第1話 チャンネル登録者100万人超え配信者の1日
「……は、っ…!」
司は全身の気持ち悪い汗の感覚で目を覚ました。
「……夢、か。」
床に落ちていた掛け布団をベッドに綺麗に畳んで置くと、洗面所へ向かう。
汗で濡れている寝間着と下着を洗濯機に直接放り込むと、風呂場のドアを開ける。お湯になるまでなんて待ってられなかったため、冷水のままシャワーを浴びる。
「寒っ!」
だが、寝起きの、しかも悪夢で目覚めた寝覚めの悪い状態だったため、冷水は流石に許容範囲外だった。急いでお湯になるように温度を調節する目盛りを温かくなるように動かす。
目盛りを調節している時に、ふと風呂場についている鏡に司の顔が映った。
「…悪夢見ただけで、ここまで酷い顔になるんだな。」
鏡に映った顔を見て、余りの酷さに自嘲してしまう。自嘲しているうちに、シャワーの水が温まっており、頭から浴びる。冷水と悪夢で冷やされ、汗でぐしょぐしょになった司の身体をお湯が芯から温めていく。
温まっていくと次第に気持ちも落ち着いてきて、シャワーの水量を調節する目盛りを弄って止める。
「汗も流せたし、配信の準備始めるか。」
身体をタオルで拭くと、寝室まで戻り、クローゼットを開けて服を取り出す。良い感じに動くのに適している黒の短パンとTシャツを着ると、仕事部屋いわば編集部屋に行って、今日の配信の準備をし始める。
そして、12時頃まで作業を行い、昼ご飯を腹に入れてから荷物を持ってダンジョンに向かうのだった。
◇◇◇
「カメラの調子は…良い感じ。配信の方も上手く行ってるっぽいな。」
都市群から数十km程度離れた山中にある、山中にはとても似つかないバリケードに覆われた巨大な四角の施設。
ダンジョンの法整備が進むと建設が急務とされてきたこの施設は、基本的に地下にできるダンジョンの真上に作られており、ダンジョンに挑む前の準備を整えるためや、ダンジョンに挑む人を把握するため、ダンジョンから出てくる可能性のある対魔物用の防衛のためなどに使われている。
そんな施設の一角で宙に浮いているカメラの調子を確認したり、ホログラムで映し出された画面を弄ったりと忙しなく司は動いていた。
ここで司について話しておこうと思う。15歳ながら
外見的特徴は一般的にサラサラと言われるような黒髪と、黒色よりもどす黒い何かに濁っていそうなものを感じさせる紫紺の瞳、
「あ、そうだ。カード通してなかったっけ。」
司はまだダンジョンに入る為の手続きをしていないことを思い出し、セットが完了した宙に浮いているカメラを連れて受付の方に向かう。
受付は駅のきっぷ購入機のように、無人の機械がずらっと横に何台も並んでおり、そのうちの一つを操作する。
『プローラーライセンスを挿入してください。』
機械音声の指示通りに、ポーチからプローラーライセンスと呼ばれる
『プローラーランクはS――』
プローラーランクとは、
Bの時点で国家程度ならばどんな大国だろうと侵略戦争を行い勝てる実力を有しており、Sにもなると銀河系を消滅・再創造できるほどの力を持っている。
こんな人智など知ったことではないと言わんばかりの
そして、その後の手続きも慣れた手つきで素早く終わらせ、ライセンスと一緒に挿入口から出てきたレシートぐらいの大きさの比較的小さい紫色の紙を受け取って、ダンジョンに入る為の前準備は完全に終了した。
「カードも通し終わったし、そろそろ行こうかな。」
無人の受付の機械から離れて、ダンジョンの入り口である巨大な縦穴の近くに向かう。縦穴の近くに着くと、先程ライセンスと一緒に受け取った紫色の紙をポーチから取り出す。
真ん中あたりに両手を掛けて左手は上に、右手を下に動かして、紫色の紙を半分に破いていく。すると、魔術式が刻まれた魔法陣ならぬ魔術陣のようなものが司の下の地面に現れる。
この紫色の紙は、「
何故、そんな使い捨ての貴重品が手続きの機械からでてきたかと言うと、個人個人のそこのダンジョンの最高到達階層に行けるように、機械に
「【
司の体を纏っていった光が司を同じ光の粒子に変えて、ぱっと瞬きをする間に消えた。今、司はダンジョンに入っていったのだ。
◇◇◇
―ダンジョンJ–261 65層
木が生い茂る鬱蒼とした森に転移して来たにも関わらず、司は平然とホログラムのキーボードを弄り配信を開始する。ここらへんの落ち着きは、司が潜ってきたことによる経験が身に付けさせたものだ。
「こんにちは〜、白沼だよー。今回の配信も、前々回、いやもう一個前の配信だったっけ?まあ、その配信から引き続きダンジョンJ–261を攻略していきまーす。」
『こんにちは!』
『こんにちは〜!』
『3回前の配信ですよ〜。』
「3回前の配信で合ってたんだ。コメントしてくれた人ありがと〜。後、常々言ってるけどだいぶヤバそうなダンジョン配信者とか見つけたら書き込んでね。このダンジョン付近だと助け行けるからー。」
配信開始と同時に数千人の視聴者が流れ込んできて、視聴者が配信に対して打ち込んだコメントが表示されるコメント欄には一つ一つのコメントがぎりぎり見える速度で次々と表示されていく。
そのコメントの中にはあまりアンチ、配信者や動画投稿者を嫌いな為にわざわざ配信や動画を荒らしに来る悪質な視聴者は見られず、視聴者の殆どが白沼の配信を楽しみにしてくれていたファンだと分かる。
「というか、配信を見て、この鬱蒼とした森ってのは映えないよねー。なんで、今からぶち抜けると思いまーす。」
『キターーー!』
『配信ペースを考えない配信者の反面教師』
『うーん、この』
コメント欄に書かれているツッコミは無視して、森を抜けるための準備に掛かる。
(…【
まずは、【
近くの大木の一つを蹴り折る勢いで蹴り、数十メートルをその跳躍の勢いで移動する。跳躍の勢いが無くならないように、地面を駆けてスピードを驚異的な勢いで上げていく。
(【
更に、【
『何度見ても飽きないこの神アングル』
『これがなけりゃ白沼の配信はブラウザバックしてる』
何か気になるコメントがあるが…まあいいか。そもそも、司が外見ではファンを獲得していないと言ったが、どうやって司は人気配信者に成り上がったのだろうか?それはこのカメラにある。
普通配信者はカメラに刻まれている追尾術式を起動させて配信をしているのだが、司はカメラの術式を 弄りマニュアル操作をできるようにしたのだ。そのおかげで他の配信者には絶対にできないアングルからの配信が可能となり、人気となったのだ。
しばらくしてようやく森の出口らしき光が見えてきた。あそこは森のかなり端っこの部類だったはずなのにこの距離なのだから、森全体の距離なんて考えたくもない。
「やっと抜けられたー!」
『あんだけ速かったのに15分もかかるなんてデカすぎ』
『ダンジョンさーん規模感ミスりすぎです!』
コメント欄が森を抜けた影響だろうが、瞬間的にかなり動いた。どのぐらいかというと、常人には全部のコメントを見ることは不可能だろうと思わせるぐらいだ。
司はコメント欄がどうなっているか確認した後、森を抜けた先にあった巨大な鉄の建造物に目を向けた。形状としてはドーム状で、直径は1キロを優に超えているらしい。
この建造物の名は「戦宮」と言い、ダンジョンを5層進むごとに「戦将」と言われるボスの魔物とともに自然に生成されている。戦宮の中にいる戦将はダンジョン内にいる普通の魔物たちより段違いに強く、ソロだった場合たとえその層の魔物を普通に倒せる強さだとしても戦宮があったらその層から次に進むのはかなり困難と言われるレベルだ。
「やっと抜けたー!って言ったけど、まだ配信始まって10分も経ってないんだけど…。いや、もう気にしてもしょうがないかぁ。じゃまあ、攻略していきますか。」
戦宮の入口と思われる鉄扉の前で手をかざし魔力を流す。人の手では到底開けれないであろう巨大な鉄扉が少し軋みながら開いていく。
扉が開かれると同時に濃密な魔力の圧が押し寄せてくる。その圧を受けて確実に戦闘のスイッチを入れる。
「お邪魔しますねー。」
誰に向かっているのかは分からないが、呑気な声を出して司は戦宮に足を踏み入れる。中に入って分かるが、何か巨大なものが燃えている。司がそれは何かと疑問に思う暇も与えないように、壁面に設置してある燭台に火がついていく。
そのおかげで燃えているものが何かをようやく理解する。そこにいたのは金色のたてがみ、燃え盛る炎に包まれた皮膚を持った獅子だった。
「っ、まさか、ここまでダンジョンさんに歓迎されてるとはね……。流石に〔陽獅子〕を出してくるのは予想外すぎるな。 」
『うっそだろ、陽獅子かよ!』
『こんな低層階で、しかも昼で出てくるのか…。』
『神枠来ちゃああああああああああ!!!!!』
異常なほどに反応されている〔陽獅子〕とは、一言で言えばダンジョン黎明期の覇者、一言で言わないとするならダンジョン黎明期にダンジョン関連の法律の整備を急務とさせた原因の一端を担っている化け物である。
ダンジョンができ少しした頃だ。現在のSランクに相当する実力者たちが十数人程行方不明になる事件が起きた。政府は一刻も早く原因を解明しなければならない案件だと判断し、調査隊を派遣した。それによって分かった原因がこの〔陽獅子〕の異常なまでに強力な一つの能力だった。
この〔陽獅子〕もといソルレオンの身体的・魔術的スペックはAランクの中位にギリギリ肉薄できるかどうかというレベルなのだが、その一つの能力によってSランクの下位レベルなら殺せるレベルに強化されてしまうのだ。
「グルァァァァァァ!」
「いきなり
ソルレオンが吠えると同時に、司の周り300m程の地面に魔術陣が次々と現れて発動されていく。一つ一つは直径2m程度の火柱を起こす魔術なのだが、これは
ただまあ、さっきも言った通り範囲は決まっているため、その範囲から抜ければ後は攻撃に転じれるわけだ。
「【
魔術陣がソルレオンの放った
一瞬で魔術陣が敷き終わり、数十個の魔術陣が同時に発動する。発動すると一つの魔術陣から滝のように蒼炎がソルレオンに向かって無尽蔵に放たれる。しかも、それが数十個だ。最早ソルレオンが防御のために蒼炎を呼び出しているのではないかと思えるほどに、蒼炎がソルレオンの周りを埋め尽くしていた。
「グルァァァァァァ!」
ただやはり、ダンジョンの歴史に名を刻んだ怪物とあって一筋縄では行かないようだ。皮膚を守るように包んでいた燃え盛る炎を数本に分け鞭のように振り回し、埋め尽くしていた蒼炎を一瞬で術式ごと消し去った。
それを起こした当人は、当然のように無傷の身体を再び炎で包みながらこちらを睨む。その視線には表情からなど察するに不満や侵入者への少しの怒りが込められていたが、対等な相手として見ているようではなくあくまで自分が捕食者で司を餌と感じているらしい。
「まさか魔術の制御ごと蒼炎を一撃で持っていくとは…。陽獅子の名は伊達じゃないな。でも、これなら案外、…っ危なっ!」
仮にも配信なのだから喋らないとと思い、少しばかり呟いていると、その態度にムカついたのかはたまた普通にタイミングが悪かっただけなのかは分からないが、先程の鞭のような攻撃を一本に凝縮させて地面ごと抉り取るように攻撃してきた。
呟きに少し意識を取られて、更にソルレオンの攻撃が範囲が縦に大きかったこともあり、かなり力を入れて跳んでしまう。空中にいる時間が長いほど狙いの的になるため、司は急いで最高到達点だろうという所に魔力の壁を生成し、身体をねじって魔力の壁を蹴り無理矢理地面に戻ろうとする。
「痛って…。」
しかし、ソルレオンは魔術陣を既に展開しており、5つの直径2m程度の火球が司に襲いかかる。地面に戻ることは無理だと判断し、せめて軽減しようと受けるであろう部位を魔力で重点的に纏わせる。
5つの火球と言ってもタイミングはバラバラだったため、実際司に当たったのは1個だった。まあそれでも、威力は十分で司は壁に打ち付けられる。火球に直接触れた左腕は皮膚は爛れ、あまりの熱に指2本が溶けていた。
「単純な火力勝負で勝ちたかったけど…、しょうがない、使うかな。【
左腕の傷を治すのは一旦諦め、魔術で氷剣を作り、指が無いため握れない手を凍りつかせ手と氷剣を無理やりくっつかせる。恐らくソルレオンに叩かれたら折れるだろうが、そんなに耐久を求める気はないため別にいい。更に、魔力をある一点に集中させ
一旦戦闘可能な状態へと可能にし、打ち付けられた壁を思いっきり蹴りソルレオンに一気に近づく。加速魔術を掛けたので、スピードはさっきの比ではない。その証拠にソルレオンの反応が遅れ、炎が身体に纏わりきれていない。
「さっきのかなり痛かったからな…、お返しだ!」
地面を力一杯踏み抜き左腕を前に突き出す。左手の握力が機能しないから威力は劣るが、速度はかなりのものであるため刺さってかなりの傷を与えれるだろう。しかし、そんな自分の危機を防げないほどソルレオンが弱いはずがなく、炎を纏わせるのではなく攻撃へと瞬時に切り替え、司に数本の鞭状の炎が巻き付いてこようとする。
「無駄ぁ!」
「グァ、ァ…」
だが、ソルレオンと同じく司はこんなのにも対処できない程弱くない。先程くっつけた氷の魔晶に魔力を流し、中に封じ込められていた魔力を爆発させる。向かってきていた鞭状の炎が全て凍りつき、ソルレオンの攻撃は無くなる。
そのまま、司の氷剣がソルレオンの足に深々と刺さる。太いソルレオンの右前足にも3分の1まで到達し、思わずソルレオンも苦悶の声を上げる。
「グ」
「取り敢えずお前のターンはまだまだスキップ!」
ソルレオンはその攻撃を受けて、凍りついていた鞭状の炎を他の炎で巻き取り、先程よりも2周りかそれ以上に太い状態で再び攻撃しようと構える。構えたところで司が、刺していた氷剣を斜め右上に斬り上げ右前足をかなり不安定にさせた。それにより、上に跳ぼうとしたソルレオンは踏み切りができず、膝をつく。
予測していた司はもうすでにソルレオンの下から移動しており、右後ろ足を高速で斬り刻む。続いて、右後ろ足もソルレオンは壊れる。
「ルァァ、ァ!」
「うっそだろ、まだやれんのかよ。」
ソルレオンは右側の四肢を壊されながらも、何回目か分からない鞭状の炎の攻撃を仕掛けてくる。司は、今までと同じと思い最低限しか動かない。しかし、鞭状の炎は突然加速し、司が思っていた数倍速く向かってきた。
(見積もりより速いっ)
ギリギリのところで鞭状の炎を避け、後ろに15m程離れる。あの状態からこんな命を奪うような攻撃を放てる力があることに司は驚いた。同時に次は油断しないと一旦呼吸を整え、仕留めに掛かる準備をする。
司が後ろに下がったならば、ソルレオンにも何かをする時間ができる。ソルレオンは司が下がるのを見ると即座に、攻撃に集中させていた炎で身体を包む。
「…やっぱりこいつの魔力特性は厄介すぎるな。」
魔力特性――――
それは、魔力を持っている者の魔力に稀に現れる特殊能力のようなもの。身体を強化する単純なものから複雑怪奇なものまであるが、ほとんどが持ち主の力を強化するものだ。
基本的にこの魔力特性の有無と、強さで
そして、先程言ったソルレオンのある能力とはこの魔力特性の事で、ソルレオンの魔力特性の名は〈硬炎〉と言い、魔力に並の
防御では炎で身体を包めば相手が自分に攻撃できることはほぼなく、攻撃は無数の鞭状の炎ととてつもない範囲攻撃で物量で押し切れるため、厄介ということこの上ないのだ。
「けど、まあ明確な弱点があるだけましか。」
『これで弱点無かったらどんだけ脅威になってたことやら』
『弱点があるのを他のボスたちにも見習ってほしい』
司は少し呆れもこもった声色で呟くと、弱点である氷の剣を左手の他にもう一本【
ソルレオンは動けない身体の代わりに数本の鞭状の炎を使い、完璧に氷の剣を止める。すでに駆け出していた司は、その氷の剣に続いて次々と魔法をソルレオンに撃ち込んでいく。
「【
直径10m級の巨大な氷塊がソルレオン目掛けて次々と勢いよく落とされる。先程と同様に鞭状の炎で捌いていくソルレオンだが、鞭状の炎の合間を縫って数個が直撃する。流石にひとたまりもないようで、一瞬鞭状の炎の動きが止まる。
「はああぁぁぁっ!」
止まった隙を逃さず頭に剣を突き立てると、ソルレオンの巨大な顔面をその突き立てた剣で真っ二つに裂いた。陽獅子と呼ばれ恐れられていると言っても所詮はAランク程度の身体性能なため、頭から真っ二つに裂かれるとどうにもできないらしく息絶えた。
「よし、とりあえず戦宮クリアー!」
『陽獅子さん頭真っ二つに裂かれちゃった…』
『陽獅子「やりすぎ…」』
少々視聴者にどん引かれながらその後も配信は続き、81層に到達して配信は終了した。
◇◇◇
司がダンジョンから出る時には日が落ちかけていた。少し寒いなと感じながら予定を遅らせまいと家へ急ぐ。ダンジョンが山奥だったせいで帰るのに少し時間が掛かったが、予定には遅れない時間に家に着いた。電子錠で部屋の中に入ると司は呟いた。
「〈
現代ダンジョンの攻略法 ろーるけーき @roll_cake
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。現代ダンジョンの攻略法の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます