第10話 再会

 デリバーイーツで配達をする傍ら、先日の謎の妖刀使いのことが頭をよぎっていた。


 水を操る妖刀。


 異世界には似たような魔道具やら聖剣はあったが、そんなものがこの世界にあるとは思わなかった。


 あの後、敵の技を消滅させたものの、妖刀使いの少年は逃がしてしまい、結局ピザ代は俺が補填することになってしまった。


(あのクソガキ……今度会ったら、タダじゃおかないぞ……)


 決意を新たにする俺に、ディアスが呆れた様子でため息をついた。


『器が小さいな。……お前、本当に勇者か?』


 うるさい。

 

 ディアスの茶々はさておき、デリバーイーツの配達に戻る。


 デリバーイーツでは、気に入った配達員に対し指名を行うことができる、いわゆる“指名制”が導入されている。


 指名された側はフリーの時より配達料が高く貰え、客側はお気に入りの配達員に配達してもらうことができる、win-winな制度だ。


 とはいえ、これらはほとんどの場合は美男美女が指名されるか、配達の早い人が指名されるかで、俺には縁のない話だ。


 少なくとも、そう思っていた。――昨日までは。


 ふと、注文を確認していると、見慣れない通知が来ていた。


 開いてみると、『クソ勇者様にご指名が入っております』との表示が出てきた。


「…………」


『おい、なにをニヤニヤしている、気持ち悪い』


 そんなことを言われても、嬉しいとニヤニヤしてしまうんだからしょうがない。


 俺を指名してくれたのはどんな人なのだろう。まあ、俺を指名するくらいだから、見る目があって素晴らしい人格の持ち主なのは間違いないだろうが。


『間違いしかないだろ』


 俺を指名してくれた以上、向こうの期待に応えるべく、全力を尽くすのが礼儀というものだ。


 さっそくお店で注文の商品を受け取ると、目的地のマンションに駆け出す。


 やがて、目的のマンションに到着すると、身なりを整え、何度も表札を確認する。


 霧咲きりさきしずく


 ……間違いない。今回の届け先だ。


 インターホンを押すと、ガチャリとドアが開けられた。


「こんちゃー。デリバーイーツで――!?」


「また会ったね、お兄さん」


 そこには先日戦った妖刀使いの少年――霧咲滴の姿があった。


「お前……なんでここに……」


「あー、今日は大丈夫だよ。ちゃんとボクが注文したから」


 俺から袋を奪うと、ごそごそと中身を漁る。


「ていうか、この部屋……」


「ん? ああ……」


 霧咲の背後。真新しい広々としたリビングには、デザイナーズ家具が並べられ、特大のパキラが生活に彩を与えていた。贅沢な部屋の使い方もさることながら、この部屋をコーディネートする持ち主のセンスの良さが伺える。


「一人暮らししたいって言ったら、パパがくれたんだ」


 霧咲が得意げに言う。


「ほら、これでも一人っ子だから大切にされてるんだよね」


「へぇ~」


 うちは妹もいるので一人っ子の気持ちはわからないが、一人っ子というのはそういうものらしい。


 ……そういうものなのか?


 とにかく、仕事をこなさなくては。


 俺はリュックから商品を出すと、霧咲の前に出した。


「ほら、ご注文のハンバーガー」


「ねえねえ、それよりお兄さん名前は? なんでこんなことしてるの? 普段何やってる人?」


 霧咲が目を輝かせながら笑顔で質問責めにしてくる。


 異世界で勇者をやっていた頃は子供たちの笑顔を守るために戦っていたのだが、なぜだろう。目の前の笑顔を守ろうという気持ちが微塵も湧き起らないのは。


『汚れたな……』


 うるさい。


「……あ、ちょっと待って」


 霧咲は二つあるハンバーガーを分解すると、素手で片方にピクルスと刻んだ玉ねぎをよけていく。……どうでもいいけど素手でやるな。汚い。


「はい。お兄さんも食べていいよ」


「んぐっ」


 無理やり口に押し込まれると、吐き出すわけにもいかずモグモグと咀嚼する。……いつもより薬味の味が濃い。


「どう? どう? おいしい?」


「……ピクルスの味がする」


「あははっ!」


 なにがおかしいのか、霧咲が楽しそうに笑う。


 ……なにわろてんねん。


 吐き出す気になれず、薬味マシマシピクルス味のハンバーガーを急いで腹に流し込むと、俺は気になっていたことを尋ねた。


「なあ」


「ん?」


「お前が持っていた、その……妖刀ってなんなんだ?」


「あぁ……」


 霧咲はハンバーガーを咥えながらとててと走ると、乱雑にソファに投げられていたそれを手に取った。


「これのこと?」


「そう、それのこと」


 霧咲が「うーん」と少し考え、


「ボクも詳しくは知らないんだけどね。なんでも、1000年前のなんとかっていう刀鍛冶が作った12本の刀のことで、物凄い力を持ってるらしいよ。これ1本で国を傾けられるぐらいの力があるんだとか……!」


 最高のおもちゃを手に入れた子供のような顔で、霧咲が鞘に入った時雨を振り回す。……普通に危ない。国を傾けるようなものを気軽に振り回すな。 


「っていうか、お兄さん手から剣出してたよね? あれなに!? 妖刀!? なんで時雨と同じ力もってんの!?」


 霧咲が前のめりになって質問責めにしてくる。


 正直、俺が異世界で勇者をしていたことは話したくない。余計な面倒ごとに巻き込まれたくないし、俺には魔王と聖剣がある。


 どうにか魂だけとなった魔王を封印し、聖剣を異世界に返さなくては、俺の勇者としての役目は終わったとは言えない。


 それに、なんとなくだが、こっちで面倒に巻き込まれたら、聖剣を異世界に返すという目標から遠ざかってしまう気がするからだ。


「うーん……」


 考えた末、俺は適当に誤魔化すことにした。


「この剣はとある人から借りた物で……俺もよくわからないんだ」


「ふーん」


 案の定、霧咲がジト目でこちらを睨んできた。


 嘘は言ってない。


 聖剣は異世界で巫女から借りたものだし、俺自身、聖剣の来歴やら詳細を細かく知っているわけではない。


『聖剣テンタクルス……忌々しい剣よな。いにしえの鍛冶職人、ディエゴ・クローディアの作りし、世に二つとない至高の剣にして、ディエゴ・クローディアの最高傑作。後世、多くの鍛冶職人や魔道具職人がテンタクルスを目指し、模倣しようとしたが、ついぞ叶わなかったシロモノだ。

……もっとも、魔王たる余にしてみれば“最悪傑作”だがな』


 ……まあ、俺よりも魔王コイツの方が詳しそうだが。


「ていうか、にわかあめを打ち消すなんて、普通の剣じゃないでしょ。なにで動いてるの? 妖力?」


「いや、これは魔力」


「……魔力?」


  なにを言っているのかわからないといった様子で霧咲が眉をひそめた。


「えっと……つまり、妖力ってこと?」


 いや、魔力だって言ってんだろ。


 ……いや、向こうの世界での魔力が、こちらの世界での妖力に相当するのか? 呼び方の問題? ワンピで言うところの、見分色の覇気と心綱マントラみたいな関係性なのか?


『なにを言っている。どう考えても別物ではないか。少なくとも、余は向こうで感じたことのない、未知の力を感じたぞ』


 なるほど。魔王であるこいつがそう言うのであれば、魔力と妖力は別物なのだろう。


 ともあれ、妖刀についてはだいたいわかった。


 露骨に説明を求める顔をする霧咲を無視して、俺はリュックを背負った。


「あれ!? もう行っちゃうの?」


「こっちも仕事があるんだよ。お前に構ってる暇はないの」


「え~、ボクつまんない」


 霧咲がぶー垂れる。


『はっ! すっかり懐かれたな』


(こんなガキに懐かれても嬉しくない……)


 可愛い女の子ならまだしも、こんな少年キッズの心を掴んだとて、どうしろというのか。


『……ん? なんだ。お前、気づいていないのか?』


(? 何が?)


『雨が降った時にやつの身体のラインが……いや、なんでもない。……フフフ。このバカのこと。最悪なタイミングで知った方が面白かろう……』


 ぼそぼそとなにやら不穏なことを口走るディアス。


 ……やっぱりコイツ、性格悪い。


「じゃあさじゃあさ、またお兄さん指名して注文してもいい?」


「まあ、それくらいなら……」


「ホント!? ホントのホント!? いいんだよね? また呼んじゃうよ!?」


「勝手にしろ」


「やった」


 霧咲が小さくガッツポーズをする。


「じゃあ、ボクが呼んだら必ず来るんだよ。約束だよ!」


「はいはい」


「またね~」


 その後、俺はすぐに軽率な約束をしてしまったことを後悔した。


 霧咲から何度も注文が来ては、そのたびにハンバーガーを押し付けられ、この日の仕事の9割は霧咲によるものになるのだった。


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