第47話 帰宅

「私、そろそろ帰ろうと思いますの」


 戦が終わって停戦協定が再度結ばれて平和が戻りつつある日の朝、マリアは唐突にそう話した。


「急ね、平和になったのだからもう少しゆっくりしていけばいいのに」


「そうだぞマリア、久々に家族揃ったんだしもう少し——」


「お父様、お兄様が聞いたら泣くわよ?」


 エンリエット元伯爵の言葉を遮ってセニカが苦笑しながら言った。


 アーサーは副団長としてエンリエット元伯爵不在の砦を守っているのである。


 エンリエット元伯爵が「冗談だ」と言って笑う中、マリアは家族の温かさを感じて微笑みながら自分の意思を口にする。


「イザベルさんに早く会いたいのですわ! 心配してくださっているはずですから」


 マリアはそう言って、イザベルを思い浮かべながら窓から遠くの空を見た。


「そうね、マリアの今の居場所は王都だものね。マリア、ペルカに言伝ことづてを頼んでいい?」


「はい、分かりました」


 ロゼニアは戦が終わったら呼ぶと待たせている弟子への伝言をマリアに頼んだ。


「それじゃあ馬車の用意をしましょうか、マリアは早く行きたいみたいだし」


 拗ねているのか少しぶっきらぼうに話しながらセニカが立ち上がると、マリアがそれを否定する。


「お姉様、馬車は要りませんわ。まっすぐ走った方が早く着きますもの」


「あなたらしいけど、帰り道くらいゆっくり行ったら?」


「でも……早くイザベルさんに会いたいのですわ!」


 そう言ってとびきりの笑顔を見せるマリアに、周りの家族は苦笑しながらも頷いたのであった。


 ◇◆


 マリアが出発の準備をしてメイスを腰に装備していると、ドアがノックされた。


「はい?」


「もう準備はできてる? マリアにね、面会を求めてる人がいるけどどうする?」


 出発の間際、ロゼニアが持ってきた要件にマリアは首を傾げる。

 面会を希望している人物の名前を聞いて、マリアは面会する事を了承した。


 砦にある捕虜の面会室で、鉄格子越しにマリアはその人物は向かい合って座った。


「お待たせしました、ヴィオラさん」


 マリアに面会を求めたのは捕虜となったヴィオラ・ポルニッカであった。


 ヴィオラは王都にいた時の自信に満ちた雰囲気などなく、くすんだ瞳でマリアを見つめる。


「ねえ、あなたは今幸せ?」


 ヴィオラが絞り出した言葉はそんな言葉であった。


「はい! 幸せですわ!」


 そう言って笑うマリアの笑顔にヴィオラは顔を顰める。


「どうして? 貴族で無くなり、戦場に出て、未来の見えない平民の生活が幸せなの? どうして、どうしてあなたは……」


「そんなに眩しいの」と羨む言葉をヴィオラは噛み殺した。そして、ポツリポツリと思いを独白する。


「私は、あなたのような宝石になりたかった。それが、お父様に言われてきた事だったから。あなたが居なくなって、国母になるようにハインツ様の妻に選ばれた時、ようやく私も輝けるのだと思った。でも、私はただ汚れただけ。あなたのようにはなれなかった」


「それは、本当にヴィオラさんの願いでしたか?」


 ヴィオラの肩がビクリと震えた。


「今の私が尚輝いて見えるのなら、それは私がただのマリアだからですわ。敷かれた道を歩くのではなく、自分で道を歩く。派閥の繋がりではなく、信頼できる友人を見つける事ができるのですわ」


 マリアの言葉についにヴィオラは顔を背けてしまった。


「次にお会いするときにはただのヴィオラさんが笑っている事を願っていますわ」


 マリアはそう言って席を立つと、面会室から出ていった。


「次なんて……」


 1人になったヴィオラは何かを言いかけたが、苦しそうに顔を歪めた後、それを飲み込んだのであった。


 ◇◆


 マリアは砦からひとっ走りして王都へと戻ってきた。


 ヴィオラと話した後、すぐにイザベルに会いたくなり、慣れた分行き道よりも飛ばして帰って来たくらいだ。


 マリアは門番に挨拶した後、一目散に自分の屋敷へと走る。


「ただいま帰りましたわ!」


 マリアが勢いよく扉を開けて挨拶をするが、屋敷はシンとしていて返事はない。


「イザベルさん、まだお仕事ですわね!」


 マリアは踵を返すと、冒険者ギルドへと急ぐ。


 冒険者ギルドの1番奥の受付、ほぼマリア専属受付に、イザベルは暇そうに立っていた。


「イザベルさん、ただいま戻りましたわ!」


 待ちきれずに入り口から叫んだマリアに冒険者ギルド中の視線が集まったがマリアは気にしない。


「お帰りなさい。終わったのね」


「はい! よろしくお願いしますわ!」


 マリアは受付まで行くと嬉しそうに手を広げた。


「はいはい。あっちではどうしてたのよ?」


 イザベルがしゃが見ながら質問するとマリアは自慢げに胸を張る。


「それは、自分でしてましたわ!」


「1人でできるなら私がやらなくてもいいんじゃないの?」


「ダメですわ! イザベルさんは私の専属ですもの!」


 マリアの言葉にイザベルは恥ずかしそうに口角を上げる。


「はいはい。あ、変な所で噛んでるじゃない! どんな付け方したのよ!」


「ええ? ちゃんと付けたはずですけど……」


 マリアが自分でつけたベルトは変な引っかかり方をして取れにくくなっていた。


「やっぱり私がやらないとダメね。はい、取れた」


「ありがとうございます、イザベルさん」


 イザベルが立ち上がるとマリアは自信満々だっただけに恥ずかしそうにはにかんだ。


「もうちょっとまってて。私ももうすぐ終わりだから一緒に帰りましょ」


「はい! そこに座って待ってますわ!」


 イザベルの仕事が終わるのは待つというほどの時間でもなく、2人は仲良く並んで屋敷へ帰るのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る