第18話 問いかけ

 翌日の夕方、美奈は意を決して父に声をかけた。


「ねえ、お父さん。あの墓標……誰のもの?」


 シンスケは、ちょうど理容椅子の掃除を終えたところだった。布を手にしたまま動きを止め、美奈を見た。その視線は、柔らかいようでいて、どこか遠い場所を見ているようだった。


「……あそこに行ったんだな」


「うん。どうしても、気になって」


 父は黙ったまま、棚の上に布を置いた。


 しばらくの沈黙が流れる。


 美奈は口を開いた。


「震災と、関係あるの?」


 シンスケはわずかに目を伏せた。その沈黙が、なによりも雄弁だった。


「名前も、日付もないなんて、変だと思った。誰かのお墓なんでしょう? 誰か、家族の……」


「……そうかもしれない」


 父はぽつりと答えた。


「でも、いまはまだ……おまえにちゃんと話せるだけの言葉が、俺にはない」


 その言葉に、美奈は不意に怒りが湧きあがった。


「それ、ずっとそう言うつもり? もう私、高校も卒業したんだよ」


 父は驚いたように美奈を見た。


「ずっと何か隠してるよね。みんな“何もなかった”って言う。でも、何もないのに、私だけが違和感を抱えてきた。記録も、思い出も、全部、都合よく埋められてた。……私にだけ、黙ってるのはなぜ?」


 静かな声だった。


 けれど、その声には、確かな痛みと、かすかな震えがにじんでいた。


 沈黙が部屋の空気を重くしていた。時計の秒針だけが規則的に響いている。


 シンスケは視線をそらし、ゆっくりと息を吐いた。


「……美奈。おまえに話すには、覚悟がいるんだ」


「私が知らないことなの? 私のことなのに?」


 父は何か言いかけたが、口をつぐんだ。


 美奈はその横顔を見つめた。見慣れた父の表情の奥に、どこか“よそよそしさ”が混じっているように見えた。


 まるで、“家族”という仮面の内側に、もうひとつの顔があるような。


「……じゃあ、いつなら話せるの?」


「それは……近いうちに」


「約束して」


 父は、少しだけ躊躇したあとで、小さくうなずいた。


「わかった。必ず……話すよ。ただな、美奈……。それが本当に“正しい答え”なのか、それとも“守るべき沈黙”なのか、俺にはまだ答えが出せない。でも、いつかは話さなきゃならないってことだけは、分かってる」


 その声はかすかに震えていた。


 それ以上は聞けなかった。


 けれど、美奈は確かに、何かが揺れ始めたのを感じていた。


 それが、美奈にとって救いになるのか、崩壊になるのかは、まだわからなかった。


 それでも前に進むためには、問いかけるしかなかったのだ。



『リバースメモリー』より

 問いを投げても、答えはすぐには返ってこない。

 でも、問い続けることでしか、

 たどり着けない場所がある。


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