豆の教室 1
輝かしい朝日が溢れる頃、
自由に制服を着こなすのが、この学院の流儀。オーダーメイドのブレザーに、さりげないブランドのアクセント。歩くだけで注目を集める彼らは、政財界の後継者、芸能一家の愛娘……名前を言えば誰もが黙るような家の子ばかり。
最近話題なのは、もちろんQS(クイーン・セレクション)。女子の頂点を決める、一年で最もホットで残酷な審美戦。エステ予約は争奪戦、ヘアケアは週四回、ダイエットは戦略的グループ制。鏡に映る自分に「勝てる?」と問いながら、彼女たちは今日も戦場へと足を踏み入れる。
厳かで壮麗な学内は写真映えする場所ばかり。気に入ったフォトスポットを見つけたら「#OOTD」のハッシュタグを付けて、自信たっぷりの装いをSNSへ。ファイナリストとしてステージを闊歩するその日まで、彼女たちの愛らしくて熾烈な競争の日々は続くのだ。
一方、そんな熱意ある彼女たちとは真反対に、今朝も適当に撮った代わり映えのない「#OOTD」を投稿するのが私である。
五月もそろそろ終わろうとしている今日の朝は、曇りガラス越しのような陽光が、通学路を静かに染めていた。投稿を済ませた私は携帯をしまい、目の前の横断歩道へ顔を上げる。向かい岸の歩行者用信号には、まだ赤色がともっている。
歩道の縁には土から這い出た蟻が列をなして動いていた。その細い行列の上を、女子小学生が無邪気に跳ねている。
「見て見て。いっぱい潰れた!」
「キモ。キモ!」
高らかに笑い、友達同士の遊びを楽しんでいるようだ。彼女たちが地面を踏むたび、色違いのランドセルも小さな背中の上で弾んでいる。
「またなの⁉」
深みのある赤いカーペットの敷かれた階段に座り込んで、上級生の女子グループが悲鳴を上げた。愕然と目と口を広げている彼女たちが一心に見つめているのはスマートフォン。
スマホの普及率は世間的にはまだ高くないが、新し物好きが集う青嶺に至っては、スマホを持つ生徒の方がすでに優勢になりつつある。
「また
青嶺女子たちが今朝SNSに投稿した「#OOTD」は、閲覧数、「♡」とコメント数に基づいてランキング化され、四限の終了時刻きっかりに、その人気ランキングがVIPで発表される。VIPとは、青嶺の情報が多く扱われる非公式サイトだ。
今日の一位もやはり彼女だった。気品のあるライラック・カラーのセットアップに、足元はマノロの新作。背景に選ばれたのは、旧図書館のステンドグラス前。朝日の角度まで計算された一枚。
せっかく整えられた髪をかき乱すほど苦悩している先輩たちをこっそり横目にしながら通り過ぎ、私は階段を下りていく。
「QSに参加しない青嶺女子に人権はない」。そんな中等部の従妹の苦言に従い、急ごしらえのSNSアカウントで一応私も毎日「#OOTD」の投稿はしているものの、そのまま学校のパンフレットにだって掲載できるような模範的な制服の着こなし写真なんて誰にも求められていない。当然ランキングはいつも「圏外」で、その事実に落胆も何もなく、誰にも拍手を求めない無名のエキストラ──それが私だった。
私というのは、とことん薄い人間である。影が薄い。幸が薄い。存在が薄い。
小学生の頃は、休み時間に明智小五郎を読みふける子どもだった。本の続きが気になって仕方がなかったわけではない。私と遊んでくれる友達がクラスにいなかったからだ。
外見、地味。テストの点、平均。足、遅い。ドッジボール、アウト専門。内野への復活を果たした経験なし。絵は小学校二年生以降、成長が見られない。
どこを切り取っても冴えない人間であるが、唯一、同級生に私という存在を知らしめたエピソードが小学校時代にある。進級後の新クラスで、話しかけてくれた女子にゲロを放った。翌日から胃腸炎で欠席。以上。
特に嫌われているわけでもなかったが、好かれてもいなかった。体調不良で嘔吐してしまった児童を「ゲロ女」と呼ぶ鬼畜は同級生にいなかったが、それでもいつの間にか私を「
「豆」
廊下で呼び止められ、振り返るとクラスメートの
最近テイラー・スウィフトに夢中らしい彼女は、明るく染めたばかりの金髪を伸ばしている最中なのだと先日同じグループの子に大声で語っていた。髪色もファッションもテイラー風。けれどネイルはギターには不向きな長さで、パールやリボンが埋め込まれたジェルネイルの指先が、私に本を一冊差し出した。
「これ返す」
「……あ。私、今週は当番じゃなくて」
私の言葉に、彼女はまるでいきなりスペイン語でも聞かされたかのように、きょとんとした顔をした。
「でも図書委員でしょ? いいじゃん。お願い」
ジェイン・オースティンの「エマ」の下巻を胸元に押し込むようにされてしまえば、私は断る理由を探すより先に曖昧な笑みを浮かべてしまっていた。
「分かった」と小さく答えて本を受け取る。そんな私を、アイラインの強くなった瞳で彼女はじっくりと見据えていた。
「豆って休みの日も化粧しないの?」
声の調子は軽く、ただの疑問のようだった。青嶺学院には見た目に気を配る子が多い。髪形、メイク、ネイル、ファッション。それら全てが大勢に見られることを前提に毎朝整えられている。そんな中で、私みたいなのは極少数だった。
青嶺では休み時間中の外食が許されているが、充実したビュッフェが好評を博し、学内のカフェテリアはいつでも大盛況を見せている。グループで集う生徒ばかりのそこを一人で進む私は、まるで群れからはぐれた鰯のようである。
「
不意に飛び込んできた名の響きに私は目を向ける。ランチのトレイを持った女子グループが楽しそうに話しながら通り過ぎていった。私は目を戻し、メールに従って奥へ奥へと進んでいく。
「カフェテリアの窓際のソファ席にいるね」。それが先ほど従妹から送られてきたメールだ。書いてある通りの場所に差しかかると、確かに従妹の姿は認められたが、ただ、問題が一つ発生した。
「はあ? 大体お前ら中等部だろうが。何で高等部に来てんだよ」
「家に財布忘れたから、高等部の従姉に持ってきてもらってるんです。ここで受け取る約束だから来たんですよ。そもそも中等部生でもカフェテリアの利用はオーケーのはずですけど」
クラスメートの
主に言葉の応酬をしているのはその二人。けれど、それぞれに連れがいて、折笠さんの連れの
対して楓華ちゃんの連れの子たちは、上級生の剣幕に及び腰になっている様子だ。つまり楓華ちゃんだけで孤軍奮闘している。
戸惑っているうちに、楓華ちゃんと目が合った。しかし彼女は私に何を期待したわけでもないようで、すぐに目を戻して口論を続ける。
戦力外通告を暗に示されたとはいえ、我関せずにいるのも居た堪れない。私は恐々彼女たちへ進んだ。
「あの、何かあったの。この子、私の従妹で」
たっぷりマスカラの塗られた折笠さんの目が、刺すように私を射抜いてくる。その視線で彼女のイラ立ちが私にも向けられたことを感じ、思わず身をすくめた。
「は? 従姉って豆だったの」
「……そう」
「親戚なら何とかしてよ。私らの席にこいつらが座ってんだけど」
かつんと白いグラデーションの付け爪がテーブルを叩く。
周りの人たちは私たちのやり取りに興味津々で、ちらちらと視線を向けてきていた。中には、笑いを堪えているのか、口元を押さえる人もいる。
「だから予約制でもないし、誰の席でもないって言ってるじゃないですか」
「いつも私らが座ってんだよ。それ分かってるから周りもこの席には座らないし。つうか財布来たじゃん。受け取ってさっさと帰れば?」
「今日はここで食べるんで。先輩たちこそ、さっさと他の席探したらどうですか」
楓華ちゃんはこれ以上のやり取りは拒否すると言わんばかりに、力強く椅子に腰を下ろした。
一方、後輩にそんな態度を取られ、折笠さんはいよいよ頭に来たようだった。私は慌てて口を挟む。
「楓華ちゃんの言う通り予約制ではないし。先に楓華ちゃん達が座ってたなら、どくよう強制されるのはおかしいんじゃ……」
言葉にした瞬間、私の心に冷たい汗が流れた。折笠さんには逆効果──状況が悪化するのが目に見えて分かる。案の定、折笠さんの目がぎろりと剥かれた。
「何。私が間違ってるって言ってんの、豆」
「いや……」
「アンタは人に文句つける前に、そのダッサい見た目をどうにかしたら」
折笠さんの言葉を聞いて、阿万田さんが途端に噴き出した。大口で笑いながら、両手を打ち鳴らす。言うね! と折笠さんを煽らんばかりだ。
「ちょっと。何なの一体」
きりりと引き締まった声に呼びかけられ、振り返った折笠さんが目を丸くする。「うらら」と、彼女がその名前を呟いた。
「こいつらが私らの席に座ってんだよ」
折笠さんの説明を受け、来たばかりの天吹さんは私と楓華ちゃんに目を配った。彼女の瞬きのたびに、あふれ落ちそうなほどの長い睫毛が光を受けて輝く。果実のように瑞々しい唇が花開いた。
「中等部ね。何年生?」
「三年ですけど」
「だったら私のことを知ってるはず。ここは私の席よ」
おもむろにテーブルににじり寄る天吹さんの、白魚のような手がテーブルに添えられた。
「普通ならどかせるところだけど、今回だけ特別に使わせてあげる。今日のメニュー、好みじゃないの。そのいかにもお下がりって感じのプラダと同じくらいに」
天吹さんの一撃は、楓華ちゃんに深く突き刺さった。楓華ちゃんの顔が一瞬の後、怒りに変わる。その様子は、まるで火花が散るようだ。
しかし天吹さんはそれ以上は付き合わず、颯爽と身をひるがえした。
「行くわよ」
先を行く天吹さんに従って、折笠さんはじろりと楓華ちゃんを睨んでから後をついていく。
カフェテリアを後にする天吹さんの姿を食堂にいる人たちが振り返るように見ていた。さながら彼女が舞台の主役であるかのように。女王の一挙手一投足を見守る国民のように。
とりあえず嵐は去ったらしい。ほっとした私は楓華ちゃんに財布を差し出した。
「はい」
「あー。ありがとう」
受け取る楓華ちゃんとは目が合わない。それは私が立っていて、楓華ちゃんは座っているから、その高低差のせいというわけではなく、楓華ちゃんが意図的に目線を下げているからだ。
対照的に、楓華ちゃんの友人たちは興味深げに私を見ている。その視線が心地の良いものではないと肌に感じられた。
「じゃあ、またね」
「うん」
短く返される。一応、身内だから遠慮はしてくれているようだけれど、楓華ちゃんが私を好きでないことは再会してすぐに気づいたことだった。昔一緒に遊んでいた小さい頃と、今の私達の関係はもう違う。
昔は好きなものも苦手なものも同じだった。リカちゃん人形が好き。シルバニアが欲しい。一緒に行った旅行では、買ってもらったポラロイドカメラのおもちゃで何枚も写真を撮り合った。
一歳の差なんて大した差でなく、双子みたいだねとよく周りの大人に言われたものだ。
今はそうは見えないだろう。母同士が姉妹とはいえ、私と楓華ちゃんの顔立ちは全く違う。服を買う店も、休日の過ごし方も違くなった。
高校進学とともに地元を離れて上京した私を預かってくれたのが楓華ちゃんの家だ。久しぶりと挨拶した私に、楓華ちゃんは久しぶりと少し低くした声で返した。ファッション。ノーメイクの顔。髪型。持ち物。一目見て話が合わないと判断した空気があった。
私と話す時よりも、友達とのメールや、ファッション誌を見ていた方が楓華ちゃんの目は輝く。昔、猫ふんじゃったを何度も二人で連弾していた頃──ただ同じ楽譜をリピートしているだけなのに、お互い確かに楽しんでいて、相手に知らせず急に速さを変えたり、それに食らいついていったりして、笑いが止まらなかった。
だけど今、楓華ちゃんが私に笑うことはない。それは必ず別の物に向けられていて、彼女の中で私の存在なんてもう無いかのように薄まってしまっているのを感じていた。
「ほんとだ。従姉、マジでタイプ違うね」
私が辞去した後、楓華ちゃんに対して友人が囁く。「でしょ」と答え、地味な身内の話は体裁が悪いので、楓華ちゃんは早く話を打ち切ってしまおうと両手を叩いた。
「それより
「そういうのって14歳までの祝い方じゃない? 15の誕生日は、もっと特別にしないと」
はしゃぐ楓華ちゃんの提案を、自信と誇らしさの混じる笑いで受け止めたのは、当日の主役本人だった。彼女はヴィトンのバッグに忍ばせていた洋封筒を取り出し、手早く、楓華ちゃんら一人一人に手渡す。
それが招待状であることはすぐに分かったが、去年までの水玉模様だったりチェリーピンクだったりした可愛らしいデザインと違って、今年は黒一色のシックな意匠。静かな光沢を放つそれが、紙とは思えぬ艶で少女たちの瞳を誘っていた。
「クラブ貸し切った。親抜き。友達だけ。騒ぎ放題」
熱のこもった歓喜が一瞬で弾ける。しかし明日香は手をさっと上げてそれを制し、空気が静まると、声を落として続けた。
「口外禁止と持ち込み限定って条件で、飲酒も目をつぶってくれるって。みんな、好きなの持ってきていいよ」
その囁きは甘美な秘密のようだ。女の子たちは再び盛り上がり、喜びと期待に目を輝かせる。
その輪の中にいながらも、楓華ちゃんだけが黙っていた。笑顔は崩すことなく、それでいてどこか離れた場所にいるような微妙な沈黙。
当たり前のようにクラブと酒ではしゃいでいる明日香らとの距離を感じるほど、彼女にとってはクラブも酒も、手を伸ばそうとも思っていなかった遠い風景だったのだ。
「豆ちゃん」
カフェテリアから教室に帰ってお弁当を食べていると、不意に呼ばれたことに驚きつつ顔を上げた。そこには財布とリプトンの紙パックを持っている
「
「え。渡邉先生?」
「うん。何だろうね」
渡邉先生は担任ではない。学年主任に呼ばれるとは何事だろうか。
おっかなびっくり職員室へ行って中をのぞくと、細いモデルなら二人収まりそうな横幅の渡邉先生は、デスクに座っていてもすぐに見つけられた。
「あの」
我ながら頼りない声だった。まだ蚊の方が生き生きと鳴いている。
渡邉先生は私を見上げ、不思議な沈黙を作った。それから私の名札に目を移して、あっという顔をする。
「ああっ。悪い悪い。分からなかった。ああいや、分からなかったって、そういう意味じゃなく」
しかし他に意味は思いつかない。授業ではきちんと名前を呼んでくれるけど、それはその都度座席表で確認しているからということが、今分かった。
「わざわざ悪いな」
「いえ」
「本来は担任の先生から伝えるんだけどさ」
しかし今日、担任は休んでいる。急病らしい。季節外れの胃腸炎かもしれない。
「まだ決まった話じゃないですが。前、総合の授業で作文書いてもらったろ」
「ああ。はい」
「それであなたの作文が、学校のパンフレットに載るかもしれないんだよ。他にも候補はいますけど」
思わぬことに目を瞬いた。気づけば大きく息を吸い込んでいた。そんな私を制して先生が付け足す。
「まだ決まりじゃないぞ。代表になったらっていう可能性の話な。パンフレット以外に、オープンキャンパスで中学生相手に喋ってもらうことにもなると思う。できそうか」
「できます」
しっかりと頷いた私に、先生が神妙に頷いた。牛のお乳に似た二つ目の顎が、一つ目の顎と首との間で窮屈に挟まれる。
「まだ確定じゃないけど。無理はするなよ」
妙に念を押す言い方だった。そう何遍も押されなくても、現在進行形で選考している最中だということはもちろん分かっている。とはいえ多少は期待している以上、先生の釘刺しはやはり正しいのかもしれない。
職員室を出てすぐに、喜びが堪えられなくなり笑みが溢れる。教室に戻る足取りはスキップをするみたいに軽やかだ。
ジャーナリストになるのが夢だった。アフリカや南アジアにおける医療サービスの不充分さ。ザンビアでの水不足。世界中で解決されていない様々な問題を、たくさんの人に知ってもらい、関心を抱いてもらえるようにしたい。子どもの頃からそんな夢を抱いていたのには、母が記者として働いていた影響が大きいと思う。
日がな頭をひねり続けて書き連ねた言葉の作品を、もし大勢の人に認められたのなら──学校のプールを私の感涙で満たすこともできるだろうと胸を躍らせた。
「あの。ちょっといいですか」
昼休みに得た期待をまだまだ膨らませたまま、放課後、正門を出た時に他校の女子三人に声をかけられた。彼女たちの前を過ぎようとしたところを、街角アンケートのように捕まったのだ。
「瀬戸君、一年の瀬戸
「え。いや。さあ。クラス違うので」
「下駄箱見てきてもらえませんか」
言葉遣いに反して、少しも笑わない顔つきに圧を感じた。声にも抑揚がなく、ビビった私はまんまと頷かされ、校舎に引き返す。
瀬戸君。瀬戸君の追っかけか、あの人達。
この学校にいて、その名前を知らない人なんていない。他校にですらよく知られた名。一般の高校生にしては規格外の有名人。
VIPでも、盗撮と言っていい彼の御姿ショットは学内外で圧倒的な人気を獲得し続けている。瀬戸君のような人気の高い生徒しか撮らないVIPの凄腕たちは「マスター」と呼ばれ、メディア嫌いの瀬戸君のおかげで、マスターたちの盗撮技術はぐんぐん成長している。
それにしても、こんな何もない日にまで他校の子が訪ねてくるのだから、文化祭にはさぞかし彼の追っかけが詰めかけそうなものである。
招待チケットで入場制限は設けられているけれど、有料でチケットを譲る人は毎年出てくるそうだ。無論、本来無料のチケットである。だけど、学院や瀬戸君の人気を利用して、お金儲けを企む人が少なからずいるらしい。
私は下駄箱にたどり着き、そこでしまったと気がついた。下駄箱には出席番号のシールしか貼られておらず、そして私は、瀬戸君の出席番号なんてものを知らない。つまり、どの下駄箱が瀬戸君のものか判断がつかないのだ。
戻って、瀬戸君の所在は分かりませんでしたと伝えたら、あの追っかけの人たちにどんな顔をされるだろう。いや想像はつく。そういう無愛想な雰囲気だった。
しばらく図書館にでも引きこもってトンズラしようか。清掃時間はとっくに終わっているから、もし校内に残っているなら、じきに瀬戸君も帰るだろう。そうすれば彼女たちも私に用はない。
「あ。QSのポスター張り出したんだ」
すぐ近くで声が聞こえて顔を向けると、壁に貼られたクイーン・セレクションのポスターの前で女子が話している。
クイーン・セレクションとは、青嶺高等部文化祭の目玉、女子のための女子コンテストだ。要はミスコンと同じで、順位は生徒と文化祭参加者の投票で決まる。
「こういうのって普通一年は不利っぽいけどさ、今年は天吹さんだろうね」
「まあ可愛さ段違いだからね。性格なんて採点じゃ二の次だし」
途中まで立ち聞きしたところで、私ははっと我に返った。
そうだ。追っかけの。
トンズラも考えたけれど、彼女たちを待たせていると思うと、やはり気が咎める。こうなったら、分からなかったとだけ告げてさっさと立ち去ろうと決めたところで「おい」と呼びかけられた。
振り返れば白馬の王子? いいや。この粗暴な声は、振り向けばバッファローだ。
「邪魔だよ。どけよ」
大きな体躯が私を睨んでいる。その視線はまるで刃物のようで、全身からたぎっている剣幕が私を怖気させた。
退いた私を尻目に、
私は逃げるように生徒玄関を後にしたが、有薗君はすぐに私を追い抜いて、正門まで大きな歩幅で歩いていった。
門には折笠さんがいた。彼女は一人で、携帯をいじっている。歩いてくる有薗君に気づくと携帯をしまい、微笑みを浮かべた。大きな体躯の有薗君が隣に並ぶと、折笠さんの細さが際立って見える。
有薗君が折笠さんの頭に腕を回し、無骨な指が恋人の長い髪を自分の物のようにすく。その手は綺麗な曲線の腰へ。タイトスカートから伸びる折笠さんの長い足元で、靴裏の真っ赤なハイヒールが猫のような軽やかさで歩いている。
あの靴をルブタンというらしい。高価なものだそうだ。さすが青嶺だと、呆れた息とともに紫煙を吐いたのは、叔母(かつ楓華ちゃんの母親)の
確かに、裕福な家庭の子どもが多い青嶺には、ブランド物を身に着けている子はそこかしこにいる。しかし、あのルブタンに関しては、折笠さんが愛用しているイメージがとても強い。
だから侑子さんが街中で見たという「ルブタンの青嶺学院の子」は、恐らく折笠さんではないか。黒髪のストレートロングで、スレンダーな長身という特徴も、彼女に当てはまっている。
だけど、一つだけいつもの折笠さんと違うのは、恋人の有薗君を連れず、別の二人の男の人と親しげに寄り添っていたという点だ。
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