第36話:ハイエナたちの誤算

 第34層の最深部、火竜の巣がある巨大クレーターへと続く一本道。

 そこは切り立った崖に囲まれた狭い渓谷になっており、待ち伏せには絶好のポイントだった。


 俺と雫がその場所に差し掛かった時、予感していた通り、前方の岩陰から数人の男たちが姿を現した。同時に、背後の退路も別の集団によって塞がれる。

 総勢12名。装備は統一されておらず、冒険者というよりは傭兵崩れのような粗野な雰囲気を漂わせている。だが、その目つきは獲物を狙う獣のそれであり、明らかに手練れだった。


「へへっ、待ってたぜ。『沈黙の剣』さんと『氷の貴婦人』」


 前方集団のリーダー格らしき男が、歪んだ笑みを浮かべて歩み出てきた。顔の半分を覆う刺青と、腰に下げた湾曲刀が特徴的だ。


「何の用だ」


 俺が足を止めずに問うと、男は大袈裟に肩をすくめた。


「用ってのは一つしかねえよ。ここから先は通行止めだ。……どうしても通りたきゃ、通行料を払ってもらおうか。そうだな、その右腕の面白そうなオモチャと、そっちの姉ちゃんの装備全部でどうだ?」


 典型的な強請りだ。だが、彼らの目的が単なる金品強奪でないことは明白だった。彼らの立ち位置、武器の構え方。俺たちを確実にここで「処理」するための布陣だ。


「通行止めか。誰の命令だ?」


「さあな。俺たちは金で動く便利屋だ。依頼主の名前なんていちいち覚えてねえよ。……まあ、死人には関係ねえ話だがな!」


 男が合図を送った瞬間、崖の上から数本の矢と魔法弾が降り注いだ。同時に、前後の集団が一斉に襲いかかってくる。

 完全な包囲網。逃げ場はない。


 ――普通の冒険者なら、そこで終わっていただろう。


「雫、上だ!」


「了解!」


 俺の指示よりも早く、雫は動いていた。

 彼女はレイピアを掲げ、上空に巨大な氷の盾を展開する。矢と魔法弾は氷塊に弾かれ、無力化された。


「なっ……!?」


 敵の動きが一瞬止まる。その隙を、俺は見逃さなかった。

 右腕のパイルバンカーを構え、地面に向けて杭を打ち込む。

 轟音と共に爆発的な推進力が生まれ、俺の身体は砲弾のように前方へと射出された。


「うおおおっ!?」


 リーダー格の男が反応する間もなく、俺は彼の目の前に迫っていた。

 男は慌てて湾曲刀を振るうが、遅い。

 俺は左腕のワイヤーを射出し、男の腕に巻き付けた。そのままワイヤーを巻き取り、強引に体勢を崩させる。

 がら空きになった胴体に、俺の蹴りが炸裂した。


 男はボールのように吹き飛び、背後の岩壁に激突して気絶した。


「リーダー!?」

「くそっ、なんだあの動きは!」


 統率を失った敵集団に動揺が走る。

 その混乱に乗じ、雫が攻勢に出る。

 

氷結の檻アイス・プリズン!」


 彼女が杖を振るうと、地面から無数の氷柱が突き出し、敵の足元を凍りつかせた。動きを封じられた彼らは、もはやただの的だ。

 俺はワイヤーと体術を駆使し、一人、また一人と確実に無力化していく。殺しはしない。尋問の必要があるからだ。


 戦闘開始から3分とかからずに、12人の襲撃者は全員地面に転がっていた。


「……ふぅ。終わりましたね」


 雫が乱れた髪を直しながら、涼しい顔で言った。息一つ切らせていない。

 俺は気絶していたリーダー格の男を引きずり起こし、その頬を軽く叩いて意識を取り戻させた。


「……ぐ、う……」


 男は虚ろな目で俺を見上げ、恐怖に顔を歪めた。


「さあ、答え合わせの時間だ。誰に雇われた?」


 俺はパイルバンカーの杭を男の喉元に突きつけた。

 男は震えながら、何かを言おうと口を開いた。


「お、俺たちは……『ヴェノム・ファング』だ……依頼主は……『オ……』」


 その時だった。

 男の首筋に浮かんでいた刺青が、不気味に赤く発光し始めた。


「がっ……あ、あああああああっ!!」


 男は喉をかきむしり、絶叫した。目が見開き、口から黒い泡を吹き出す。


「これは……『呪詛契約』!?」


 雫が叫んだ。情報を漏らそうとした瞬間に発動する、口封じの呪いだ。

 俺は舌打ちし、男から離れた。

 次の瞬間、男の身体は内側から燃え上がるようにして崩れ落ち、黒い灰となって消滅した。

 他のメンバーたちも同様に、次々と灰になっていく。


「……徹底してやがるな」


 俺は吐き捨てるように言った。

 『ヴェノム・ファング』。裏社会で悪名高い殺人ギルドだ。だが、彼らを雇い、これほど強力な呪詛契約を結べる組織となると、限られてくる。

 男が最期に言いかけた『オ……』。

 おそらく、『オーディン』。アイアンルートと覇権を争う、もう一つの巨大ギルド。


「どうやら、俺たちの火竜討伐を邪魔したい連中は、予想以上に大物のようだな」


「ええ。これは単なる妨害ではありません。ギルド間の代理戦争……いえ、もっと深い闇を感じます」


 雫の表情は険しい。

 だが、ここで立ち止まるわけにはいかない。敵が誰であろうと、俺たちの目的は変わらない。


「行くぞ。邪魔者は消えた」


 俺は灰の山を跨いで歩き出した。

 渓谷を抜けた先、視界が開けた。

 そこに広がっていたのは、直径数キロにも及ぶ巨大なクレーターと、その中心で煮えたぎるマグマの海。

 そして、マグマの中から鎌首をもたげる、山のように巨大な影。


 第35層の主、変異種・火竜。

 その咆哮が、俺たちを出迎えるように轟いた。

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