第3話 精霊は値切り上手
(小さくても、交渉力は大きな武器になる)
異世界生活、二日目。
朝起きてまず思ったのは、
「地面って、意外と冷えるな」ということだった。
【レイ】「あと、枕がないとこんなに首って痛くなるんだな……」
草まくら、敗北。
レイはのそのそと起き上がり、昨日拾った赤い果実を見つめた。
とりあえず、今日の朝食兼、商品である。
【レイ】「この世界、まず食料と通貨の確保からだな……あと、睡眠環境……」
独り言をつぶやきながら、小石を並べて即席の露店を作った。
商品数:1。棚:地面。販売員:本人。
【レイ】「……ここまで来ると、逆に潔いな」
◆
1時間経過。
客はゼロ。虫は5匹。あと風がちょっと強い。
【レイ】「まさか、売り上げゼロで倒産ってある……?」
そう考えていたそのとき。
【トト】「おーい、それ、いくらー?」
ぴょこんと現れたのは、小さな猫……のような何かだった。
毛並みはふわふわ。浮いている。しゃべっている。
【レイ】「……精霊?」
【トト】「そう。わたし、トト。で、そのリンゴ、いくら?」
【レイ】「銀貨5枚……です」
【トト】「高っ! 銀貨3枚が相場でしょ」
【レイ】「その“相場”、どこ調べですか」
【トト】「昨日、となりの村で似たやつがそれくらいだった」
【レイ】「その店、値付けミスってません?」
【トト】「むしろ、あんたがボッてるだけじゃない?」
【レイ】「精霊って、思ったよりストレートなんですね……」
◆
【トト】「じゃあ、銀貨3枚で売って?」
【レイ】「……まあ、売れ残るよりはマシか。いいですよ」
【トト】「やった!」
【レイ】「本当は5枚って言いながら、即3枚で折れるあたり、僕も大概ですね」
【トト】「値切りに弱いタイプって、精霊的には好感度高いよ?」
【レイ】「精霊的って何……?」
代金は、銅貨15枚で支払われた。
細かい。しかもすべて微妙に湿っていた。
【レイ】「これ、どこから出してきました?」
【トト】「ポーチの奥。最近あんまり整理してなかった」
【レイ】「その情報、いるかな……?」
◆
トトは、もらった果実をひとかじりして、ふにゃっと笑った。
【トト】「うん。まあまあ。ちょっと酸っぱいけど、皮は薄いから食べやすい」
【レイ】「急に食レポ始まった」
【トト】「昨日ドラゴンからもらったやつより、味は軽いね」
【レイ】「昨日ドラゴンに会ったの?」
【トト】「うん。ちょっとだけ果実の話した」
【レイ】「なんか、異世界って広いようで狭い気がしてきたな……」
そのままトトは、レイの肩に乗った。ふわふわであたたかい。
【トト】「今日から、わたしの営業パートナーね」
【レイ】「いきなり乗ってこられて、それはさすがに……」
【トト】「リンゴ安く売ってくれたし、商売センスあるよ」
【レイ】「それ、値崩れしてるだけでは?」
【トト】「あと、わたし、値切り得意だから。最高のコンビじゃん?」
【レイ】「値切ってくる側と、それに折れる側のコンビって、成立するんですかね……」
◆
その後も、トトは勝手に商売計画を立て始めた。
【トト】「次はキノコ売ってみようよ。形が面白いやつあったし」
【レイ】「いや、それ毒キノコかもしれないし……」
【トト】「売れなかったら飾りってことにすればいいじゃん」
【レイ】「命がけのインテリアって誰が買うんです……」
【トト】「じゃあ今度、怪しいポーションのフリして透明な水売ってみようか」
【レイ】「詐欺の話してます?」
【トト】「“演出”だよ。“雰囲気”ってやつ」
【レイ】「そのあたり、境界線が曖昧すぎて逆に怖い」
◆
気づけば、レイはもうツッコミすら面倒になっていた。
肩の上ではトトがくつろぎながら、さらに無茶な商売計画を練っている。
【トト】「ねえレイ、今度、“友情の証”とかいう名前の小石売ってみない?」
【レイ】「それもう、気力が残ってる人じゃないと買ってくれないと思う」
【トト】「大丈夫、“友情っぽい”オーラ出しておけば伝わるよ」
【レイ】「オーラって、出せるものなんですか」
【トト】「雰囲気大事って、さっき言ったじゃん」
【レイ】「言ったの君じゃん……」
◆
こうしてレイの異世界商人生活は、
トトという“値切り全振りふわふわ爆弾”とともに始まった。
スキルは“話を聞いてもらえる”だけ。
でも、ツッコミだけはなぜか日々レベルアップしていく。
次回、第4話「異世界に持ってきたかった便利道具ランキング」
文明が恋しい今日この頃。
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