第4話 転校生、九鳳雪凪

 朝。いつものように教室に入ると、クラスは軽く騒ぎになっていた。


 もちろん、俺が勇者であることがバレたわけでも、聖剣でトラックを斬ったことがバレたわけでもない。


 話題の中心。それは――


「なあ、聞いたか? 転校生が来るって話」


「まじで!? 女子かな、それとも女?」


「バカ。同じだろ」


「転校生……」


 クラスメイトたちの会話を横目に、西園寺が忌々し気に呟いている。


 まあ転校生が女だろうが女子だろうが俺の知ったことじゃない。


 それより――


『転校生、か……。マンガでは変わったやつが来ることが多いな。宇宙人か、未来人か、はたまた……』


 魔王コイツである。


『……この学校ではどんな者が来るのか。……フフっ、この世界は面白いな。余を楽しませることに余念がない』


(おい、ディアス)


『マサムネか、ちょうどいい。……余のためにどのような転校生が来るのか調べてこい』


(ディアス、お前、昨日アニメを観ていただろ)


『アニメ? ……ああ、あの動くマンガのことか。……観ていたから、なんだというんだ?』


(俺のスマホで観ていたよな?)


『……ああ、スマホ、というんだったかな、あの魔道具は。あれも面白い。あれほどの薄い板に無限の知識が収納されている。……さながら、“掌の図書館”といったところか』


 なにが掌の図書館だ。


(お前、わざわざWi-Fi切ってアニメ観てたよな!?)


『わいふぁ……待て。なんだそれは』


 マンガ、アニメ、転校生は知っているくせに、Wi-Fiは知らないのか。

 コイツの知識、だいぶ偏ってるな。


(スマホに電波を送る装置だよ)


『待て……待て待て。では、でんぱ、とやらで動いているのか? あのスマホという魔道具は!』


(そうじゃないけど……まあ似たようなもんだよ)


 俺の適当な説明に驚いたのか、左手の中で聖剣がわなわなと震える。


『フフフ……フッフッフ……! あまり余の知的好奇心をくすぐるな。魔力ではない、未知のエネルギーがあるだと!? ……つくづく余を楽しませてくれるな、この世界は!』


 別に電波は未知のエネルギーでもなんでもないんだが……まあ、そんなことはどうでもいい。


(お前、当分スマホ禁止な)


『…………余の聞き間違えかな? いま、「スマホを使ってはならぬ」と言った気がしたのだが?』


(そうだよ。そう言ったんだよ)


『ありえん……あれだけの知の宝庫を手放せなどと……貴様、それでも人間か!?』


 自分のスマホを使わせないと言っただけで、えらい言われようだ。


 ていうか、どんだけスマホにハマってるんだよ、この魔王スマホ依存症患者は。


(あのなぁ! お前がWi-Fi切って一晩中アニメ観てたせいで、今月のギガがやばいんだよ!)


『……ぎが?』


(一言で言うと、お前のせいで外でスマホが重くなってんの!)


『? 質量が増した、ということか?』


 ディアスが素っ頓狂なことを言う。


 あー、まったく……Wi-Fiの説明をするにはスマホの説明をしなくてはならず、事態の深刻さを教えるためには、ギガやらスマホの料金の仕組みやらまで説明しなくてはならない。


 ……って、なんで俺が異世界の魔王にスマホの料金プランの説明までやらなくちゃならないんだよ。


(……とにかく、お前は当分スマホ禁止な)


『おい! 余が誰かわかっての狼藉か!』


 知ってるよ。魔王スマホ中毒者だろ?


 ディアスの抗議を聞き流し、教壇に視界を移すと、何やら見慣れない生徒が立っていた。


「えー、お前たちに転校生を紹介する」


九鳳くほう雪凪せつなだ。よろしく」


 長い黒髪に、凛とした顔立ち。いいとこの武家の令嬢のような、そんな雰囲気を漂わせている。


 クラスメイトたちの視線を一心に浴びて臆するどころか、逆にキョロキョロと大きな目でクラスメイト達を眺めている。


 ……転校生で緊張してるのかと思ったが、そうでもないらしい。


 転校生を値踏みするクラスメイトたちを、逆に値踏みし返しているといったところか。


『ほう……あれが転校生、とやらか……』


 いつの間にか癇癪が収まったのか、ディアスが口を挟む。


『ふむ……冒険者どもが言うところの、Bランク、といったところか』


 どうでもいいけど、初対面の人間に点数つけて格付けするの、すっごく失礼だからな?

 いきなり「お前の顔40点」、って言ってるようなもんだからな?

 いや、初対面じゃなくても失礼か、それは。


「九鳳の席は……柊の隣が空いてるな。そこで」


 担任の先生が俺の隣の席を指さす。


 転校生――九鳳雪凪が一直線にすたすたと歩いてくると、俺の隣の席に腰を降ろす。


「よろしく、柊くん」


「ああ。こちらこそよろしく」


 九鳳に差し出された手を握り握手を交わす。


 ……というか、握力強いな、この子。


『Bランク、と言ったであろう。……Dランクにも満たぬ有象無象が多いこの世界で、Bランクの者など初めて見たわ。……この女、相当な実力者だぞ』


 あっそ。


 ディアスの言うBランク相当がどれほど正確かわからないが、Sランクの勇者に比べれば、Bランクはそこまで珍しくもない。


 どこの町に行っても10人程度はいるってレベルだ。


 これがAとかSになってくれば話は変わってくるのだが。


「少し強く握ったというのに、反応がない……。単に鈍いのか、それとも……」


 九鳳がなにやらぼそぼそと呟くと、ポケットからスマホを取り出した。


「この動画を見たことはあるか?」


 差し出されたスマホの画面を覗き込むと、そこには俺が聖剣でトラックをバラバラにするところが映っていた。


「……………………」


「なんでもいいんだ。この動画について、知ってることがあれば教えてほしい」


 九鳳がぐいっと顔を近づけてくる。その様子は真剣そのもので、どこか必死ささえ感じる。


 ただの興味本位などではない。


 きっと、何かただならぬ理由があるのだろう。


 それこそ、トラックの持ち主が弁償させるために俺のことを探しているとか、そういった理由が――


「…………………………………………し、知らないなぁ」


「……そうか」


 九鳳がしょんぼりとした様子で自分の席に引き下がる。


「おい」


 ふと、九鳳の頭上から野太い声がした。


「授業中にスマホを見てるとは、いい度胸だな」


「せ、先生……」


 先生に睨まれ、九鳳がしゅんと小さくなる。


「……すみません」


「こいつは没収する」


「ああっ……」


 問答無用でスマホを奪われ、情けない声を出す九鳳。


 こうして、転校初日にスマホを没収される九鳳雪凪を眺め、俺は心の中で合掌するのだった。

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