第16話 父のまなざし

 DNA鑑定の結果を知った翌朝、美奈はいつものように食卓についた。


 湯気の立つ味噌汁と、焼き鮭の香り。何ひとつ変わらない朝の風景。


 けれど、父・シンスケの様子がどこか違って見えた。表情も、言葉も、何気ないしぐさまでも。


 ふと向けられる視線が、まるで問いかけのように長く続いた。


 それに気づいても、美奈は何も言わずに箸を進めた。問い返せば、何かが壊れてしまいそうな気がした。


「今日、昼前には戻れると思う」


 そう言って立ち上がる父に、美奈は「あ、うん」とだけ返した。


 玄関で靴を履く父の背中に、目を向ける。コートの肩に落ちた埃を、何気なく払うしぐさが、妙にぎこちなく見えた。


 扉が閉まる音がしてから、美奈はそっと息を吐いた。


(やっぱり、お父さん、なにかを知っていて、それを隠している気がする)


 血縁はある。でも、それだけでは解けない違和感がある。


 “私が御藤家の子である”という証明は、たしかに手に入った。

 だけど、“この家で与えられたもの”が、本当に私に届いていたのかは、まだわからなかった。


 午前中、美奈は机に向かいながら、文集の続きを書こうとした。

 けれどペンは一文字も進まなかった。


 書きかけのノートを閉じて、美奈は立ち上がった。


 無意識のうちに向かったのは、居間の戸棚だった。

 家族の写真や年賀状、旅行のパンフレットがぎっしり詰まった引き出しの中をひとつずつ開ける。


 父と祖父が並んで写った古い写真。自分が生まれる前の家族の記録。


 ページをめくる手が止まった。


 父が大学生だった頃の集合写真。その隅に、白衣姿の父が写っている。


 今よりも痩せていて、眼鏡越しに見える目元は鋭い。


(お父さんにも、こんな時代があったんだ)


 その父が、なぜ大学を辞めて帰郷したのか。


 祖父の死と家業の継承。それは事実かもしれない。


 でも、その裏に、なにか隠された理由があるような気がしてならなかった。


 夕方、リビングに戻ってきた父と鉢合わせた。


「おかえり」


 自然に言葉が出たことに、自分でも少し驚いた。


「ただいま」


 父も変わらぬ声で応じたが、その目はどこか曇っていた。


「美奈、最近、よく家にいるな」


「高校を卒業してから、ちょっと落ち着いて考える時間ができたの」


 ほんの数秒の沈黙。


「文集、書き終わったのか?」


「……うん。書いてはいるけど、まとまらなくて」


 父はなにも言わず、ふっと視線を外した。


 その横顔の沈黙が、なによりも多くを語っているように感じた。


 美奈は、笑ってみせた。いつものように。


 けれど心の奥では、まだ決して届かない問いが、静かにくすぶり続けていた。



『リバースメモリー』より

 誰かが黙っているとき、その沈黙の中に、

 いちばん大きな言葉がある気がする。

 目をそらされなかった視線に、

 ほんとうの問いが浮かんでしまうことがある。


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