匂いに引き寄せられることになる。


「おい、白井、今日から新しい転校生だぞ」


放課後、クラスのムードメーカー、光川悠斗(みつかわ ゆうと)が僕に声をかけてきた。彼は俺と幼馴染で、いつも僕をからかうのが好きだ。


「転校生か…」


僕は無関心に返す。転校生だろうが新しい生徒だろうが、僕にはあまり関係がない。どうせ、クラスの中でぼんやりしているだけだろうと思っていた。


だが、その言葉を聞いてすぐに何かが違うことに気づいた。


教室に入った瞬間――あの匂い。


ほんのりと甘い、優しい香り。それでいて、どこか落ち着いた印象を与える不思議な匂い。すぐにそれに気づいたのは僕だけだった。


「匂い…?」


僕は思わず鼻をひくひくさせ、周囲の空気を吸い込む。


「おい、白井、お前また匂い嗅いでんのか?」


悠斗が笑いながら言ったが、僕の耳には入ってこなかった。僕の嗅覚は、確実にそれを感じ取っていた。


――あの匂い、間違いなく今まで感じたことのない、独特な香りだった。


その香りは、転校生から漂っていた。彼女、石橋紗奈(いしばし さな)という名前の転校生が、教室の前に立っていた。


「えっと、石橋紗奈です。よろしくお願いします」


彼女は少し緊張した様子でそう言い、自己紹介を終えた。その瞬間、クラス全員の目が彼女に集中した。可愛らしい顔立ち、整った髪、そしてあの香り。


――でも、匂いの感覚が僕を引き寄せた。


あの香りは、他の誰にも気づかれないのだろうけど、僕には確かに分かった。彼女から漂っていたのは、ただの香水ではない。どこか懐かしい、落ち着いた香り。


――その匂い、どこかで感じたことがあるような気がした。


でも、そんなことを気にしていても仕方がない。僕は普通の男子だし、匂いに敏感なだけで、何か特別なことがあるわけではない。


それでも、彼女の香りがどこか気になった。


「お前、また匂い嗅いでんのか?」


悠斗がからかうように言ってきた。僕はうんざりした顔をして返す。


「気にするな。匂いが気になるだけだよ」


悠斗はまだ笑っているが、僕はその匂いにもっと引き込まれていた。


――何か、この匂いには理由があるような気がする。


その後、紗奈が僕の隣の席に座ることになった。教室内の空気が少し変わったような気がした。クラスメートたちも、彼女の存在に気づき始めたが、僕はそれ以上に「匂い」に意識を集中させていた。


午後の授業中、何度もその匂いが僕の鼻をくすぐる。そのたびに、僕の心はわずかに乱れる。


――あの匂い、何かが隠れている。


その匂いの奥に、何かを感じ取っていた。普段なら気にしないはずのことを、僕はどうしても気にしてしまう。


そして、放課後。僕はその香りを追って、自然に紗奈を見かけるたびに匂いを感じ取り、ますますその謎に引き込まれていく。


「白井、また匂い嗅いでんのか?」


悠斗が後ろから声をかける。


「うるさいな、ちょっと気になるだけだ」


僕は素っ気なく返したが、心の中ではもう決まっていた。


――紗奈の匂いの理由を、突き止める。


匂いを手がかりに、何かが始まる予感がしていた。その予感は、僕の青春を大きく変えることになるだろう。


それが、あの転校生の香りが引き起こす最初の事件だった――。

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