第22話 ラニィブ狩り競争

 派遣先の村に到着した。東側には鬱蒼とした森が見え、そちら側への防備をこれでもかと整えている。備えられている罠やらを見るに、この村を襲っているのは比較的小型の魔物らしい。話を聞けば、それは兎から派生した魔物で、名をラニィブ。一見すると普通の兎に翼が生えただけの容姿をしているのだそうだが、その凶暴さは荒れ狂った牛が委縮するレベルなのだとか。


 俺は早速そのラニィブを狩りに行こうとするキャティアを引き留めると、まず先に村の中を見ていくことにした。今日の宿も用意しなければならないのだし、それに何よりお腹が空いた──ということで村の中を適当に見て回ったのだが、そこで気が付いたことがいくつかあった。


 まず、この村では食料やその他道具類などをそのまま物々交換しているらしく、金銭というものがあまり価値を持っていないのだ。規模の小さいこんな場所ではいちいち物に金額を付けて間にお金を挟むのは非効率的なのだろうし、大きな街とは違って基本的には知り合いだけで構成されているような場所だ。そういう部分は良くも悪くもなぁなぁでやっているのだろう。


 勿論全く使い道が無いということはないし、持っていて困ることはないのだが、持っていなければ困るのはどちらかと言えば食料そのもの、もしくは魔物や動物を狩る力の方なのだろう。魔物に関してはこの村に対する貢献という意味でもそうだし、魔物の肉も食べられるものは食べられるので、それを財貨として持っていくのが手っ取り早い──ということを知ったので、早速魔物を狩りに行こうとしたキャティアの方が正しかったのかもしれないなどと考えつつ、俺達は森の方へと向かって行った。


 森に這入ると、浅い場所ではあったがラニィブとやらと出会うことができた。言われていた通り、兎に翼が生えたような見た目をしている。口元に牙がギラついているのが少し気になるが、それが奴の武器なのだろう。


 それは俺達を見つけるや否や表情を険しいモノへと変化させ、毛を逆立てて威嚇し始めた。目は見る見るうちに真っ赤に染まっていき、もはや前が見えているのかさえ分からないほどだ。


 俺はそこでかなり警戒したのだが、キャティア曰く、対処法さえ知っていれば討伐自体は子供でもできるのだとか。


「コイツは飛び上がったが最後一直線にしか飛べないんだよ。だからこうやって刃先を向けてれば──」


 と、ラニィブは飛び上がると、前に出たキャティアめがけて勢い良く突進して行き、待ち構えるように向けられた刃先に頭から突っ込んでいった。


 脳天に刃物を突きさすと、絶命したラニィブが地面に落ちていく。何とも間抜けな死に様である。


「──こんな風に、凶暴さこそぶっ飛んでるやつだが、そんな奴ほど御しやすいってもんだ。これならお前でもやれるだろ?」


「まぁ、そうかもだけど……」


 俺はそう答えつつ、死んでもなおピクピクと動きを見せるラニィブの遺骸から目を背けた。


 流石に見ていられなかった。


「ただコイツ、今はこれしかいなかったが、群れられると面倒くせぇんだよな。今みたいな楽ができねぇから」


「あ、多方向から来られたらどうしようもないのか」


「んー、どうしようもねぇってことはねぇんだけどな。袋小路にでも連れ込んでやれば一匹ずつ処理できるし、それかそのまま逃げちまえばラニィブ同士でぶつかり合って勝手に死ぬし」


 玉突き事故のようなことが起こるのだろうか。同じ場所に向かってラニィブが突っ込んでいき、前の奴を押し潰しながら、それでも果敢に突っ込んでいく──さながら地獄である。


「……俺は一匹ずつどうにかするよ」


「そうしとけ。……んじゃ、この調子であともう何匹か仕留めていくか。捌いて焼けば結構美味ぇしな」


「そうなんだ……」


「……お前落ち込みすぎだろ。そんなんでどうやって魔王ぶっ殺すつもりでいるんだよ」


「いや、俺は単に足手まといにならないくらいの感覚で一緒に行くってだけで、実際に倒すのは俺じゃないよ。誰が止めを刺すのかは分かんないけど、俺ではないよ」


「そうかぁ? それくらいのつもりでいかなきゃそこまでたどり着けねぇと思うけどな」


「…………」


 そう言われて、俺は考えてしまった。


 一位を目指さない人間は二位にすらなれないだとか、そういう言葉を。


 俺の目標はどちらにしたってこの世界から脱出することなのだが、そのためにはまず魔王を斃さなければならないわけで、それは例え俺が一人でここに来たとしても変わっていなかったはずなのだ。出来るかどうかは別としても、魔王とやらを斃せなければ俺はこの地で死ぬことになる。


 それは嫌だ。


 だとしたら確かに、結果どうなるのかは別というのはそうとしても、俺自身の覚悟として、自分が止めを刺すくらいのつもりでなければならないというのはまさしくその通りなのだろう。


「……分かった。やるよ」


「魔王をか?」


「いや……その……まずはラニィブを……」


「……はっ、まぁいいか」


 そう言って笑うと、キャティアは「なら競争だ」と言い出した。何が「なら」なのかも、何を競争するのかもよく分からず首を傾げると、「どっちが多く狩れるかの競争に決まってんだろ」と言った。


「いや、勝てるわけなくない? 勝負にならないと思うんだけど」


「おいおい、勝つつもりでやれって今言ったばっかだろうが」


「そうだけど……でも実際本気でやられたら勝つつもりでやったところで負けは確定してるでしょ」


「そうかもな。まぁでももともとここらの魔物は全て狩り尽くす勢いじゃなきゃいけねぇんだから仕方ねぇだろ」


「…………」


「じゃあ分かった。どっちが多く狩れるかじゃなくて、お前が私にどれだけ差をつけられずに済むかの勝負に変えよう。これならまだやりようもあるだろ」


「それどうやって勝ち負け決めるの? 判断基準とかなくない?」


「細けぇなぁ! ごちゃごちゃ言うのは終わってからにしろ! もし馬鹿みてぇに差つけて負けやがったらブチ犯してやるからな!」


「ちょっ────」


 度重なる質問に嫌気がさしたのか、キャティアはそう吐き捨てて森の奥へと跳ねていった。最後にとんでもないことを言っていた気がする。


 初めから向こうを越えられるはずがないことは分かり切った上での勝負だが、俺があまりにも情けない戦績を出した暁には──と、そこまで考えて身震いがした。


 キャティアの傀儡にされてしまう。


 絶対に負けるわけにはいかなくなってしまった。


 そう思い森の奥へと慎重に足を進め始めた俺は、少し歩いて行った先で一匹のラニィブを発見。しかし、俺が向こうに気が付いたのとほぼ同じタイミングで向こうも俺に気が付いたようで、俺が刃物を構えようとするよりも先に飛び掛かってきた。


「──っ!」


 俺は咄嗟に腕からガムを伸ばしてラニィブの顔面を覆ったが、それでもなおラニィブは突進を止めない。俺はガムごとラニィブを空に上げると、凧揚げのようにバランスを取り直し、そのまま勢いよく振り降ろして地面に叩きつけた。すると、さっきまではためかせていた翼は力なく垂れさがっていき、やがて完全に動かなくなった。


「…………」


 脚が少し震えていた。


 結果として何とかはなったものの、何とかなっただけでしかない。もしもう少し判断が遅れていれば俺はそのまま喉笛を噛み切られていたかもしれないのだ。それこそ、キャティアと別行動をしているこのタイミングで。彼女がいたらどうにかなるのかという話でもあるのだが、少なくとも一人で窮地に陥るのとでは何もかもが違う。


「気抜きすぎだな……」


 俺は少し反省し、それから次へと向かって行った。


 さりとて基本的にラニィブは単体で行動しているようで、俺はそこまで苦労させられることも無かった。多少グロいなと思うことはあったが、それも何度か繰り返していくうちに慣れてきた。殺すことに慣れるというのもよくはないのだろうが、所詮こんなものは平和な国であった日本で育った人間の感覚でしかない。当然、この世界でだって殺人なんかは悪なのかもしれないが、しかし、魔物を殺すことにまで罪悪感など持ってはいられないのだろう。


 それからは早かった。やることは基本的に変わらないので、流れ作業のようにしてラニィブを次々に処理していった。たまに数匹で行動していることもあったのだが、それもガムを使って処理。


 だが、三十匹ほど処理したところで一つ、あることに気が付いた。


「……、これいつ終わるんだ?」


 キャティアには勝負だと言われたが、まさか陽が落ちるまで延々やり続けるつもりなのだろうか。


 だとしたら流石に付き合いきれないのだが、終わるころには呼びに来てくれるものだと信じ、俺はそこからさらに四十匹ほどを殺して回った。それでもなかなか来ないので、俺は一度村に戻ることにした。


 ラニィブは一か所にまとめてガムで大きく包み込むことで何とか運べるようにしたのだが、流石に重い。


 そうして森の入り口にまで戻ると、ちょうどそこにキャティアがやってきた。背中には大きな革袋を背負っており、そこからいくつものラニィブが死に顔を覗かせていた。


 キャティアは鞄から血が垂れているのを気にした様子もなく、それどころか全身が真っ赤に汚れていることさえ気にもせず、俺を見つけるとテコテコと近付いて来た。


「お、ちょうど戻ってきたか……お前のはそれか?」


「え? あ、うん。俺も籠とか持ってから行くべきだったな」


「すっかり忘れてた。まぁ運ぶ分には問題もなかったみたいだし、さっさと戻って数えるか」


「…………」


 いざと成ったら全身をガムにして一晩を明かそう。そう思いながら村に戻り、そして村の人たちの前で狩ったラニィブを数えていった。運動会の玉入れのように、一匹ずつ。


 結果として、俺が大体七十匹ほど狩ったのに対し、キャティアはその二倍弱──百二十五匹という結果になった。


 やはり届きはしなかったが、それでも半分は超えている。大体1.8倍とかそのあたりだ。


 中にはもうグチャグチャになってしまっているものもあるが、かなりの量の食料を確保できたこともあり、村としてお祭り騒ぎであった。この村は女性が多めなこともあり、ちやほやされたこと自体は満更でもなかったのだが、その女性が多いという状況が魔物を狩れるような男手が駆り出されているからなのだということを思うと物悲しくもなる。


 そんな俺の横で、キャティアが頭を搔きながら不満そうにしていた。


 彼女はまだ血塗れだ。特に何も考えずに狩りを行っていたのだろう。俺の方にばかり人が集まっていたのも恐らくはそれが原因だと思う。


「もう少し差つけれると思ったんだけどな……」


「じゃあこれで問題なし?」


「……まぁ、勝負はそれでいいってことにしておいてやるよ。けど、別の問題が出てきやがった」


「別の問題?」


「あぁ。流石に多すぎだ。確かにラニィブは短期間でポンポン増えるような魔物だが、それでもこの数は多すぎるんだよ。それにこれでも一部だと考えると……何かあった瞬間この村は終わる」


「……え?」


「ラニィブは無尽の魔物ともいわれるような奴でな、基本的に狩り尽くせないんだよ。実際に見つかって狩られるのは本来そこにいるラニィブのたった二割。つまりはこの四倍のラニィブがまだあの森にいることになる。それが何かを皮切りにしてこの村に大挙してもみろ──地獄と化すぞ」


「そんなことある?」


 この四倍がいるということは、あの森にはもともと千匹近くのラニィブがいたことになる。


 それも、そこそこ広いがそこまで広くはない森の中に、だ。


 何を食べて生きているのかは知らないが、食料を求めて森の外を目指すのだって時間の問題だろう。


「この村に来て、残っているものを粗方食い尽くして、それで足りるわけもない。もういっそこんな村棄てて別の所に行けといった方がまだマシだろうに」


「そうはしない……と」


「ま、でけぇ街に売られるような作物を作ってんのはこういう場所でもあるからな。畑ごと村を捨てた連中を街で受け入れるわけにもいかねぇんだろ」


 必要なのは人ではなく、その人たちの仕事──ということだろう。


「ま、だから気に食わねぇんだよ。民の為とか抜かすなら取り敢えず人間だけでも保護すりゃいいのにそれもしてねぇ。それでよくもまぁあんな事言えたもんだ」


「…………」


 あの時は何も考えず気性の荒さを剥き出しにしたものとばかり思っていたが、アレはアレで色々考えた結果だったのかもしれない。そんなに正義感の強い人間だとも思ってはいないので、人のために怒ったというよりは、単にそこら辺の矛盾と言うか、都合のよさに腹を立てただけの事だとは思うのだけれど。


 まぁしかし、それでも決定的だったのが行儀の悪さへの指摘だったあたり、キャティアを擁護することもできないのだが。


 実際、受け入れるにしたってどこか一つの村だけを受け入れるというわけにもいかず、だとすれば全てを受け入れるつもりでなくてはならないわけだが、そうなると流石に厳しいのだろうし、それを思えばそういう悪平等的な判断を下すのも決して間違いとは言い切れないのだ。受け入れないという判断を下した上で別の手を探している以上、その言葉が必ずしも噓だとも言えないし。


「……ま、どうなっても関係ないんだけどな。どうせすぐ移動すんだし」


 そう言ってキャティアは身体に付着した血を落としに向かった。

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