第2話 ドラゴンよりリンゴが美味しい
(憧れより、好きな味でいい)
――昼下がり。空は青く、鳥が飛び、草は揺れ、そしてドラゴンが降りてきた。
いきなり命の優先順位テストが始まる空模様である。
しかもこちら、まだ転移初日。武器も魔法もない。スキルは「話を聞いてもらえる」という、非常に控えめなスタートダッシュ仕様。
この状況でドラゴン。
ちょっと異世界、空気読んで?
大地にドン、と降り立ったドラゴンは、火を吐くでもなく雄叫びをあげるでもなく――
ただ、一本のリンゴの木を見つめていた。
……いや、ガン見していた。
その真剣な眼差しは、戦意でも敵意でもなく、
どう見ても「どれが一番甘そうかな」ってやつ。
異世界一発目の邂逅が、まさかのフルーツの品定めになるとは、誰が予想しただろう。
ドラゴンはそっと前足を伸ばし、
一番赤く熟したリンゴを器用にもぎ取った。
そのしぐさが思いのほか繊細で、「大型モンスターなのに手先が器用」という謎の萌えポイントを叩き出す。
そして、重々しい声でこちらに問う。
「この果実、貴様のものか?」
……喋った。
いや、まずそこに驚こうよ。
火を吹かないどころか、ちゃんと確認を取るスタイルだったこのドラゴン。
異世界、やっぱりどこかで優しさこぼしてくる。
「い、いえ。どうぞ、お召し上がりください」
レイは、ぎこちないながらも答える。
“話を聞いてもらえる”スキルが今、フル稼働しているらしい。
会話が通じるだけで、こんなに安心感あるのか……。
初めて役立った気がして、ちょっと嬉しかった。
ドラゴンはリンゴを見つめ、そして……小さく、ため息をついた。
「……実は、肉よりリンゴが好きなのだ」
なんだこの異世界、急にヘルシー志向か。
強者のくせに、好物がまさかの果物。
健康診断か何かを気にしてるんだろうか。
そのまま、ドラゴンはリンゴをひとくち。
シャリッ――と心地よい音が響く。
大地が揺れ、空気が緊張……なんてことはなく、
ただ「おいしいリンゴに満足するおじさん」のような穏やかな雰囲気が流れた。
「……うむ。良い熟し方だ」
なぜか評価までしてくれた。
別にレイが育てたわけでもないのに、ちょっと誇らしい気分になるから不思議である。
ドラゴンは、もう一つリンゴを拾い上げ、空へと飛び立った。
戦いはなかった。傷もなかった。
あったのは、木の下に残された、ひとつのかじり跡だけ。
たぶん、あれがこの世界での**最初の“交流”**ってやつなんだろう。
◆
今日のまとめ:
戦わなくても、伝わることはある。
大きな体に、小さな優しさ――
異世界で最初に出会ったのは、思ったより繊細なドラゴンでした。
次回、第3話「精霊は値切り上手」
登場するのは、小さくて、ふわふわで、態度がでかい系。
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