第6話 あちこちで惨劇

 周りを見ると、あちこちで混乱が起きていた。


 ここからだとそれなりに距離があるのではっきりはわからないが、叫びながらジタバタと転がり暴れる人、悲鳴をあげて四方へ逃げる人。

 転がっている人が、おかしな形に変形していく。


 多分、スライムに張り付かれて溶かされてる。



「どうする」


「どうもこうも、助けに行ってもどうにも出来ないよ」


「お前らは動くな。足元や周りを見てスライムが近づいたらゆっくり移動しろ。こんな時は慌てるのがダメだ」


「おっさんは?」


「近くまで走って行く。スライムに触るな、それくらいしか言えん」


「武器って言っても落ちてる石くらいだし」


「拾うな! スライムが下にいるかも知れないからな」


「そ、そっか」



 俺は岩盤の足場から砂地へ、そしてパニックになってる人達の方へとゆっくりと走った。



「スライムに触るなぁ! 触れると攻撃してくるぞぉ!」



 近づいた3人はもう、体の半分以上が溶かされていた。コト切れているのか意識がないのだけが幸いだな。意識のあるまま溶かされるなんて恐怖以外のナニモノでもない。



「スライムから離れて! 剥がすのは無理だ、とにかく岩や石から離れて、平らな所へゆっくり移動して!」


「助けて」


「何で、何でこんなとこに、どうして」


「なんなんだ、あれは」



 落ち着いてと言っても興奮しきった人を落ち着かすのは難しい。

 何箇所かの集まりにスライムに気をつけるように言ってまわり、いったんさっきの場所へ戻ろうとした。


 その時、少し先に小学生くらいのふたりが目に入った。すぐ後ろにスライムがいる。


 俺は足元を見て、そこにある石を、持っていた通勤鞄でゆっくりと突いた。石を右へ左へ。スライムが居ないのがわかると直ぐに掴んで石を拾った。小学生のふたりの背後の地面にゆらりとしていたスライムにその石を投げた。


 石がじゅっと溶けた音に振り返ったふたり。スライムに気がついた。

 こっちを見たので、首を縦に振り手で待ったをしてからゆっくりと人差し指でこちらへちょいちょいと呼ぶ。


 ふたりは抱き合ったままゆっくりとこっちへ移動してきた。



「よしよし、大丈夫だ。おっちゃんと一緒に来い」



 いや、普通だったらコレ人攫い案件だよな?だが、まぁそんな事を言ってる場合ではない。

 ふたりと手を繋いだ。俺はロリじゃないぞぉ!



「大丈夫、慌てないで、ゆっくり俺と一緒にあそこまで移動するぞ? 行けるな?」


「う、うん。行ける」


「うん」



 さっきの岩盤のところには高校生3人が居た。つまり今のところスライムは寄ってきていないという事だ。


 俺は、なるべく岩や大きめの石を避けて進む。でも砂地も嫌なんだよな。別に予知能力とか検索スキルがあるわけじゃない。

 だが俺はマンホールの蓋の上は歩かないタイプの人間なんだ。ネット動画で飛んでいくマンホールの蓋の動画は割と多いんだよ。マンホールの蓋、恐るべし。


 それと同等の怖さを感じる、砂地。……何かが飛び出してくるか、蟻地獄みたいなものに落ちるか。ダメだ、フラグが立つぞ。


 とにかくひたすら岩盤へとゆっくり進んだ。



「おっさん、大丈夫か?」


「オーシマさん」


「大島さん、大丈夫ですか?」


「ふぅ、何とか。あっちはスライム地獄だ。いや、そこまでスライムの数はいなかったけどとにかく混乱しててどうにもならん」


「大丈夫?」



 倉田が話しかけた事で小学生の事を思い出した。



「そうだ、ふたり拾った。名前、なんだっけ?」



 いや、まだ聞いてないけどな。まずは高校生3人が先に名乗った。俺はもうおっさんでいいや。

 ふたりは学校が春休みで遊び行く途中の小学生だった。


 小5で、杏と紬だそうだ。


 駅で他のクラスメイトとも待ち合わせをしていたらしいが、駅に着く前に黒いビー玉に襲われたらしい



「スキル貰えた?」


「攻撃(ビミョー)なやつ」


「あ、はい。漢字読めなかったけど物理攻撃かっこ何とか」


「杏ちゃんあれ、顕微鏡のび、じゃなかった? そんな感じの」


「ああ、じゃあ同じだね。あの一覧って『攻撃微』しかないのかな」


「私、体力かっこ微、です」



 紬と名乗った方の子、長い髪を頭のテッペンで結んでる子の言葉に高校生トリオが口を開けてガン見した。



「つむちゃん、物理攻撃じゃないの選んだんだ」


「うん。横のスクロールをスルスルして適当に触ったらそれだった。でも体力が微妙ってどう言う意味?」


「疲れやすいのかな」


「物理攻撃以外もあったんだ、あれ」


「だな。けど、選んでる時間なかったぞ?いきなり頭ん中で声がして驚いてる間に30秒なんてあっという間じゃん。我に返った時にはもう5カウントに入ってた」


「え、あれ、カウントあったんだ。私、最初に触った瞬間にソレになったから、残り25秒以上はあったはず。酷くない? 最初に言って欲しいよね、触ったら決定するってさー」



 おお、と言う事は今ここに居る6人、高校生トリオと小学生コンビとおっさんの俺の6人は、『物理攻撃(微)』が4人、『体力(微)』が1人、そして『完全防御(箱型)』が1人か。全員スキルをゲット出来たんだ。


 俺のゲットしたスキル、当たりっぽいな。名称からして『完全防御』だぞ?

 完全、完全だよ。よくわからんが。


 そしてかっこ内の箱型も、さっぱりわからん。

 それ以前にスキルの使い方もわからんけど、『箱型』ってなんだよ。


 箱じゃないやつもいるん?丸型……とか、あ、そうか、防御だから身体に纏う事考えると『人型』か?…………いや、普通に盾型とか縦型とかでよくないか?

 まぁ、箱型の方がいいか、上からの攻撃も防げそうだもんな。



「おっさん! おっさん!」


「大島さん!」



 呼ばれていた事に気がついた。



「ごめんごめん、考え込んでた」


「なぁ、どうする?」


「このままここに居る?」


「うーん、岩場より安全なんだけどな。ここがどんなとこか現状不明だし。日が暮れたら今も十分薄暗いけどな、何も無い場所にいるのは不安だよなぁ。スライムが上がってこないとも限らない」


「てかここが地球のどっかなのか、異世界なのか知らないけどさぁ水も食糧も武器も無しは詰んでるよなぁ」


「ここがスライムの惑星だったらアウトだな」


「スライムの惑星。スライムしか居ないのか」


「スライムって食べられるの?」


「スライム食べる前にこっちが食べられるって。溶かされる」



 そう言って声が静まった向こうを指差した。

 さっきまでパニックになっていた人らが、だいぶ減った気がする。

 倒れて転がってた人ももう居ない。綺麗に食べ終わったと見た。

 残った人らは、お互いに立ったまま抱き合い動かずに居るようだ。



「ねぇ、あの人達とも合流する?」



 自分達だけでは不安だから集まりたい気持ちもあるのだが、人が多いと揉める原因にもなる。足をひっぱるやつ、我儘を言い出すやつ、騙すやつもいそう。いや、そんなのは小説やドラマの中だけだろうか?



「情報は欲しいしみんなで集まろうよ」



 トリオのドド…小宮は大勢でまとまりたい派か。


 おれは辺りを見渡した。山、森、林は見えない。植物は生えておらずひたすら荒涼とした岩と石と砂、そして岩盤。

 つまり、簡単に水や食物は入手は出来そうにない。


 遠くに建物なども見えない。

 ここがスライムの惑星ならスライムが家(建物)に住んでいるとは思えない。

 人型の生物が居たとして言葉は通じるのか、好戦的か、全く情報がない。


 そもそも謎の転移に伴いスキルの取得をさせられた、と言う事は、少なくともこの世界で生き残るのに『スキル』が必要ってことだ。

 裏を返せば『スキル』が必要なくらい厳しい世界って事じゃないか?


 しかもかっこ書きで『微』とあるのは、スキルにはレベルがある、つまりレベルアップが期待出来る……。俺の『箱型』はともかく。(箱型の上位って何だ?)



「合流する前に言っておく。今見える範囲のこの辺りは水も食料も入手が不可能だろう。今は大丈夫でもそのうち喉が渇いたり腹が減ってくると、最初は優しそうに見えた大人も怖い人に変わるかもしれない。平和な日本では大人が子供を守っていたかもしれないが、今ここでは、それが難しい」


「飲み物あるよ? あとお弁当も」



 小学生コンビの杏が背負ってたリュックを下ろそうとしたのを止めた。



「私も持ってきた。だって園内は高いから持って行きなさいってお母さんが。あとお菓子もある」


「ダメダメ。出さないで隠しておきなさい」


「あの、私もある。あ、ペットボトルとお菓子だけど途中で食べようと思って昨日ダンキで買ったの」


「俺、ジュースとグミしかねぇや」


「大丈夫だ、ドド。俺腹にたまりそうなの持ってる」


「クサちゃん、ありがと」



 隠しておけ、と言うのにみんな何故出すかな。俺も仕事鞄を弄った。あったあった。



「俺も水と忍者飯とチョコあるけどさー。そこらの人らが集まったらこんなん一瞬でなくなるからな。とにかく出すな、しまえ、食べる時は誰にも見られるな」


「そうだねぇ、こんだけって今日中には食べ終わっちゃうね」


「それは隠して、とりあえず他のやつらと合流しよう。情報入手だ。もし変なやつらだったら別行動をする。俺はひとりでも別れる」



 そう言った俺のスーツの上着の裾を杏と紬がしっかり握った。

 倉田も。小宮も加瀬も俺の裾を掴む。

 おい、何でみんな俺の上着の裾を掴むんだ。


 俺は5人をそこに残して再び、今見える人達の元を回った。

 足場が硬く平らな岩盤の方が安全性が高い事を告げた。

 恐怖で動けないのではと思っていたが何故か皆ゾロゾロと後をついてきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る