第24話 勇者

 俺が不審に思っていると、


(ここです。カーテンのところ)


(カーテン? どこだ?)


 あたりを見渡す。食堂に光を取り入れる為の大きな窓のところに薄いグリーンのカーテンがある。その後ろに、なにやら人影を見つけた。


(そうそう。そこです)


(ん? っていうか、何でレイと会話してるんだ?)


(私たちは直接相手の頭に話しかけることができるんです。だって幽霊だもの)


 レイまでもがどこかの詩人のような結びで会話を終える。定宗の悪い影響だ。


(じゃあ誰にでも直接話しかけることができるのかい?)


(それは無理なんです。誰にでも話しかけられるワケではないんです)


(そ、そうなの? じゃあ何で俺には直接話しかけられるんだい?)


(それは、千尋さんが選ばれた勇者だからなのです)


(ゆ、勇者? 俺が選ばれた勇者なのかい?)


(嘘です……)


「嘘かよっ!」


 思わず声に出し、手刀で空を切りながらツッコミを入れる。


「きゃあっ!」


 いつの間にか隣に座っていた麻梨亜が驚いて声を上げた。


「ど、どうしたの千尋、急に……」


「ご、ごめん。ちょ、ちょっと寝ぼけてただけ……。あ、それよりも麻梨亜、昨日の夜」


(あああああああああああっ!)


 レイが突然大きな声で直接頭に話しかける。


「うわああああああっ!」


「きゃっ!」


 思わず大きな声を出してしまい、それに驚き麻梨亜が悲鳴を上げる。


「綾辻さん。食事中は静かに……」


 真奈に注意されてしまう。


(レイ……何だよ急に大きな声を出すなよ。怒られちゃったじゃないか)


(麻梨亜さんには昨日のことは言わない方がいいと思います。麻梨亜さん、何かとても大事なことを隠しているような気がするんです。誰にも言えないような何かを……)


(何でそう思うの?)


(幽霊の勘です)


(……)


(……)


(当たるの、その勘)


(以前私の勘に耳を傾けずにいた生徒がいました。その人はダンプに跳ねられた挙げ句、今では地獄の一丁目をさまよって……)


(分かった。言うとおりにしよう……)


「昨日の夜がどうかしたの?」


 麻梨亜が不思議そうな顔で尋ねてくる。


「あ、えっと……昨日の夜はよく眠れた?」


「あ、うん。眠れたよ……どうしたの?」


「う、ううん。編入初日だったから、よく眠れたのかなぁって思って」


 俺が言うと、麻梨亜はぷっと吹き出した。


「編入してきたのは千尋の方でしょ?」


 白い歯を見せて笑う顔がとても可愛かった。またフワフワとした変な気持ちになった。


(騙されるでない! そやつはお主が思っているような女ではないやもしれぬぞ)


 突然男の声が頭に響く。ふとカーテンの方に視線を向けると、レイの横には鎧をきた定宗の姿がある。あんなにも目立つ格好をしているのに、誰一人、奴に気づいている者はいない。どうやら他の人には見えていないようだった。


(どういう意味だよ。俺が思っているような女じゃないって)


(拙者は見たのじゃ……数日前、そやつが女学院を抜け出して中年男性と密会しておるところを……そやつはのお、中年男の前で……なのじゃ)


(えっ……そんなバカな……)


 俺は、定宗が放った言葉に絶句した。


(何を驚いているのですか?)


 定宗が放った『中年男の前で○○○○を○○○おったのじゃ』という言葉に絶句する俺。そんな俺にレイが尋ねた。


(だ、だって……意味分かんないし……中年男の前でマルマルマルマルをマルマルマルおったのじゃって言われても……麻梨亜は一体その中年男の前で何をしたんだい?)


 俺はカーテンのところにいる定宗に向かってそう念じた。


(知りたいか?)


(うん、知りたい……昨日の夜、麻梨亜が出掛けるところを実際に見たワケだし)


(どうしても知りたいか?)


(うん。どうしても知りたい!)


(そこまで言われれば仕方あるまい。だがうまく説明できるかどうか……)


(頑張ってみてよ)


(拙者なりの説明の仕方で良いか?)


(うん。何でもいいからとにかく説明して!)


(あい分かった。では……)


 そう言うと、定宗は鎧甲を着た身体でリズムを取り始めた。

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