第35話 平和な日々

「お母さん、それは私が運ぶから置いておいてってば!」


「大丈夫だよ! それよりもあんたはもう仕事だろ? 早く行っておいで!」


 手術から一月ほど、イザベルの母親の体調は順調に回復して今日は布団を担いでいた。


 それを見たイザベルは心配して変わろうとするが、母親から追い払われている。


 その様子を、マリアはニコニコと朝食を食べながら見ていた。


「今日の朝食も美味しそうだね」


「お母様、飲み物はオレンジでよろしいですの?」


 マリアがテーブルのジュースを取って自分の母親に質問する。

 マリアの母親は王都に来たついでに2ヶ月ほどの休暇を楽しんでから帰るそうだ。


 マリアの姉であるセニカに羨ましがられたと楽しそうに話していたし、この間は自慢話も含めて近況報告の手紙を送っていた。


 これも、停戦中で任されている砦が平和だからできる事であった。


「いや、私はコーヒーを入れてもらおう。ミーナさんお願いできるかな」


「はい、ロゼニア様。先に布団を干してきますね!」


「マリアと話しているからゆっくりでいいよ」


 マリアの母親ロゼニアがゆっくり席に座るのを見て、イザベルの母ミーナはパタパタと走って庭へ向かった。


「もう、お母さんたら。元気なのはいいけど……」


「イザベルさんはオレンジですの?」


「ええ、よろしくお願いするわ」


 ロゼニアに断られて手持ち無沙汰になったマリアの様子を見て、イザベルは微笑みながら頷いた。


 食事を終えてイザベルが仕事に行くと、マリアとロゼニアは連れ立って家を出た。


 この一月何事もなく平和な日常を過ごしてきたのだが、ロゼニアが我慢できない事があった。


 それは、マリアがドレスの裾を汚して帰ってくる事である。


 最初の頃は「そんな格好でダンジョンに行くなんて器用だね」などと笑っていたロゼニアだったが、ドレスの裾をすぐにボロボロにしてはすぐに買いに行くマリアを見かねて今回は一緒に買い物について来てくれる事になったのであった。


 いつもの洋服店に着くと、いつも担当の店員が個室に案内してくれる。


「本日はオーダーメイドのものを用意しております」


 そう言って運ばれて来たのは、いつもマリアが購入するオーソドックスなドレスではなく、スカートが左右非対称、斜めにカットされたフィッシュドレスであった。


「これは大胆ではありませんか?」


「膝も見えないしこれくらいの方が動きやすいよ。マリアももう16なんだし少し大人っぽさを出さないとね」


「大人っぽさですの……」


 ロゼニアの言葉を聞いたマリアは顔を赤て唾を飲んだ。


 今までマリアはエンリエットの宝石と呼ばれるほど過保護に育てられたので昼間の女性のみのお茶会以外には出た事がない。


 それもあって、大人っぽいドレスとは縁遠い生活を送って来たのだ。


「お母様、に、似合ってますでしょうか?」


 試着をしたマリアが部屋へ戻ると、顔を伏せがちに、上目遣いでロゼニアに質問した。


「そのくらいの丈じゃセクシーにもなりゃしないよ。なのに顔を赤ちゃって、マリアは可愛いねえ」


 姉のセニカなんかは魔導士団の制服でショートパンツを履いてもケロッとしているので、ロゼニアは恥ずかしがるマリアが新鮮に思えた。


「そのドレスなら魔物も蹴り飛ばせるだろうけど、はしたなく足をあげすぎないようにね、見えちゃうわよ?」


「け、蹴ったりなんかしませんわ!」


 揶揄うと顔を真っ赤にして反論するマリアが可愛くて、ロゼニアは笑いながら忠告をする。


 このドレスを着たマリアを旦那のエンリエット伯爵が見た時にどんな反応をするかを想像してロゼニアは笑顔を深める。


 オーダーしたすべてのドレスを買った後は、親子水入らずで他の買い物も楽しんだのであった。



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