第42話:再誕する炉と新たな剣
カンッ、カンッ、カンッ――。
静寂に包まれていた古代神殿に、鉄を打つリズミカルな音が絶え間なく響き渡っていた。
火竜の心臓を動力源とした「古の炉」は、安定した極高熱の炎を吐き出し続けている。その傍らで、源三は鬼気迫る表情で金槌を振るっていた。
彼はこの三日間、ほとんど寝ていなかった。
食事も俺たちが運んだ携帯食料を流し込むだけで、目は血走り、全身は煤と汗で真っ黒だ。だが、その瞳だけは少年のように輝き、尽きることのない情熱を燃やし続けていた。
「……できたぞ」
最後の一撃を打ち込み、ジュウウッという焼き入れの音と共に、源三が長く息を吐いた。
彼の手には、一本のショートソードが握られていた。
それは、以前俺が使っていたものとは、次元の違う代物だった。
刀身は火竜の牙と番人の黒曜石合金を幾層にも重ね合わせて鍛えられ、黒と赤の美しいダマスカス模様を描いている。光にかざせば、刀身の奥底で微かな炎が揺らめいているように見える。
柄には火竜の革が巻かれ、鍔には魔力を増幅する古代の紋様が刻まれていた。
「持って見な。俺の最高傑作、名付けて『
源三から手渡された剣は、見た目の重厚さに反して驚くほど軽かった。重心のバランスが完璧なのだ。
握った瞬間、剣から熱い鼓動のようなものが伝わってきた。俺の魔力と剣の魔力が共鳴し、腕の一部になったかのような一体感。
「……凄いな」
俺は素直に感嘆の声を漏らした。
軽く振ってみる。シュッ、と空気を切り裂く音と共に、剣先から赤い軌跡が残った。魔力を込めれば、刀身が高熱を帯び、触れるもの全てを焼き切る「ヒートブレード」となる仕掛けだ。
「これなら、深層の硬い魔物だろうがバターみてえに斬れるぜ。……次は嬢ちゃんだ」
源三は休む間もなく、雫のレイピアに取り掛かった。
彼女のレイピアは繊細な魔力制御を必要とするため、素材には火竜の角と、魔力伝導率の高いミスリル銀を惜しみなく使用した。
炉の青い炎の中で再構成された刀身は、透き通るような氷のような輝きを放ちながらも、芯には決して折れない強靭さを秘めていた。
「『
完成したレイピアを受け取った雫は、その美しさと性能に言葉を失い、ただ深く頭を下げた。
さらに源三は、火竜の鱗を使って俺たちの防具も一新した。俺のコートと雫の鎧は、物理防御だけでなく、極端な耐熱・耐寒性能を備えた、深層環境に適応した仕様へと生まれ変わった。
全ての作業を終えた時、炉の火が少しだけ弱まった。火竜の心臓の魔力が、初期の暴走状態から安定期に入ったのだ。
「……ふぅ。やりきったぜ」
源三はその場に大の字になって倒れ込んだ。
俺は彼に水筒を渡し、労いの言葉をかけた。
「助かったよ、親父。最高の仕事だ」
「へっ……当たり前よ。俺を誰だと思ってやがる」
源三は疲労困憊のはずなのに、満足げに笑った。
そして、視線を炉の傍らにある台座へと向けた。
そこには、俺の聖剣の欠片が置かれている。
三日三晩、炉の神聖な魔力を浴び続けた欠片は、以前のような錆びついた死んだ鉄塊ではなくなっていた。
表面の黒ずみが取れ、本来の白銀の輝きを微かに取り戻している。そして何より、耳を澄ませば、チリ……チリ……という、小さな共鳴音が聞こえるようになっていた。
「生き返りかけてるな」
源三が真剣な顔で言った。
「素材がねえから形にはできねえが、魂は戻ってきてる。こいつはまだ、主のために戦いたがってるぜ」
俺は欠片を手に取り、そっと撫でた。
指先から伝わる微かな温もり。それは、かつての仲間たちの想いが、まだこの剣の中に残っている証のように感じられた。
『待ってろ。必ず、元の姿に戻してやる』
俺は心の中で誓い、欠片を丁寧に布で包んだ。
「さて、帰るとするか」
俺たちは荷物をまとめ、神殿を後にした。
帰りのワイバーンタクシーの中でも、源三はいびきをかいて爆睡していた。彼にとっては、人生で一番充実した三日間だったに違いない。
地上に戻ると、季節は完全に夏へと移り変わっていた。
新しい装備、強化された身体、そして揺るぎない目的。
深層への準備は、これ以上ないほどに整った。
だが、俺たちの順調な歩みを、快く思わない者たちがいる。
ダンジョン庁のロビーに降り立った瞬間、俺は肌を刺すような敵意を感じ取った。
ロビーの中央に、数人の男たちが立っていた。
アイアンルートの制服ではない。黒地に金色の雷紋が刺繍された、威圧的なユニフォーム。
巨大ギルド『オーディン』の紋章だ。
その中心にいる男が、俺たちを見つけてゆっくりと歩み寄ってきた。
身長2メートル近い巨躯。短く刈り込んだ金髪に、猛禽類のような鋭い目。全身から放たれる魔力の圧力が、周囲の空気をビリビリと震わせている。
「……君か。『火竜殺し』の日向蓮というのは」
男は俺の前で足を止め、見下ろすように言った。その声は低く、腹の底に響くような重みがあった。
「俺は
あまりに一方的な要求に、隣の雫が色めき立った。
「なっ……! 何を言っているのですか! それは正当な手続きを経て、アイアンルートと日向氏の間で契約されたものです! 貴方たちに口出しする権利はありません!」
「権利? ハッ、笑わせるな」
鳴海は鼻で笑った。
「資源は人類共有の財産だ。それを、どこの馬の骨とも知れんBランク風情が独り占めするなど、許されるわけがないだろう? これは『勧告』ではない。『命令』だ」
彼は俺の胸ぐらを掴もうと手を伸ばした。
だが、その手は空を切った。
俺が半歩下がって躱したからではない。俺が、彼の腕を掴み止めたからだ。
バチッ!
俺の手と彼の腕の間で、静電気が弾けた。
「……断る」
俺は鳴海の目を真っ直ぐに見据えて言った。
「俺の物は俺の物だ。欲しけりゃ、相応の対価を払うか……力ずくで奪ってみろ」
一瞬の静寂。
次の瞬間、鳴海の顔が怒りで歪み、全身から青白い雷光が迸った。
「……いい度胸だ、雑魚が。その減らず口、二度ときけなくしてやる」
ロビーの空気が凍りついた。
Sランク冒険者『雷神』鳴海 迅。
最強の矛を手に入れたばかりの俺に、試練となるべき最強の敵が立ちはだかった。
俺は腰の『黒炎の牙』の柄に手をかけた。
源三が作ったこの剣の斬れ味、試すにはおあつらえ向きの相手だ。
「やれるもんなら、やってみろ」
一触即発。
新たな波乱が、幕を開けようとしていた。
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