閑話 ⑤ 猫の眼が見る真実 - サファイアの警告


 機械兵士の無慈悲な侵攻は、東京の街並みを瞬く間に瓦礫と炎の風景へと変貌させた。


 人々は悲鳴を上げ、逃げ惑い、かつての賑わいは見る影もない。


 そんな騒乱の中、新宿の裏路地に面した古びた本屋の軒下を住処とする黒猫サファイアは、その琥珀色の瞳で街の異変を静かに観察していた。


 普段、人間たちのことを「愚かで騒がしい生き物」と内心で嘲笑あざわっているサファイアだったが、今回の異変は、いつもの騒動とは明らかに質が異なっていた。


 街を闊歩かっぽする金属の兵士たちがまとう、禍々しいまでの異質なエネルギー。


 それは、彼女のような上位のあやかし、猫又の中でも特に強力な力を持つ猫魈ねこしょうにしか感知できない、この世界とは異なる次元の歪みが生み出す不気味な波動だった。


「チッ、なあにアレ……気色の悪い連中だね」


 サファイアは低い唸り声を上げ、鋭い爪を剥き出しにした。

 彼女の本能が、この機械兵士たちがただの機械ではない、危険な存在であることを告げていた。


 そんな中、サファイアは焼け落ちたデパートの前で、必死に人々を助けようと奔走する一人の人間を目撃した。


 それは、以前にも何度か見かけたことのある、血気盛んな刑事、大江戸嵐だった。


 猪突猛進で無鉄砲な男だとサファイアは思っていたが、今日のこの危機において、彼は恐怖に臆することなく、傷ついた人々を背負い、安全な場所へと誘導していた。


 その必死な姿に、サファイアは内心で少しだけ彼のことを認め始めた。


 その夜、サファイアは奇妙な夢を見た。


 それは、遥か遠い昔の記憶。まだ人間と妖が共存し、共に生きていた古の時代。


 強大な力を持つ猫又たちが、異界から現れた侵略者と戦う壮絶な光景だった。


 夢の中で、彼女は自分がその猫又の中でも、 特異な力を持つ猫魈と呼ばれる存在だったことを、断片的に思い出した。


 強大な妖力、未来を見通す力、そして何よりも、この世界を守りたいという強い意志。

 その記憶の片鱗が、サファイアの胸に静かに蘇ってきた。


 翌日、サファイアは壊れた街の中で、途方に暮れている二人の若い人間と遭遇した。


 一人は、どこかおっとりとした雰囲気の女性、潮来恵利凛。

 もう一人は、優しそうな笑顔の女性、大江戸パラスだった。二人は、幼稚園のような場所から避難してきたらしく、顔には疲労の色が濃く浮かんでいた。


 サファイアは、二人が自分と同じように周囲の異質なエネルギーの流れを感じ取っていることに気づいた。


 彼女らの瞳には、混乱と不安の色が深く刻まれていたが、同時に、何かを思い出そうとするような、戸惑いの光も宿っていた。


 警戒しながらも、サファイアは二人に近づき、テレパシーで語りかけた。


「アンタたち……もしかして、何か感じてるんじゃないの ?」


 突然、頭の中に響いた猫の声に、恵利凛とパラスは驚いて辺りを見回した。


 黒猫が自分たちを見詰めていたことに気が付いた。


「き、君が……今、話しかけてきたの ?」恵利凛が恐る恐る尋ねた。


 サファイアは、気だるそうな声で答えた。


「そうだ。アンタたちが感じている、この気色の悪い気配のことだ」


 驚愕する二人を前に、サファイアは自分が猫又の上位種である猫魈であること、そしてこの異変が未来から来たという異質な存在による侵略である可能性が高いことを簡潔に説明した。


 最初は半信半疑だった二人だが、サファイアが語る異質なエネルギーの性質や機械兵士たちの人間には理解できない動きが、自分たちが感じていた違和感と一致することに気づき始めた。


 恵利凛は、幼稚園で起こった機械の誤作動や、突然頭の中に流れ込んできた温かい光と見知らぬ風景の記憶について語った。


 パラスもまた、園のプールで見た奇妙な水の揺れや、夢の中で聞いた優しい女神の声について話した。


 サファイアは二人の話を聞き終えると、小さくため息をついた。


「フン、どうやらアンタたちも、眠っていた力を少しずつ思い出しているようだね 」


 そして最後に、いつもの皮肉な口調で二人に忠告した。


「ボクは人間なんて好きじゃない。

 特に弱くて騒がしいアンタたちはな。

 だけど……この世界が、こんな鉄屑どもに好き勝手されるのは、もっと気に入らない !

 アンタたちの中に眠る力を使えば、もしかしたら何かできるかもしれない。せいぜい、無駄死にしないでよね 」


 そう言い残して、サファイアはひらりと瓦礫の山を飛び越え、夜の闇の中へと姿を消した。

 残された恵利凛とパラスの心には、サファイアの言葉が重く響いていた。


 猫の眼が見抜いた真実は、彼女らの中に眠る新たな力を呼び覚まし、絶望的な状況に、微かな希望の光を灯し始めていた。


 まだ小さな、しかし確かに存在する抵抗の意志が今、静かに芽生えようとしていたのだ。


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