第21話 貴族との対面

 翌朝。


 暑苦しさを覚えて起き上がると、纏わりついていたキャティアを払い除け、俺はベッドから去った。


 昨晩は何もなかった。昨晩も何もなかった。何も問題はない。


 それからキャティアを起こして服を着替えると、食堂に向かって朝食を摂り、伝言の相手を待つため、それまでの間は部屋を借りたままにし、俺はそこでゆったりとしていた。そしてまだかまだかと待つこと数時間、そろそろ昼でも食べに行こうかと立ち上がったそのタイミングでその遣いは現れた。


 真っ黒な服に身を包んだ何とも怪しげな男だったが、見た目の物騒さとは裏腹に、なんとも物静かであった。短く一言「案内します」とだけ告げると、ついて来いといった風に宿を出て行った。


 その後を少しだけ距離を開けて付いて行くと、何度か路地を曲がっていき、やがて屋敷の立ち並ぶヒルズのような場所に這入ると、その中でもひときわ大きな屋敷の前まで案内された。キャティアの言ったとおり、俺達を呼び出したのはそれなりの大物らしい。


「こういう屋敷を見ると疼くんだよなぁ……」


「はぁ……」


「ま、お前には分からねぇか」


「分からなくていいからそんなもん」


 大きな鉄の門扉が開かれると、若緑の絨毯が敷かれた広い庭が目に入る。


 辺りを見回しながら歩みを進めていき、これまた大きな木製の扉が開かれるのを待ち──なんやかんやあって応接間のような部屋に通されると、しばらく待つように指示をされたので、俺はキャティアに倣い、テーブルの上に置かれてたお茶請けを腹ごしらえがてらに貪った。


 糖分補給は大事だ。紅茶でもないハーブティーでもない、でもそれなりには飲めるお茶で喉を潤しながら、目的の人物がやってくるまでの時間を潰すことにした。


「にしても、呼び出しの主はここか」


 行儀の悪さを披露しながら、キャティアは呟いた。目線の先には何かのマークか紋様のようなものが。アレは鷲だろうか。


「知ってるの?」


「まぁな。ネーバル子爵って、この街の領主だ──領主直々に会いたいってのが、これまた厄介だが」


「ちゃんと名前とかも把握してるんだ」


「盗賊みたいなのは情報に生きて情報に殺されてるのが殆どだからな」


「と言うと?」


「情報収集をどれだけ徹底するかが、そいつの生き死にを決めるんだよ。まぁ、別に私らに限った話でもないが、少なくとも私は徹底してたな。しょうもねぇ理由で死んだり捕まったりしたくねぇし」


「情報収集……」


 しばらくして扉が開かれると、部屋に入ってきたのは赤毛をオールバックにした壮年の男。妙に豪華な服を着た彼は数人の騎士を引き連れ、口ひげを指で整えながら、俺達の目の前の席に着いた。


 彼は無言で俺たちの顔を交互に見ると、ややあってから名乗った。


「失礼、名乗りが遅れた──我が名はシュデルグ。シュデルグ=フォン=ネーバルという。此度はすまないな、突然呼び出したりして」


 彼は名乗ると、公式の場ではないから肩の力は抜いてくれていいと、そう言った。それは多分とかではなく確実に俺に向けて放たれた言葉だったのだろう。キャティアは言われるまでもなく椅子の上に足を乗っけていたし、礼儀どころか行儀もなっていないのだから、そこまでとはいかずともある程度楽にしてくれていいというのは、やはり俺に向けての言葉だと思う。


「で? わざわざ呼び出して何しようってんだ? まさかただ会ってみたかっただけなんてわけないんだろ?」


 キャティアは相手が誰であれ普段の調子を崩すことはないらしく、ネーバル子爵に対して眼を付けながら尋ねた。後ろに控えていた騎士の1人が何かを言おうと動こうとして、ネーバル子爵に制されていた。


「──あぁ、今この街は少し厄介なことになっていてな。その件に関して助力を願いたいのだよ」


「あぁ? 助力だ?」


「そうだ。本来であれば三人の英雄にご助力願うつもりだったが、どうやら既に別の街へと向かってしまっているらしくてな。そんな折、彼らとよく似た特徴を持つ人間がこの街に入ってきたことを知って、あの伝言を残していったのだよ」


 彼の目的はやはり俺だったらしい。まぁ、目立つと言われればそれもそうなのだろうし、話の中にある三人が剣信さん達の事だったのだとすると、そんな彼らと同じ特徴を持つ俺というのは、見逃すわけにもいかないのだろう。


「はぁ。それでこいつを代わりに使おうってか」


「そういうことになる──当然、タダで扱き使おうというのではないがね」


 ネーバル子爵はそう言って俺を見た。その表情は険しいものであった。


「…………」


「……で? その内容ってのは何だ? 引き受けるかどうかは別にしても、その内容くらいはとっとと明かしてもらわねぇと」


「それがな──」


 曰く、魔物の氾濫がこの街のみならず、その周辺の小さな村などにも無視できないレベルの被害をもたらしているのだとか。そしてその影響により、本来馬車が通る経路が危険な状態と化したことで馬車が止まっているらしい。人の移動ができないばかりか、他の街との交易にも支障が出始めているのだとか。


 魔物の氾濫というのはよく分からなかったが、話を聞いて解釈するに、恐らくは山に住んでいた熊が人里に群れを成して降りて来た──という解釈をすればいいのだろう。もしかしなくても大問題である。


 俺達としての問題は馬車が動かない事のみに尽きるのだが、街としてはそれを放置することもできないのだろう、その解決を剣信さんらに頼もうと考えていて、しかし彼らが来ないのではどうしようもないと意気消沈していたと。俺はまたも良くないタイミングでよくない場所に通りがかってしまったらしい。


「──というわけだよ」


「事情は分かったが、そもそもそんなの、私兵使うなり、そこらの冒険者ゴロツキ共に徴集掛けるなりすりゃいいんじゃねぇのか? わざわざ外から来た奴に頼むことかよ」


「いや、勿論それもしている──が、明らかに人手が足りていないのだよ。まず大元の原因が不明な状態でね、その原因を探しながら魔物の駆除を進めるとなるととてもじゃないが──いや、とても足りていない。だから、彼らにも助力を願うつもりでいたと言ったのは何も任せきりにするという話ではなく、その調査と壊滅のための大きな手札としてだ。そしてそんな彼らとよく似た貴殿に声を掛けたのも、そういうことだ」


「今調査をしたり魔物を討伐をしたりしている人達に加われ──と?」


「あぁ、そうだ」


「おいおい、こっちは何もこの街に移り住んできたわけじゃねぇんだ、んなことしてる時間も理由もねぇよ。時間掛けてでも別の街行ったほうがずっと早いだろうが」


「そうだろうな。どうやら街中でかの三人についての情報収集をしていたようだし、おおよその目的には見当も付いている」


「じゃあその別の街に行ったそいつらが違う場所に行っちまう前にここを出なきゃならねぇのも理解した上で足止めしようとしてんのか? あ? ふざけてんのか?」


「ふざけていられる状況の方がこちらとしても良かったし、そういう日常を一刻も早く取り戻さなければならない事態だ。民の為にも手を貸して欲しいのだよ」


「はっ、民の為ねぇ……?」


 キャティアは一笑に付すと、再び菓子に手を伸ばした。


 貴族の言う「民の為」という言葉を真に受けるつもりはないと、騎士達からの殺意のこもった視線を受けながらも、あくまで自分を貫いていた。


「おい、とっとと断っとけ。これなら時間かけてでも歩いたほうが早いぜ」


 こちらに首を向けると、焼き菓子を口に突っ込みながら言う。


 そんなキャティアにネーバル子爵は視線を向けると、


「……すまないがね、私は一応彼に話をしているのだよ。それを横から出しゃばってあれこれ決められては困るな」


 流石に不快感も隠さずに言った。


「あぁ?」


「どういう関係かなど知らないがね、礼儀も行儀もないのならせめて黙っていたらどうなんだ?」


 それは一応味方であるはずの俺からしても擁護しきれない程にはご尤もだったのだが、そういう正論はこの手の人間に対しては正論にさえならないのだ。正論は人を傷つけるとは言うが、この場合は明確に敵対の意志として受け取ったらしいキャティアは、気が付けば両手に合計二十本以上もの刃物を構えて立ち上がっていた。


「おい、もういっそこいつら全員叩き潰そうぜ。私はこういう上から偉そうにするだけの奴が許せねぇんだよ」


 騎士達も一斉に動き出し、キャティアに向けて剣を向けた。一触即発である。


「魔物殺すよりこいつら殺して押し通った方が早そうだしな。この街ごと滅ぼせばいくら魔物の氾濫が起ころうが困る人間はいないんだからそれもありだろ?」


 多種多様な刃物をカチャカチャと鳴らしては今にでも皆殺しにしてしまいかねない気迫を見せた。ここまで啖呵を切ってまさか彼らに負けるつもりもないのだろう、そうなれば大変なことになる。彼らは貴族に雇われているか飼われているかする騎士なのだ。それを害したともなれば恐らくは重罪だろう。


 いや、キャティアの言うようにこの街ごと葬り去ればそんな罪もなかったことにはなるのかもしれないが、現実的に考えてそれは出来ないし、するわけにもいかない。勝てる勝てないの話ではなくだ。


 なので俺は収めさせようと席を立ったのだが、その時、初めの方にもキャティアの態度に文句を言おうとしていた騎士が動いた。


「貴様っ、何ということを……! 抑えろ!」


「はっ、テメェら全員公衆の面前で玩具にしてやるから覚悟しとけや」


 完全に殺る気になったのか、キャティアは姿勢を低く構えて舌なめずりをした。俺はその間に入り込むわけにもいかず、代わりに声を張り上げた。


「──っ、ちょ、ちょっと! ちょっと待った! 分かった、やります! 魔物退治の手伝いやりますからっ!」


 だから剣を納めてくれ──と、だからの意味はよくわからなかったが、そこで発生しかけていた戦闘を回避することには成功した。


 それから居た堪れない空気の中、ネーバル子爵から向かって欲しいという場所までの道が記された地図を貰うと、俺達は屋敷を後にした。前金としていくらか貰えたのはいいのだが、額が額なのでこれだけ貰えたらそれで十分と去ってしまう人もいるのではないのだろうか。


「まぁ、いるにはいるぜ。だが、貴族相手にそれをすると、それこそ別の国にまで逃げる覚悟じゃねぇとだから、それほど多くもねぇだろ。そういう奴の情報は伝達も早いしな」


 と、不機嫌そうにキャティアが答えた。


 彼女は折角の楽しみを奪われたと、あれからしばらくはずっとこの感じであった。しかし一応あのまま騎士を手にかけていたら大惨事になっていたことは自覚もしていたようで、これまた不機嫌そうにではあったが、小さく礼を言われた。


「いるんだ」


「まぁな。けど、本当に受けさせたい依頼がある時は前金用意すんのが常識だぜ。前金も払えねぇとなると、達成報酬も理由付けて渋られるんじゃねぇかって思われるからな」


「なるほど」


「ま、向こうも街が掛かってんだ、半端な真似はしねぇんだろうが……受けてよかったのか? それこそ距離放されるぞ」


「誰の所為だと……! ……いやまぁ、向こうは俺の目的とか知ってたみたいだしさ、もしかしたら協力も取り付けられるかなって」


「その三人を追いかけるためのか?」


「そう」


 金銭的な不安はそれなりに解消されてきている。なので取り付けるとしたら他の部分になるのだろうが、もし可能ならここから先にある全ての街に俺のことを連絡してもらい、剣信さん達を足止めしてもらいたい。


 この世界に電話はないが、しかしスキルがあるのだから、もしかしたらそういうことも可能かもしれない。出来なければ適当に生活に困らないだけの金銭を貰って出て行くことにするが、予定は未定だ。


 流石に今から移動するわけにはいかないと、その日はそのまま宿に戻って休み、そして次の日の朝、俺達は指示されていた場所へと向かったのだった。

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