7-2:★つわものどもが夢の跡
第241話-《ララム》久しぶり。元気してた?
CSたちが案じながらも休養と業務に回っている頃、一人最悪の状況に陥っていた七期生がいた。
そう、消息不明になっていたララムだ。
(あー、くそ。お腹空いたぁ……絶対これスタビー心配してるって……。姉貴がいたからって雑に後付けるんじゃなかった……)
フランジュとレガを先に帰らせた日。ララムが見たのは他ならぬ不仲な姉だった。
ララムのように背丈が高いわけでもない、普通の、ただちょっと大きい声の姉だった。
――あんたは図体がデカいくせにやれることは普通のサイズの人間と同じなの生きてるだけで損ねえ。
――スタビーちゃんみたいにお裁縫ぐらいできるようにしなさいよ! ああ、手がデカすぎるんだっけ?
――行政区に行く!? あんたみたいなデカいだけが取り柄のヤツがなんかできるわけないでしょ!
姉妹二人。家庭環境はだいぶ良くなかった。なんなら姉はムーンベースに所属していたという話もあった。
秘密ではない。話す価値がなかった。
でも、仮にも同じ家で暮らしたそんな相手がボディスーツにガスマスクのカッコイイ姿で歩いていれば気になるものだ。
(ほんとあの人のことに関わるとロクな目に遭わないのマジでさ……はぁ……)
そして、今。彼女は不用心な行動の結果として埃っぽい郊外の廃墟の中に放り込まれて、拘束を受けている。端末は没収、壁には監視カメラ。
なまじ意識があるだけに、時間が引き延ばされてララムをイライラさせる。
(あ~、もう。自分で動けないのが一番ムカつく……飯勝手に食べさせられるの本当……ッ)
特に嫌なのは接続端子に液体ケーブルがくっつけられて、『意識はあるが動きだけ支配されている』状態だということだ。
この液体ケーブルが、どうも質がいい。先っぽのビートダウンの拍動をはっきり伝えてくる。
(そこらのチンピラが手を出せるもんじゃないレベルのやつ……てことは、バックに改良できるいい人材がいるか、もう入荷ルートがっつり構築してるわけ)
今、ララムにできることは三つ。もどかしく、身体を揺する無駄な抵抗。与えられた食事を摂ること。
そして、食事を持ってくる相手にする思考だ。
「ってか、やっぱロクなとこじゃなかったじゃんね……」
がたん……:立て付けがクソな木製のドアが開かれる音。
二度目の食事。時計もないエリアでは、自分の感覚だけが頼りだ。ララムはじっとして、入ってくる女性を見た。
(昨日、ご飯持ってきたやつじゃないな……拍動汚染入ってないか、なしでも完全に思想がねじれちゃってるか……)
暗く長い銀の髪に、冷たく光る紫の瞳。整った肉体を液体ケーブルを加工したと思われる黒基調のボディスーツに収め、その上からジャケットやホットパンツを纏っている。
同性から見ても美しいその女は、しかし、CoL七期生ならば一人の少女を思い出させる。
「は……あんたひょっとして、アイレって名前だったりしない?」
「10番目がお世話になっているそうですね。呼びにくいなら、
「おっと。喋ってくれるんだ……んじゃ、ファーストさんってことで――うわ」
その女の後ろから、ララムに最初の食事を与えたララムの姉もやってきた。ララムは片方の唇を吊り上げて、強気の姿勢を崩さない。
姉はガスマスクに顔を隠しているが、目は青ざめていて拍動汚染状態なのが分かった。
仲間が共有してくれる拍動ログで。実際に戦った己の記憶として。時に仇敵。時に食えない味方。ボディスーツとガスマスク姿のこいつらは、何度も見てきた。
(はぁ……もう疑うまでもなくレゾナンス機関じゃん。あー、嫌だなー……あーしらが華拝みとケンカしてた時に何してたかとか考えたくないな~)
ララムはかなりの確信と共に、そう判断した。そして、己ができる四つ目の行為を見つけた。
口答えだ。
「だったらさ……その人のこと知ってる? 一応、あーしのお姉さんってやつなんだけど」
「『自らの意思で己を捨てた』以外に答える理由はありますか?」
「あー……まあ、いいや。あーしら、家族同士もう干渉しないって約束してるから。自業自得ならいいや」
その冷たい声に、ララムは動けないなりに肩をすくめる真似をした。
拍動が満ちていたとして、誰もが素直に話をしてくれるわけはない。当然だ。
「手荒なことをして申し訳ありません。あなたたちを破壊するつもりはないのです」
「っ、が……。あー、くそ……マジ、で……。い゛っ、ただきます……」
身体が起き上がらされ、勝手にトレーの上に置かれたパンとスープ、そして栄養補給用のエナジーバーを摂り始める。いただきますはオート発言だ。自我があっても、容赦がない。
ララムにできるのは、咀嚼の間に喋る。それだけだ。
「むぐ……。うぅ~……。あんたたち、レゾナンス機関でしょ? あーしらと華拝みがやりあってる間、何してたわけ?」
「……」
「何か話してよ、ファーストさん。他にすることないし」
その言葉に、表情を動かさなかった『最初のアイレ』はかすかに眉を動かした。そして、ここではないどこかを見るように、視線を外へ向けた。
ララムは食事を摂らされながら、じっと動く眼球で彼女を見て、動作を観察する。七期生のそれぞれの適切な距離を知るため、人知れず、観察していたように。
(あ。これ通信してるな……あのお爺さんかな。他に上司いるかな……)
ララムが見ている間に、最初のアイレが視線を戻す。
「どのような回答をお求めですか?」
「そりゃ、知ってること洗いざらい話してほしいけど」
それが無理なのは、最初のアイレの言葉を聞くまでもなかった。彼女から出ている拍動は隠し事を望んでいるのがバレバレだったし、そもそもララムに実力行使の権利がない。
「あんたらさー、どこから来たの? どう考えても暇を持て余すニルヴェイズ郊外の人じゃないじゃん?」
支配されているなりに精一杯つまらなそうに顔を歪めつつ、ララムは問い続ける。最初のアイレは拍動汚染を受けた女構成員と共に部屋を出て行く前、こう答えた。
「確かに、我々はニルヴェイズの外から来たものです。ただ、補給を求めに来たまれびとでしかありません」
「まれびとねえ……なんだっけ、外から来た人でいいんだっけね」
「問題ありません。失礼します。用が済み次第、あなたは解放します。もうしばし、ご辛抱ください」
外より来たもの。部屋を出て行く最初のアイレは、それだけは否定しなかった。が、それ以上のお話をしてくれることはなかった。
(意識がない状態で日常生活できるのが、楽なのは分かるけどね)
孤独なまま、残りの食事を強いられ続けるララムは、ただただ暇だった。なまじ意識があることで生まれる『暇』というのは、意外と苦痛だ。
そんな彼女の環境に変化が起きたのは、食事の最中だった。
男のささやき声が一人寂しく摂食行為を強いられるララムの耳に届いたのだった。
――よう。聞こえるか? 探すのに手間取っちまった……悪いな。
その辺の壁に組み込まれた液体ケーブルから聞こえてくる。情報の押しつけがない、拍動のないただの音声。これが出せて、自分を探している知り合いなど、ララムは一人しか知らなかった。
「うおっ、ディーパイセン!? どっから……!?」
――しーっ……そのまま食ってな。どうせ、お前の拍は俺には聞き取れねえ。俺にできんのは液体ケーブルから音だけ伝える、『耳打ち』だけだ。
「……」
――良い子だ。
格好付けてんなと思いながら、ララムはスープを喉に押し流しながら耳だけそばだてる。視線は監視カメラだ。ディーは、おそらくこの監視カメラを介して自分を探してくれたのだろう、とんでもねえやつだと思いながら。
――今、オーインさんがスタビーたちを連れてそっちに向かってる。お前がビートダウンで行動を制限されてんのは伝えてある。もうすぐ到着する。そのまま良い子で待ってな。以上。
(パイセン実は前線に出ない方が戦績いいんじゃね?)
通信はそれだけ。だが、ララムはいつもの悪友たちが側に来ていると知って、ほっとした。
その安堵の息は丁度スープを飲み干した『おいしかった』の拍動に紛れて、丁度いい感じでごまかされたのだった。
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