第12話

38


「あっそうだ、

大切なこと忘れてた!」

「何だ河野、いきなり、」

「いいから、おまえらちょっとこっち来い。

相談がある。」


放課後、体育館の裏に呼び出された。

そこには、河野くんがひとりで立っていた。

「古川杏奈さん、大好きです。

俺と付き合って下さい!」


植え込みの後ろにギャラリーが隠れているのが見え見えじゃない。

今更何を言ってるの?


「はい、よろしくお願いします。」

仕方がないので私は顔を引き攣らせてそう言った。


“オー!”と言って、お定まりのように、クラスの男子たちが飛び出して来た。


「よかったなー河野!」

「おめでとう!」


「ありがとう

おまえたちの応援のおかげだ。」


(何、このサル芝居?)



「昨日は夢中で、教室の中でいきなり言っちゃったけど、

杏奈ちゃん、体育館の裏で告るシーンが好きなんだよな。」


(そう言えば、病院でこんな漫画の話をしたような気もするけど)


「河野、次は壁ドンからのチューだろう?」

「ああそうだった。

壁ドンもステキだと言ってたんだ、

おい杏奈、こっちへ来い。」


いきなり私の手を引っ張って、体育館の壁で本当に壁ドンをして迫ってきた。


「何考えてんの、バカッ!」

当然、思い切り突き飛ばした。


「あ、杏奈ちゃん待って、これから仲良く手を繋いで、夕日に向かって一緒に歩かないとー」

「もう、うるさい!」


(もしかしたら病院で読んだ少女マンガの告白シーンを全部やる気かしら)


「あとさ、屋上から大声で愛を叫ぶというのも良かったよね。」

「そんなことしたら

2度と口きかないから!」


「えー?」


「河野おまえやり過ぎー」

「ギャハハ、嫌われてやんの」

後ろから笑い声が聞こえてきた。


恥ずかし過ぎる!


私は茫然と突っ立っている河野くんを置いて

急いでそこを立ち去った。



39


「杏奈、いいのか?

アイツ、相当バカだぜ。」

「そうみたいだけど、

そういう器用じゃないところもいいの。」


「自分じゃそう思ってないよ。」

「ふふふ、ですよねー」


一緒に帰ろうと理沙が誘ってくれた。

「あんたもかなり変わっているね。

まあ、河野はすげーいいやつだよ、

ケンカばっかりしてるけど。」


「一緒にいる西村くんだっけ、

あの子カッコいいね。」


「河野も、単品で見れば結構イケると思うけど

隣が西村じゃあねー

コンプレックス持ってたんじゃね、

だから似合わねー金髪にしてたんだよ。」


“あっ、この店”

理沙がそう言って、2人で喫茶店に入った。


「チーズタルトが美味しいんだ。

普段はあんまり入れないけどねー

高校生にはお高いから。」


ははは


理沙は“男前”だな、と思った。

いつも中心にいて、皆んなを盛り上げようと気遣ってくれる。


「私、こういうお店初めて。」

「へー、そりゃ良かった。


河野はケンカっぱやいけど、いいやつだよ、

どっちかっつーと危険なのは西村の方さ。」


理沙は小声になり、顔を寄せてきた。


「中学の時ね、“河野くん、河野くん”ってやたらとまとわりつくビッチがいてさ、

河野もまんざらでも無かったんだよ。


そいつが学校でマフラーなんか編み出したんだ。

まあこれ見よがしにね。


河野は自分が貰えると思って喜んでたんだが

そいつ、綺麗にラッピングした物を河野に手渡して、


『これを西村くんに渡して欲しいの。

西村くんは、普通女の子からのプレゼントなんか受け取ってくれないけど、

親友の河野くんから手渡せば、貰ってもらえるでしょう?

お願いねー、やっぱり河野くんはいい人ね。』


「何それ、性格最悪、」

「クソビッチだよ、

河野もお人好しだからね、泣きそうな顔をして

そのマフラーを西村に渡したわけ、」


「はー」


「週末にさ、そいつが全身イチゴパフェみたいに飾り付けて

『これから西村くんとデートなの!』

って、私んとこにわざわざ見せびらかせに来やがった。


そして、それっきりさ、」

「え?」


理沙はますます顔を近づけてきた。

「誰も見かけなくなったんだよ。

暫くしたら、遠くの親戚の家に引っ越しましたってことで、消.え.た。」


「え、何それ怖い。」


「あいつのお母さんがやってるスナック、そっち系の人も出入りしてるって話だから、

何があったんだろうねえー」


「ホラーだね、

抜け毛よりホラーだ。」


「そんな事があっても、“危険な香りが好き”って

いまだに女が寄ってくるのには、訳がわからないけどね。

それもひとつのホラーだな。」


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