第4話 異世界に持ってきたかった便利道具ランキング
(“あったらいいな”は、たいていこっちにない)
異世界生活、三日目。
朝。
目が覚めてまず思うことは、だいたい同じだ。
「……ああ、やっぱりここ、異世界なんだなぁ」
周囲は草原。鳥の鳴き声。青すぎる空。空気だけはやたらに美味しい。
けれど、寝床は地面。枕はカバン。掛け布団は、朝露。
文明とは何かを、今さらながら痛感する。
「昨日までは、まぁ“非日常”だったけど……」
レイはぼんやりと呟いた。
「今日から、“日常”だな、これが」
受け入れた。というより、あきらめた。
転移して三日目ともなると、妙に順応する。人間って、そういう生き物だ。
「というわけで今日は、“この世界に足りないもの”を数えてみようと思う」
◆
ランキング第5位:ハンガー
「濡れた靴下、干す場所がない」
ちょっと湿った靴下を枝にかけながら、レイは空を見上げた。
干せば乾く。けど、形が崩れる。あと、風で飛ぶ。
「昨日はトトのしっぽに巻いたら怒られたしな……」
「怒ったんじゃなくて、くすぐったかっただけ」
「それは怒ってる部類なんですよ、たぶん」
トトは相変わらず、レイの肩に乗ったままぬくぬくしていた。
ランキング第4位:粘着フック
「袋、吊り下げたい場面、意外と多い」
ちょっとした荷物とか、草で編んだ袋とか、置く場所がないのが意外と不便。
地面は濡れてるし、虫も来る。
「木の幹に引っかけたいけど、引っかからないし、落ちるし、落ちて誰かの足に当たって“いたっ”て言われるし」
「それわたしだよ」
「知ってます」
トトはふにゃーっと伸びながら、枝の上へ移動した。
精霊なのに、割と物理法則に従うタイプ。
ランキング第3位:コンビニ
「夜中にちょっとお腹空いた時、食べるものが……」
異世界に自販機はない。当たり前だけどない。
夜、腹が減っても、狩りをするスキルも知識もない。
昨日の晩ごはんは、トトが拾ってきた謎の果実。
食べたあとに「おなか痛くならないといいね」と言われて、真顔になった。
「コンビニって、神だったんだな……」
「でしょ?」
「トト、コンビニ知ってるの?」
「転移者から聞いた。あと、おにぎりの“梅”が一番うまいって言ってた」
「……その人とは仲良くなれそう」
ランキング第2位:ベッド
「地面は、慣れるとそれなり。でも、腰は正直」
夜中に3回くらい目が覚める。
朝起きたときの「イタタタタ」は、テンプレート。
「トト、精霊って腰痛ある?」
「あるよ? とくに長時間人間の肩に乗ってると、地味にくる」
「遠慮って言葉をですね……」
「肩がね、意外と硬いんだよね。骨張ってて。もうちょっと肉つけなよ」
「それ完全に悪口ですよね?」
ランキング第1位:風呂
「これは、もう、圧倒的。完全優勝。殿堂入り」
異世界の水事情は悪くない。川もある。泉もある。
でも“お湯”がない。“石けん”がない。“風呂桶”がない。
「つまり、風呂がない」
「お前、すごく濃縮した結論出したな」
「これは全異世界民が頷く内容だと信じてる」
文明とは、風呂である。温もりである。
わかる人にはわかってもらえると思う。
◆
こうして一日を過ごしながら、レイはひとつの仮説に辿り着く。
「つまり、“日用品”が異世界で一番売れるのでは?」
戦闘用の武器でもなく、魔法の秘薬でもなく――
干せる物とか、吊れる物とか、柔らかい寝具とか。地味で便利なものたち。
「転移者はたいてい冒険しがちだけど、案外こういう需要のほうが強いのでは」
「つまり、レイの商売方針は“異世界便利グッズ屋”に?」
「……なんかそれ、ちょっとワクワクしてきた」
「なら、今から素材集めに行こうよ。ほら、あっちの森にキノコとか落ちてるし」
「……あのキノコ、昨日吐いた鳥がいたんですけど」
「え、食べたの?」
「いや、見てただけです」
「じゃあセーフじゃん」
いや、アウト寄りだと思う。
でも、まぁ――
「こうやって、毎日ちょっとずつ“今日を生きる方法”を見つけていくのかもしれないな」
異世界の空は、相変わらずやたらに青い。
その下で、レイの“救わない”旅は、今日もゆるやかに続いていく。
次回、第5話「薬草は採るより買うものです」
草むらで3時間探して思った。「これ、買ったほうが早い」。
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