揺れる世界
降り積もる雪が静寂を紡ぐ森の中を、二人と一頭は黙々と歩を進めていた。
ノエル、リリィ、そしてルドルフ。
まるで時が止まったかのような白銀の世界で、彼らの足跡だけが、ここが進むべき道であることを示していた。
「ねぇ、ノエル。ノードハイムに着いたら、何が食べたい?」
唐突に、リリィが凍てついた空気を破った。風に揺れる金色のツインテールが、彼女の言葉に合わせて踊る。先ほどまでの厳粛な空気とは打って変わり、彼女の声は弾んでいた。
「えっ? 食べ物?」
ノエルがお腹をさすりながら聞き返す。
「そうよ! うちの街は美食の都なんだから。海が近いから海産物が絶品なの」
リリィは指折り数えながら楽しそうに語り始めた。
「まずは、厚切りのサーモンをたっぷり使ったクリームスープでしょ。それに、とろとろになるまで煮込んだ羊肉(ラム)とキャベツのシチューも温まるわよ。あとはデザート! サクサクのハート型ワッフルに、甘じょっぱいブラウンチーズをたっぷり乗せて食べるのが最高なの!」
「うわぁ……」
ノエルの口の中に唾が溜まる。シチューを食べたばかりだというのに、彼の食いしん坊な胃袋は正直だ。
「そのワッフルってやつ、すっごく気になる! ブラウンチーズって茶色いの?」
「ええ、キャラメルみたいに濃厚で甘いのよ。熱々のコーヒーと一緒に食べると、もう幸せで溶けそうになるわ」
「溶けそう……いいなぁ、早く着かないかなぁ」
ノエルは夢見心地で空を見上げた。
しかし、現実は甘くない。
しばらく歩くと、ノエルの足取りは目に見えて重くなっていった。慣れない雪道、そして終わりの見えない白い景色。
「も、もう歩けない……」
ついにノエルは、雪の上に大の字になってへたり込んでしまった。
「リリィ……街まであとどれくらい? もうすぐだよね?」
サンタクロースの見習いとは思えない体力の無さに、隣を歩いていたルドルフが「やれやれ」といった様子で鼻を鳴らす。
リリィは立ち止まり、地図アプリを確認するふりをして、にっこりと微笑んだ。
「ええ、もうすぐよ。ここからあと……5キロくらいかしら」
「5キロぉぉぉ!?」
ノエルの絶叫が森に木霊した。
「全然『もうすぐ』じゃないよぉ! 無理だ、ここで冬眠する……」
「あら、意外と近かったじゃない。でも、そこまで言うなら仕方ないわね」
リリィは呆れつつも楽しそうにクスクスと笑い、バッグから小さな包みを取り出した。
「ほら、特製のエネルギーバーよ。森の木の実と蜂蜜をぎゅっと固めて作ったの。これを食べれば、5キロなんてあっという間よ」
ノエルは跳ね起きてそれを受け取ると、大きな一口で頬張った。
途端に、炒ったナッツの香ばしさと、凝縮されたドライフルーツの酸味が口の中で弾ける。噛むほどに自然な甘みが溢れ出し、疲れた体に力がみなぎっていくのが分かった。
「んんっ! これ、すごく美味しい! なんだか力が湧いてくるみたいだ!」
「ふふ、単純ね。さあ、元気が出たなら出発よ! 美味しいワッフルが待ってるわ」
「おー!」
エネルギーバーの力(とワッフルの誘惑)のおかげで、彼らはようやく森を抜け、街道へと出た。
視界が開けると同時に、ノエルは息を呑んだ。
「うわぁ……綺麗……!」
目の前に広がっていたのは、夕暮れの藍色に染まる空と、雪に覆われた美しい街並みだった。
川沿いには、赤や黄色、緑といったカラフルな木造の倉庫が並び、水面にその鮮やかな影を落としている。街の至る所に飾られたクリスマスのイルミネーションが、宝石箱をひっくり返したように輝いていた。
「ここが私の故郷、ノードハイムよ」
リリィが誇らしげに紹介する。
街に入ると、そこは活気に満ち溢れていた。
広場にはクリスマスマーケットが立ち並び、ホットワインや焼き菓子の甘い香りが漂っている。大きなツリーの下では、子供たちが笑い声を上げて走り回り、恋人たちが身を寄せ合って歩いている。どこからか、楽しげなフィドルの音色も聞こえてきた。
「すごい……みんな、笑ってる」
ノエルは目を輝かせて周囲を見渡した。
「ここには、僕たちが守りたい『クリスマスの景色』がそのままあるみたいだ」
「でしょう? 寒くて夜が長い場所だけど、みんなこの季節が大好きなの」
リリィもまた、愛おしそうに街の灯りを見つめた。
「さあ、まずは私のおすすめの喫茶店に行きましょう。そこで少し落ち着いて作戦会議よ」
ほどなくして、川沿いに建つ古い木造の建物が見えてきた。レンガ造りの煙突からは白い煙が上っている。店先にはアンティーク調の看板で「カフェ・ノクターン」と掲げられていた。
「ここは私のお気に入りの場所なの。一番のおすすめはコーヒーよ。マスターが厳選した豆を挽いて、サイフォンで淹れてくれるの」
カランカラン、と軽やかなベルの音と共に店内に入ると、暖かな空気と深く芳醇なコーヒーの香りが、冷え切ったノエルたちを優しく包み込んだ。飴色の木の柱、座り心地の良さそうな革張りのソファ、そして静かに流れるジャズ。外の喧騒が嘘のような、穏やかな時間が流れている。
「いらっしゃいませ、リリィ。……おや?」
カウンターの奥でグラスを磨いていた白髪のマスターは、リリィの後ろに続く巨体に視線を留め、片眉をわずかに上げた。
「これはまた……随分とめずらしいお客様をお連れですね。童話の世界から抜け出してきたような、立派なトナカイだ」
「こんにちは、マスター。友達のノエルと、この子はルドルフ。特別な訓練を受けているから、とってもお行儀がいいのよ」
リリィが笑ってフォローする。
「ええ、見れば分かりますとも。その瞳には知性が宿っている」
マスターは穏やかに微笑み、布巾を置いた。
「歓迎しますよ。一番奥のソファ席へどうぞ。あそこなら広いですから、自慢の角をぶつける心配もなく寛げるでしょう」
二人は窓際の広い席に座った。ルドルフも器用に足を折りたたんで、テーブルの横に落ち着く。窓の外には、ライトアップされた古い跳ね橋と、しんしんと降る雪が見えた。
「マスター、特製ブレンドを二つ。それと、この子にはお水をたっぷりお願いします」
リリィが注文すると、マスターは「かしこまりました」と優雅に一礼した。
運ばれてきた水をごくごくと飲み干し、ルドルフが満足げに息をつく。ノエルとリリィの前には、湯気を立てるコーヒーが置かれた。
「ふぅ……生き返るね」
ノエルは香りを楽しみながらカップを持ち上げた。口に含むと、深いコクと酸味のバランスが絶妙な味わいが広がった。
「でしょ? ここのコーヒーは本当に最高なの」
リリィも満足げに微笑み、一口飲んでほうっと息をついた。
旅の緊張が解け、心地よい静寂が二人の間に流れる。
リリィはカップをソーサーに置くと、居住まいを正し、真剣な眼差しをノエルに向けた。
「ねぇ、ノエル。ここなら誰も聞いていないわ。……教えてくれる? あなたが探している『イリス』さんのこと。そして、彼女がなぜ協会を飛び出したのか」
ノエルはカップを持つ手を止め、少しの間、揺れる黒い水面を見つめた。覚悟を決めたように顔を上げる。
「……うん。話すよ」
ノエルの声は静かだが、そこには隠しきれない痛みが滲んでいた。
「イリスはね、僕の幼馴染で、誰よりも優しくて、責任感の強い女の子だった。僕たちは一緒に、世界中の子供たちの願いを叶えるサンタクロースになることを夢見ていたんだ」
ノエルは懐から一枚の写真を取り出した。そこには、笑顔で並ぶノエルと、銀色の髪の少女が写っている。
「でも、ある日……一通の手紙が、全てを変えてしまった」
「手紙?」
「うん。遠い国の、戦争で家族を失った少年からの手紙だった。封筒は汚れ、破れかけていて……国名も住所もなかった。ただ『サンタさんへ』って」
ノエルの言葉が、静かな店内に重く響く。
「その子は書いていたんだ。『ぼくは、せんそうで、おかあさんといもうとをなくしました』って。そして、『いいこにするので、おかあさんといもうとを、もどしてください。せんそうを、なくしてください』って……」
リリィは息を飲んだ。想像していたよりもずっと重い内容に、言葉を失う。
「イリスはその言葉に心を揺さぶられた。彼女自身も戦災孤児だったから、その子の痛みが痛いほど分かったんだと思う。でも……サンタクロースの力は、プレゼントを届けること。直接戦争を止めたり、死者を生き返らせたりすることはできない。ニコラス様も、直接介入することは許さなかった」
ノエルの拳が、膝の上で握りしめられる。
「手紙の最後には、こう書かれていたんだ。『サンタさんが、たすけてくれないなら、ぼくは、わるいやつらを、ゆるしません』……って」
「そんな……」
「彼女は、その子を救いたかった。でも、僕たちの優しい魔法じゃ、その子の涙も、憎しみも止められない。無力感に苛まれた彼女は……協会最大の禁忌である『闇の力』に手を出して、一人で飛び出してしまったんだ」
ノエルは顔を歪めた。
「僕は……彼女が背負っていた絶望に気づいてあげられなかった。彼女は今、たった一人で世界中の『悲しみ』と戦おうとしている。でも、そんなの……あまりにも悲しすぎるよ」
リリィは静かに頷き、ノエルの手に自分の手を重ねた。
「だから、あなたはここに来たのね。彼女を一人にさせないために」
「うん……」
重い沈黙が流れる。
窓の外では、平和な雪が降り続いている。だが、ノエルの語った話は、この平和な風景の裏側に、救われない現実があることを突きつけていた。
その時だった。
ピロン。
静かな店内に、無機質な電子音が響いた。
最初は、カウンター席に座っていたビジネスマン風の男のスマートフォンだった。
ピロン、ブブッ、ティロリン……。
続いて、隣のカップルの端末が。さらに奥のテーブルでも。
一つ、また一つ。まるで伝染病のように、店内のあちこちで不協和音のような通知音が鳴り響き始めた。
「……おい、なんだこれ」 「嘘だろ……」
客たちの顔色が次々と変わる。ざわめきが大きくなり、誰かが叫んだ。
「マスター、テレビ! ニュースだ! アメリアのヘリオス社がやられたぞ!」
カウンターの隅にある小さなテレビのチャンネルが変えられる。
そこに映し出されたのは、美しいクリスマスの夜景などではなかった。
赤黒い炎。
飴細工のようにねじ曲がった鉄骨。
黒煙を上げる巨大な軍需工場。
それは、純然たる「暴力」の光景だった。
「──緊急速報です」
緊迫したアナウンサーの声が、店内の穏やかなジャズを掻き消すように響き渡る。
「本日未明、軍事大手ヘリオス・コンソーシアム社の主要工場で大規模な爆発が発生しました。目撃者の証言によれば、爆発直前、上空に『黒い翼を持つ天使』のような姿が現れたとのことです。現場には『黒き聖夜の審判』のメッセージが残されており──」
ノエルの心臓が、早鐘を打った。
黒い翼。黒き聖夜の審判。
「イリス……!?」
ノエルの口から、悲鳴のような声が漏れる。
画面が切り替わる。
「先週末からネット上では、同じく『黒き聖夜の審判』を名乗るグループによる機密情報の暴露が続いています。公開された文書には、15年前の首都同時多発テロと、それに続く中東への軍事介入に関する、政府と企業の癒着を示す衝撃的な内容が含まれており──」
燃え盛る工場の映像の端に、一瞬だけ、銀色の髪をたなびかせる少女の姿が映り込んだ気がした。
間違いない。イリスだ。
でも、その瞳は、ノエルの知る優しい彼女のものではなかった。冷たく、鋭く、憎しみを宿した瞳。
「どうして……どうして花じゃなくて、炎なの? イリス……」
ノエルの脳裏に、かつての光景が蘇る。
訓練でイリスが魔法を使うと、枯れ木には一瞬で美しい花が咲き乱れ、泣いている子供の足元には柔らかなクローバーが芽吹いた。
彼女の魔法はいつだって、優しく、温かく、命を育むものだったはずだ。それが、なぜ。
「ざまあみろ! 死の商人なんて潰れちまえばいいんだ!」
凍りついた静寂を破ったのは、カウンターにいた男の興奮した声だった。その言葉が、店内に充満し始めていた火薬庫のような空気に、火を点けた。
「何言ってるんだ、このテロリスト擁護が! 工場で働く多くの従業員が巻き込まれてるんだぞ!」
隣の席の男が立ち上がり、怒鳴り返す。
「テロだと? ヘリオス社が裏で何をしてきたか、みんな知ってるだろ! 難民キャンプを焼き払って、罪のない子供たちを殺したのはどっちだ! 奴らは報いを受けただけだ!」
「ふざけるな! それが暴力を正当化する理由になるか!」
「なんだとぉ!?」
ガタガタッと椅子が倒れる音が響く。
店内の客たちが、次々と口論に加わり始めた。
遠い国の暴力が、電波に乗ってこの平和なノードハイムのカフェにも届き、「分断」と「憎悪」の種を蒔き、瞬く間に芽吹かせていく。
さっきまで笑い合っていた人々が、今は鬼の形相で罵り合っている。
「ノエル、気をつけて」
リリィが声を潜めて言った。彼女の表情も強張っている。
「この街は色々な人がいるから……積もり積もった鬱憤に、イリスさんが火をつけてしまったのかもしれないわ」
その時、殺伐とした空気の中で、小さな悲鳴が聞こえた。
「やめてよぉ……!」
興奮して掴み合いを始めた大人たちの足元で、小さな女の子が突き飛ばされそうになっていた。母親とはぐれたのか、怒鳴り合う大人たちの間でパニックになり、うずくまっている。
「危ないッ!」
ノエルは反射的に席を蹴った。
思考するよりも先に、体が動いていた。激昂して後ずさりした男のブーツが、少女を踏みつけそうになったその瞬間、ノエルは床を滑り込み、少女をその身で覆うようにして抱きしめた。
ドスッ!
「ぐっ……!」
男の足がノエルの背中に深々と入る。鈍い痛みが走るが、ノエルは少女を離さなかった。歯を食いしばり、さらに強く抱きしめる。
「おい! 何しやがる!」
男が怒鳴り、さらに追撃しようと拳を振り上げた、その時──
ヌッ。
巨大な影が、男を頭上から見下ろした。
ルドルフだ。
彼は何も言わなかった。ただ、その深く静かな瞳で、男をじっと見据えた。それは、古の森の主のような、圧倒的な威圧感と静けさを湛えていた。
「ひっ……!」
気圧された男は、振り上げた拳を下ろすこともできず、青ざめて後ずさった。
周囲の客たちも、突然現れた巨大な獣の迫力に、水を打ったように静まり返る。
「……大丈夫かい?」
ノエルは痛む背中を我慢しながら、腕の中の少女に優しく声をかけた。
栗色の髪をした少女は、ノエルの赤いコートを命綱のように強く握りしめ、ガタガタと震えていた。その瞳には、深い「恐怖」が刻まれている。
「アニーちゃん!?」
駆け寄ってきたリリィが、驚いた声を上げた。
「リリィ……おねえちゃん……?」
少女──アニーは、知っている顔を見て安心したのか、わっと泣き出した。
「よかった、怪我はないわね」
リリィはアニーの頭を撫で、安堵の息をつくと、厳しい視線で店内を見回した。
大人たちは、泣き出した子供と、それを守った奇妙な少年とトナカイ、そして地元の顔なじみであるリリィの姿を見て、ようやく熱狂から冷めたようだった。気まずそうに視線を逸らす者、バツが悪そうに席に戻る者。だが、一度生まれた亀裂は、そう簡単には埋まらない。空気は依然として重く、張り詰めたままだ。
「アニー!」
そこへ人混みをかき分けて、母親が駆け寄ってきた。
「ああ、よかった……! ありがとうございます、リリィちゃん、それにそちらの方も……!」
騒ぎが落ち着き、親子が去った後も、ノエルは動けなかった。
アニーと呼ばれた少女の、怯えきった瞳。
そして、テレビ画面の中で燃え続ける、イリスが灯した炎。
その二つが、ノエルの頭の中でどうしても繋がらなかった。繋げたくなかった。
イリスは、アニーのような子供を救うために戦っているはずなのに。その炎が、巡り巡って、ここノードハイムのアニーを泣かせている。
「……ルドルフ」
ノエルは、すっかり冷め切ってしまったコーヒーカップを見つめながら、絞り出すように言った。
「彼女のやり方は……やっぱり、悲しいよ。僕はイリスを止めたい。彼女が自分を犠牲にしてまで、こんな修羅の道を進むのを見たくないんだ」
ルドルフもまた、深刻な表情でテレビ画面を見つめていた。
「……ああ。あれはサンタクロースの理(ことわり)そのものを否定する力だ。憎しみは、新たな憎しみしか生まない。だが、僕たちはあまりにも情報がなさすぎる」
ルドルフは低い声で続けた。
「彼女を止めるためには、彼女が手にしたあの力が何なのか、そして次はどこへ向かうのかを知らなければならない。だが、今の僕たちには手がかりがない」
「それなら、あてはあるわ」
リリィがカップを置き、凛とした表情で言った。
「私の知り合いに、ちょっと耳の早い『情報屋』がいるの。彼なら何か知ってるかもしれないわ。この街の噂話から、裏社会の動向までね」
「情報屋?」
ノエルが顔を上げる。
「ええ。イリスさんが起こしていることが、これほど大きな事件なら、裏の世界でも必ず話題になっているはずよ。ここを出て、明日の朝一番に会いに行きましょう」
「ありがとう、リリィ!」
ノエルの瞳に、微かだが確かな希望の光が戻った。
「礼を言うのはまだ早いわよ。……ただ、ちょっと癖のある人だから、覚悟しておいてね」
リリィは意味ありげに苦笑した。
「……行きましょう。ここは少し、空気が悪すぎるわ」
リリィに促され、ノエルたちは店を後にした。
扉を閉めると、店内の喧騒が嘘のように遮断され、夜の冷気が火照った頬を撫でた。いつの間にか雪は止み、雲の切れ間から凍てつくような星空が顔を覗かせている。
街のイルミネーションは変わらず美しく輝いていた。
だが、今のノエルには、その光がどこか空しく、遠いものに感じられた。背中には、あの男に蹴られた痛みが、現実の重みとして鈍く残っている。
(イリス……)
ノエルは立ち止まり、星空を見上げた。
君は今、どんな顔をしてこの空を見ているの?
かつて一緒に見上げたオーロラのように、君の心はまだ輝いているのだろうか。それとも──。
「冷えてきたわね。今夜は私の家に泊まって。カイトさんのところへは、明日一番で向かうわよ」
リリィが白い息を吐きながら言った。彼女の声には、無理に明るく振る舞うような響きはなく、ただ静かな気遣いだけがあった。
「ノエル?」
名前を呼ばれ、ノエルは星空から視線を外した。
隣には、心配そうに見つめるリリィと、頼もしい相棒のルドルフがいる。
一人じゃない。その事実が、凍えた心に小さな灯火をともした。
「うん。……お願いするよ、リリィ」
静かな夜の街に、三人の足音が吸い込まれていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます