第11話

35


登校する当日の朝、お母さんから思いがけない事実を知らされた。


「私、進級できなかったの?」

「ごめんね、言い出せなくて

仕方ないのよ、1日も登校できなかったんだから。」


「病気だったって皆んな分かっているから

大丈夫よ。」


「それじゃあ、入学した時と一緒じゃない。

誰も知っている人なんていないのよ、

また爪弾きよ、

誰もいないんだから!」


挨拶だけして、すぐ帰ってもいいからと諭されて

最悪の気持ちのまま、担任の浜田先生の後ろに隠れるようにして、ついて行った。


先生がドアを開けた途端に、教室中から歓声が上がった。

「杏奈ちゃんだ!」


「おい、こら河野、起きろ!

寝てる場合じゃないだろ、杏奈ちゃんだよ!」


(えっ?)


俯いていた顔を上げると、目の前に河野くんが駆けてきた。

「杏奈ちゃん、会いたかった!」


えーっ! 何でここにいるの?


河野くんは恥ずかしそうに周りをチラチラ見回した。

「えーっと、年下に見られるのが嫌で、ずっと嘘ついてました。

ごめんなさい!」

そう言って、思い切り頭を下げた。


「こいつ変なとこで見栄を張るから、」

「杏奈ちゃんのことずーっと待ってたんだぜ、

ひつけーから。」

ハハハハと笑い声が起こった。


河野くんも頭をかきながら、あははと笑って、つられて私も笑い出した。

(信じられない、何これ)


「あの、あの俺こんなだけどさ

よかったらこれからも付き合ってくれないか、

お願いします!」


ああ、河野くんは少しも変わっていない、

私は涙が溢れそうになった。


「こちらこそ嘘をついてごめんなさい。

ありがとう、凄く嬉しい。」


「おい河野、

教室のど真ん中で告白なんかすんなよ、」

「みんな見てんじゃん、恥ずかしい奴だなあ。」


「あ、そっかあー」

また笑い声が起こった。


「河野、良かったな、

ほら、皆んな席に着けー」


(先生は最初から知っていたんだ

いい人だなあー)


36


お昼休みに、一緒に購買に行く間も、ずっと周りから視線を感じた。

“杏奈ちゃんだよ”

“ほら例の、河野が言ってたー”


なんだか私有名人になってる。

河野くん、どれだけ言いふらしたのかしら。


「おばちゃーん、ピザまん2つ、

あ、金は内海から貰って、

こいつ俺のピザまん、黙って食べちゃったから、

倍返しな!」

「わ、分かったよお。」


「あら、あなたが杏奈ちゃんかい、

細いねー、

たくさん食べなきゃダメだよ。

1つおまけするから、3人で食べなさい。」


購買のおばさんまで知ってるの?


「サンキューおばちゃん、

内海、良かったなあ。」


ほかほかのピザまん、河野くんと内海くんはじゃれ合って、3人で歩きながら食べる。

「あちっ、あちっ」

「あ、河野くん猫舌なんだ。」

「コイツ、からっきしダメさー」

ははは



37


体育の授業


私は見学だけど、せめてジャージに着替えた方がいいかなあ


そう思って更衣室に行くと、女子が大勢で着替えの最中だった。

大野さんを中心にみんなでおしゃべりしている。


「あんた、見学なんだから着替える事ないだろ、

いいよねー

見ているだけで単位貰えるんだから。」

「ちょっと、ちょっと理沙やめなよ。」


「私らは、ヒィヒィ言って走らされるってのにさ。」

「ちょっと! 理沙らしくないよ。」


「どきな!」

大野さんが振り払ったジャージの上着に、私のウィッグが引っ掛かった。


ベリッという音がして、かつらが床に落ちた。

「理沙! あんたねー」

「えっ、しっ知らない!

わ、わざとじゃないよ、」



杏奈はゆっくりかつらを拾って、ポンポンと埃を払った。


「そう、この頭ねえ

看護師さんは、すぐに生えてきますよって慰めてくれるけど、

そうじゃなくて、抜けるときがホラーなのよね。」


え? という顔をして

皆んなこっちを見た。


「シャンプーすると、プチプチって変な音がして、

気付くと指にゴッソリ絡まって抜けてるのよ、

それを見た瞬間がもうホラー映画より恐怖なのよー。」


うわーっ!


皆んな自分の頭を押さえた。


薄灰色の髪の子が弾かれたように喋り出した。

「あのね、あのね、私もね、こないだシャンプーしたらゴッソリ抜けたんだよ。」


理沙がハッとしたように答えた。

「エミ、あんたのはね、抜けたんじゃないよ。

ブリーチし過ぎて髪が弱って、ちぎれたんだ。」


「えーっ」

「ちゃんと手入れしないとボロボロになるぞ。」


「困った、どうしようー」

エミは自分の髪をシャカシャカ擦った。


「大丈夫だよ、まだ間に合うから」

誰かがそう言って和やかな笑いが起こった。


理沙はそれからネットを被った私の髪に触れてきた。


「何だもうだいぶ伸びてきてんじゃん。

もう少ししたら、私ショートヘアのカットの上手い店知ってるからさ、

紹介するよ。」

「うんお願いする、ありがとう。」


大野理沙と私はそれからずっと友だちになった。


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