第4話 異世界に持ってきたかった便利道具ランキング

 (“あったらいいな”は、たいていこっちにない)


異世界生活、三日目。


朝。

目が覚めてまず思うことは、だいたい同じだ。


「……ああ、やっぱりここ、異世界なんだなぁ」


周囲は草原。鳥の鳴き声。青すぎる空。空気だけはやたらに美味しい。


けれど、寝床は地面。枕はカバン。掛け布団は、朝露。

文明とは何かを、今さらながら痛感する。


「昨日までは、まぁ“非日常”だったけど……」


レイはぼんやりと呟いた。


「今日から、“日常”だな、これが」


受け入れた。というより、あきらめた。

転移して三日目ともなると、妙に順応する。人間って、そういう生き物だ。


「というわけで今日は、“この世界に足りないもの”を数えてみようと思う」



ランキング第5位:ハンガー


「濡れた靴下、干す場所がない」


ちょっと湿った靴下を枝にかけながら、レイは空を見上げた。

干せば乾く。けど、形が崩れる。あと、風で飛ぶ。


「昨日はトトのしっぽに巻いたら怒られたしな……」


「怒ったんじゃなくて、くすぐったかっただけ」


「それは怒ってる部類なんですよ、たぶん」


トトは相変わらず、レイの肩に乗ったままぬくぬくしていた。


ランキング第4位:粘着フック


「袋、吊り下げたい場面、意外と多い」


ちょっとした荷物とか、草で編んだ袋とか、置く場所がないのが意外と不便。

地面は濡れてるし、虫も来る。


「木の幹に引っかけたいけど、引っかからないし、落ちるし、落ちて誰かの足に当たって“いたっ”て言われるし」


「それわたしだよ」


「知ってます」


トトはふにゃーっと伸びながら、枝の上へ移動した。

精霊なのに、割と物理法則に従うタイプ。


ランキング第3位:コンビニ


「夜中にちょっとお腹空いた時、食べるものが……」


異世界に自販機はない。当たり前だけどない。

夜、腹が減っても、狩りをするスキルも知識もない。


昨日の晩ごはんは、トトが拾ってきた謎の果実。

食べたあとに「おなか痛くならないといいね」と言われて、真顔になった。


「コンビニって、神だったんだな……」


「でしょ?」


「トト、コンビニ知ってるの?」


「転移者から聞いた。あと、おにぎりの“梅”が一番うまいって言ってた」


「……その人とは仲良くなれそう」


ランキング第2位:ベッド


「地面は、慣れるとそれなり。でも、腰は正直」


夜中に3回くらい目が覚める。

朝起きたときの「イタタタタ」は、テンプレート。


「トト、精霊って腰痛ある?」


「あるよ? とくに長時間人間の肩に乗ってると、地味にくる」


「遠慮って言葉をですね……」


「肩がね、意外と硬いんだよね。骨張ってて。もうちょっと肉つけなよ」


「それ完全に悪口ですよね?」


ランキング第1位:風呂


「これは、もう、圧倒的。完全優勝。殿堂入り」


異世界の水事情は悪くない。川もある。泉もある。

でも“お湯”がない。“石けん”がない。“風呂桶”がない。


「つまり、風呂がない」


「お前、すごく濃縮した結論出したな」


「これは全異世界民が頷く内容だと信じてる」


文明とは、風呂である。温もりである。

わかる人にはわかってもらえると思う。



こうして一日を過ごしながら、レイはひとつの仮説に辿り着く。


「つまり、“日用品”が異世界で一番売れるのでは?」


戦闘用の武器でもなく、魔法の秘薬でもなく――

干せる物とか、吊れる物とか、柔らかい寝具とか。地味で便利なものたち。


「転移者はたいてい冒険しがちだけど、案外こういう需要のほうが強いのでは」


「つまり、レイの商売方針は“異世界便利グッズ屋”に?」


「……なんかそれ、ちょっとワクワクしてきた」


「なら、今から素材集めに行こうよ。ほら、あっちの森にキノコとか落ちてるし」


「……あのキノコ、昨日吐いた鳥がいたんですけど」


「え、食べたの?」


「いや、見てただけです」


「じゃあセーフじゃん」


いや、アウト寄りだと思う。


でも、まぁ――


「こうやって、毎日ちょっとずつ“今日を生きる方法”を見つけていくのかもしれないな」


異世界の空は、相変わらずやたらに青い。

その下で、レイの“救わない”旅は、今日もゆるやかに続いていく。






次回、第5話「薬草は採るより買うものです」

草むらで3時間探して思った。「これ、買ったほうが早い」。


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