第3話 精霊は値切り上手

(小さくても、交渉力は大きな武器になる)


異世界生活、二日目。


朝起きてまず思ったのは、

「地面って、意外と冷えるな」ということだった。


【レイ】「あと、枕がないとこんなに首って痛くなるんだな……」


草まくら、敗北。


レイはのそのそと起き上がり、昨日拾った赤い果実を見つめた。

とりあえず、今日の朝食兼、商品である。


【レイ】「この世界、まず食料と通貨の確保からだな……あと、睡眠環境……」


独り言をつぶやきながら、小石を並べて即席の露店を作った。

商品数:1。棚:地面。販売員:本人。


【レイ】「……ここまで来ると、逆に潔いな」


 



1時間経過。


客はゼロ。虫は5匹。あと風がちょっと強い。


【レイ】「まさか、売り上げゼロで倒産ってある……?」


そう考えていたそのとき。


【トト】「おーい、それ、いくらー?」


ぴょこんと現れたのは、小さな猫……のような何かだった。

毛並みはふわふわ。浮いている。しゃべっている。


【レイ】「……精霊?」


【トト】「そう。わたし、トト。で、そのリンゴ、いくら?」


【レイ】「銀貨5枚……です」


【トト】「高っ! 銀貨3枚が相場でしょ」


【レイ】「その“相場”、どこ調べですか」


【トト】「昨日、となりの村で似たやつがそれくらいだった」


【レイ】「その店、値付けミスってません?」


【トト】「むしろ、あんたがボッてるだけじゃない?」


【レイ】「精霊って、思ったよりストレートなんですね……」


 



【トト】「じゃあ、銀貨3枚で売って?」


【レイ】「……まあ、売れ残るよりはマシか。いいですよ」


【トト】「やった!」


【レイ】「本当は5枚って言いながら、即3枚で折れるあたり、僕も大概ですね」


【トト】「値切りに弱いタイプって、精霊的には好感度高いよ?」


【レイ】「精霊的って何……?」


 


代金は、銅貨15枚で支払われた。

細かい。しかもすべて微妙に湿っていた。


【レイ】「これ、どこから出してきました?」


【トト】「ポーチの奥。最近あんまり整理してなかった」


【レイ】「その情報、いるかな……?」


 



トトは、もらった果実をひとかじりして、ふにゃっと笑った。


【トト】「うん。まあまあ。ちょっと酸っぱいけど、皮は薄いから食べやすい」


【レイ】「急に食レポ始まった」


【トト】「昨日ドラゴンからもらったやつより、味は軽いね」


【レイ】「昨日ドラゴンに会ったの?」


【トト】「うん。ちょっとだけ果実の話した」


【レイ】「なんか、異世界って広いようで狭い気がしてきたな……」


 


そのままトトは、レイの肩に乗った。ふわふわであたたかい。


【トト】「今日から、わたしの営業パートナーね」


【レイ】「いきなり乗ってこられて、それはさすがに……」


【トト】「リンゴ安く売ってくれたし、商売センスあるよ」


【レイ】「それ、値崩れしてるだけでは?」


【トト】「あと、わたし、値切り得意だから。最高のコンビじゃん?」


【レイ】「値切ってくる側と、それに折れる側のコンビって、成立するんですかね……」


 



その後も、トトは勝手に商売計画を立て始めた。


【トト】「次はキノコ売ってみようよ。形が面白いやつあったし」


【レイ】「いや、それ毒キノコかもしれないし……」


【トト】「売れなかったら飾りってことにすればいいじゃん」


【レイ】「命がけのインテリアって誰が買うんです……」


【トト】「じゃあ今度、怪しいポーションのフリして透明な水売ってみようか」


【レイ】「詐欺の話してます?」


【トト】「“演出”だよ。“雰囲気”ってやつ」


【レイ】「そのあたり、境界線が曖昧すぎて逆に怖い」


 



気づけば、レイはもうツッコミすら面倒になっていた。

肩の上ではトトがくつろぎながら、さらに無茶な商売計画を練っている。


【トト】「ねえレイ、今度、“友情の証”とかいう名前の小石売ってみない?」


【レイ】「それもう、気力が残ってる人じゃないと買ってくれないと思う」


【トト】「大丈夫、“友情っぽい”オーラ出しておけば伝わるよ」


【レイ】「オーラって、出せるものなんですか」


【トト】「雰囲気大事って、さっき言ったじゃん」


【レイ】「言ったの君じゃん……」


 



こうしてレイの異世界商人生活は、

トトという“値切り全振りふわふわ爆弾”とともに始まった。


スキルは“話を聞いてもらえる”だけ。

でも、ツッコミだけはなぜか日々レベルアップしていく。




次回、第4話「異世界に持ってきたかった便利道具ランキング」

文明が恋しい今日この頃。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る