星空の約束 ― 夏の田舎町で見つけた、本当の自分の輝き方

星空モチ

【本編】

🌟 星が降り注ぐ田舎町 —— その場所が私の心を変えるなんて、誰が想像できただろう。


莉央は窓辺に座り、車窓から流れていく景色を無表情に眺めていた。東京の高層ビル群が徐々に姿を消し、代わりに緑濃い山々が視界を埋めていく。


📱「マジ、なんでこんな田舎に…」


スマホを握り締める指に力が入る。クラスメイトたちのLINEは賑やかだった。海へ、プールへ、都会の夏を謳歌する彼女たちと、バスに揺られて祖母の家に向かう自分。


クラスでは「おとなしい子」という評価しかなかった莉央。声が小さく、自己主張は苦手。友達と呼べる存在はいるけれど、心から打ち明けられる相手はいなかった。


🏞️ バスが最後のカーブを曲がると、小さなバス停が見えてきた。冗談みたいに小さなバス停。


「りおちゃん、大きくなったねぇ」


バス停で待っていた祖母の笑顔に、どこか居心地の悪さを感じる。六年ぶりの再会。お互いに知らない時間が積み重なっていた。


「おばあちゃん、元気だった?」


形式的な挨拶を交わしながら、莉央は祖母の横顔を盗み見た。父が単身赴任で、母が看護師として夜勤が続く夏休み。莉央を預かってくれる人がいなくて、久しぶりに祖母の家にお世話になることになった。そんな大人の都合で振り回されている自分が、少し惨めに思えた。


🌱「畑の野菜が今ちょうど美味しい時期でね」


祖母の話に頷きながら、莉央は遠くに広がる山々を見つめていた。夕暮れの光に照らされた山は、まるで別世界のよう。都会の喧騒とは無縁の静けさが、少しずつ莉央の心に染み込んでくる。


祖母の古びた家に到着すると、木の香りと懐かしい匂いが鼻をついた。幼い頃に遊んだ縁側。窓の外に広がる小さな庭。時間が止まったような空間に、莉央はため息をついた。


✨「今日は晴れているから、夜は星がよく見えるよ」


そう言って祖母は夕食の準備を始めた。ふと見上げた空は、都会では見られないほど青く澄んでいて、もうすでに一つ二つ星が瞬き始めていた。


「星、か…」


莉央は小さく呟いた。小学生の頃に夢中になった星座の図鑑を思い出す。あの頃はどの星座も見つけられるようになりたくて、夜空を眺める時間が好きだった。いつからだろう、そんな気持ちを忘れてしまったのは。


🌙 夕食を終え、莉央は祖母の家の2階の客間で荷物を解きながら考えていた。三週間。この田舎町で何をして過ごせばいいのだろう。スマホの電波は弱く、祖母の家にWi-Fiはない。


「退屈な夏になりそう…」


そう思った矢先、窓の外から何かが光った。莉央は思わず窓に駆け寄り、夜空を見上げた。


✨「流れ星…?」


🌠「流れ星が見えた日の夜に出会った人は、運命の人になる」という言葉をどこかで聞いたことがある。馬鹿らしい、と思いながらも莉央は窓辺から離れられなかった。


窓を開けると、夏の夜の匂いが部屋に流れ込んできた。虫の声、遠くで鳴くフクロウの声。都会では決して聞こえない自然の音色が、夜を彩っていた。


「りおちゃん、お風呂入る?」


祖母の声に我に返った莉央は、「うん、今行く」と答えながらも、どこか気が乗らない様子だった。窓を閉めようとしたその時、何かに引き寄せられたように外を見た。


🌳「あれ…?」


家の裏手に広がる小さな森の入り口に、懐中電灯の光が見えた。誰かがいる。好奇心に駆られた莉央は、「ちょっと外見てくる」と祖母に告げ、急いで外に飛び出した。


夜の空気は思ったより冷たく、肌に触れると小さな震えが走る。懐中電灯の光を追いかけるように、莉央は森の方へ足を向けた。


🦉「こんな夜に森に入るなんて、何考えてるんだろ…」


自分自身に問いかけながらも、足は止まらない。光は森の奥へと消えていった。暗闇に目が慣れてくると、木々の間から漏れる星明かりが足元を照らしていた。


「あ、ヤバッ」


気づけば道がわからなくなっていた。スマホを取り出すと、予想通り圏外。不安が込み上げてきた時、前方から声が聞こえた。


👦「誰か、いるの?」


少年の声だった。懐中電灯の光が莉央の顔を照らす。


「迷子?それとも星見に来たの?」


明るい声音に、莉央は言葉に詰まった。光の向こうから現れたのは、自分と同じくらいの年頃の少年。


「悠真だよ。君は?」


🌿「莉央…」小さな声で答えると、少年は満面の笑みを浮かべた。


「良かった、危ないところだったね。もう少し奥に行くと崖になってるんだ」


そう言って、少年——悠真は莉央に手を差し出した。初対面の人に警戒心を抱くべきなのに、なぜか彼の笑顔には嘘がないように思えた。


✨「今夜はペルセウス座流星群の観測に来たんだ。一緒に見る?すごく綺麗だよ」


悠真の目は、夜空の星のように輝いていた。莉央は考える間もなく、思わず頷いていた。


「ちょっとだけ」


そう言った莉央を、悠真は小さな山道へと導いた。木々の間から見える夜空は、莉央が想像していたよりもずっと広く、ずっと美しかった。


🌌「ほら、あそこがペルセウス座。そこから流れ星が放射状に広がってるでしょ?」


悠真が指さす方向を見上げると、確かに星が流れていくのが見えた。莉央の中で、何かが静かに目覚め始めていた。


🌠 その日から莉央の夏は、思いもよらない色彩を帯び始めた。


悠真との星空観測は、翌日も、その翌日も続いた。最初は気まずさを感じていた莉央だったが、悠真の星への情熱は純粋で、その輝く瞳に嘘がないことを直感的に理解していた。


「カシオペア座は女王の座だよ。W型に見えるでしょ?」


📚 悠真が持ってきた星座図鑑を二人で覗き込む。肩と肩が触れ合う距離に、最初は緊張していた莉央も、気付けば星座の物語に夢中になっていた。


「昔はね、もっと星が好きだったんだ」


ふと莉央が呟くと、悠真は不思議そうに首を傾げた。


「どういうこと?」


🌱「小学生の頃、図鑑を読み漁ってたんだ。でも中学に入って、なんか『星好き』って言うのが恥ずかしくなって...」


言葉にした瞬間、自分の心の中に眠っていた感情に気付いた。都会の学校では、みんなと同じでいなきゃいけない。そんな無言のプレッシャーに、いつしか本当の自分を隠すようになっていたのだ。


「そっか...でも、今また好きになってるじゃん」


悠真の言葉は単純だが、莉央の胸に深く響いた。


🍲 祖母との時間も、莉央にとって新たな発見の連続だった。朝は一緒に野菜を収穫し、昼は料理を教わる。最初は気乗りしなかった家事も、祖母の穏やかな指導の下で少しずつ楽しくなっていった。


「りおちゃんのお父さんも、子供の頃はよくこの台所で料理を手伝ったのよ」


そんな父の姿は想像もできなかった。忙しい仕事に追われ、ほとんど家にいない父。でも、彼もこの家で育ち、同じように夏の夜空を見上げていたのかと思うと、不思議な親近感が湧いてきた。


✉️「お父さんとお母さん、元気?」


ある日、祖母がそっと尋ねた。莉央は少し俯いて答えた。


「うん、元気...だと思う。あんまり話さないけど」


言葉に詰まる莉央の背中を、祖母は優しく撫でた。


「大人になると、言葉にできない気持ちがたくさんあるの。でもね、心は繋がってるのよ」


🌕 その夜、悠真は莉央を湖のほとりに連れて行った。満月の光が湖面に反射し、まるでもう一つの夜空が広がっているようだった。


「ねえ、学校ではどんな感じなの?」


突然の質問に、莉央は戸惑った。でも、この二週間で育まれた信頼関係が、正直な言葉を引き出す。


「目立たない。声が小さくて、積極的じゃなくて...でも、ここにいると、なんか自分らしくいられる気がする」


言葉にした途端、涙が頬を伝った。悠真はそっと莉央の手を握った。


「僕はそんな莉央が好きだよ。星みたいに、静かに、でも確かに光ってる」


💫 莉央の胸に、温かいものが広がっていく。夏休みもあと一週間。帰らなきゃいけないという現実が、少しずつ近づいてきていた。


🌟 夏休み最後の夜、莉央と悠真は特別な場所へと向かっていた。


「ここが僕の秘密基地」


悠真が案内したのは、森の奥にある小さな丘の上。周りの木々が絶妙に開けており、そこからは町全体と、その向こうに広がる星空が一望できた。初めて出会った夜から数えて、もう21日目。明日、莉央は東京へ帰る。


🔭「最後だから、特別なものを見せたかったんだ」


悠真が持ってきた望遠鏡は、彼の祖父から譲り受けたものだと言う。二人は寝転がり、夏の大三角を探した。


「覚えてる?最初の夜に見た流れ星」


莉央は静かに頷いた。あの夜、窓から見た流れ星がなければ、彼女は外に出ることもなく、悠真と出会うこともなかった。


✨「実はね、『流れ星を見た夜に出会った人は、運命の人になる』っていうの、僕が言い出したんだ」


驚いて悠真を見ると、彼は照れくさそうに笑っていた。


「小学校の天文クラブで広めたんだけど、みんな信じちゃって。でも、僕たちには本当になったね」


莉央は胸の中で温かいものが広がるのを感じた。この三週間で、彼女の内側では確かに何かが変わっていた。


📱「あのね、決めたんだ」


莉央はスマホを取り出した。画面には天文部の入部届けの写真が映っていた。


「東京に帰ったら、学校の天文部に入ろうと思う。それに...」


彼女は少し照れながら続けた。


「もっと自分の声で話すようにする。小さくてもいいから、自分の言葉で」


悠真の顔に満面の笑みが広がった。


🌿 その時、莉央のスマホに通知が入った。祖母からのメッセージだった。


『おばあちゃんの家の横の木箱、開けてみて』


二人は急いで丘を下り、祖母の家へと戻った。縁側の横に置かれた古い木箱を開けると、中には手作りのスケッチブックがあった。


「これ...」


めくってみると、そこには莉央の父が中学生の頃に描いた星座のスケッチが綴られていた。最後のページには、「いつか、自分の子供にも星を見せたい」と書かれていた。


👨‍👧「お父さんも...星が好きだったんだ」


涙がこぼれた。祖母が言っていた「言葉にできない気持ち」を、莉央は少し理解できた気がした。


🍲 翌朝、出発の時間が近づいていた。祖母は莉央のために特別な朝食を用意してくれた。野菜たっぷりの味噌汁、手作りの漬物、炊きたてのご飯。


「りおちゃん、東京でも時々星を見上げてごらん。同じ星が、ここにいる悠真くんや、おばあちゃんの上にも輝いているから」


莉央は静かに頷いた。


🚌 バス停では、悠真が見送りに来ていた。彼の手には小さな包みがあった。


「開けていい?」


中には、二人で見た星座を描いた手作りのスケッチブックがあった。父と同じように、悠真も星座を描いていたのだ。最後のページには、「また来年の夏、一緒に星を見よう」と書かれていた。


「約束する?」


悠真が小指を立てる。莉央は迷わず小指を絡ませた。


🌠 バスの窓から見える景色が、少しずつ都会へと変わっていく。でも今回は、初めて来た時とは違って、莉央の心は晴れやかだった。スマホを開くと、新しく作ったグループチャットには、悠真と祖母が追加されていた。


『東京の星空、今日は曇りだって。でも明日は晴れるよ!』


悠真からのメッセージに、莉央は笑顔で返信した。


『明日の夜、同じ星を見上げよう。そしたら、きっと心は繋がってる』


窓の外を流れていく空を見上げながら、莉央は思った。人は誰でも、星のように自分だけの輝き方がある。この夏、彼女は自分の光を取り戻したのだ。そして、それはきっとこれからも、彼女の中で静かに、でも確かに輝き続けるだろう。


✨ おわり ✨

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