第19話 心配

 校舎から出ようと思ったが、さっきの続きが気になる。女体スーツの脱ぎ方も分かったし、今度は覗きながらイケナイ事ができるのだ。俺は会得したばかりの高速ムーンウォークで美術室の前にたどり着いた。閉まっている引き戸を開けようと、把手に手を掛けた時だった。


「あれ? 開かない」


 扉はロックされ、開ける事が出来ない。だが、中から声がするので、確実に二人はまだ中にいる。

 俺は扉にそっと耳を当てた。


「あっ、あっ、先生、これ気持ちいい! 私のア〇コと先生のア〇コが擦れあって…んんんっ、ヌ〇ヌ〇して気持ちいいのぉ!」


 ア〇コとア〇コが擦れ合う? 一体を何してるんだ?


 想像しながら更にピタリと耳を近づけた時だった。


「ヘッキシ!」


 またもや『カトちゃんPAY』が勝手に反応してしまう。


「誰かいるの!?」


 足音がだんだん近づいてくる。


(ヤバイ!)


 見つかると大変な事になる。俺は再び、会得したばかりの高速ムーンウォークでその場を後にした。


「ヘッキシ!」


 女子寮に戻って入り口のドアを開けた。玄関先では、上向き加減で目を閉じながら、トメさんが昔を思い出すように一人で話をしている。俺はトメさんに気づかれぬよう、後ろに立ち、老婆の話を聞いていた。


「……というワケじゃ」


「へえ……そうだったんですか」


 あたかもずっと話を聞いていたように返事をする。全てを話し終えたトメさんは満足そうな笑みを浮かべながら管理人室へと姿を消した。


 二階へと続く階段を上って廊下に出る。俺は204号室の前に麻梨亜の姿を見つけた。


 扉の前で何やらそわそわしている。ノックしようかしまいかを迷っているようだった。俺に何か用事があるのだろうか。


「麻梨亜、どうしたの?」


 少し離れた場所から彼女に声を掛けた。彼女はビクッと肩をすくめながらこちらへ振り向いた。


「あっ、千尋……部屋にいなかったんだ」


「うん。ちょっと理事長に用事があって」


「理事長に? よく外に出られたわね。管理人のトメさんに止められなかった?」


「あ……うん、止められたけど何とかうまくごまかせたから……それよりも、私に何かご用?」


 制服を脱ぎ、普段着に着替えている麻梨亜。お尻のあたりまで隠れるグレーの部屋着に、黒のレギンス姿の彼女。髪はしっとりと濡れ、そこからフルーティーな香りが漂ってくる。どうやらすでにお風呂に入ったようだった。


「えっと……千尋に話したいことがあって」


「私に? なになに?」


「あの……ここじゃちょっと……よかったらサロンで話さない?」


「うん……いいけど」


 この寮にはサロンなるものが存在するのかと、少し戸惑った。俺は麻梨亜に続いて一階へと続く階段を下りた。


 サロンは食堂のすぐ隣にあった。いくつか丸テーブルが置かれていて、普段はここでトランプをしたり、おしゃべりをしているのだと麻梨亜が言っていた。今日は珍しく誰の姿もなかった。俺たちはテーブルのひとつに向かい合う形で座った。


 麻梨亜は何か俺に言いにくいことでもあるのだろうか。さっきからソワソワして落ち着かない様子である。どうも彼女からは言い出しにくそうなので、逆に俺の方から聞いてみることにした。


「話って何かな?」


 今まで視線を逸らしていた麻梨亜が俺の顔を見た。俺はニコリと笑った。その顔に安心したのか、固かった麻梨亜の表情が崩れる。


「あの……実は千尋のお部屋の話なんだけど……」


 なぜ表情が硬かったのか、彼女の言葉で合点がいった。麻梨亜はあの部屋の秘密、そう、レイのことを俺に伝えようとしているのだ。わざわざ言いにくいことを俺に教えようとしてくれる麻梨亜の優しい気持ちが嬉しかった。


「うん。もう知ってるよ。幽霊が出るんでしょ?」


 俺の言葉に麻梨亜が驚きの表情を見せた。


「し、知ってたの?」


「うん。さっき理事長から聞いたの。でも大丈夫よ。私、その手のことに関しては鈍感だし、あまり気にしないから」


「で、でも夕食の時に、髪の長い女の子がどうのって……」


「あ、あれ? あれは私の勘違いよ。だって部屋に戻ったら誰もいなかったし、編入初日だったからきっと疲れていたんだわ」


「そう……それならいいんだけど」


「それよりもありがとう。麻梨亜は私にそのことを伝えようとしてくれたんだよね。言いにくいことなのに話してくれて嬉しかったわ」


 俺の言葉に安堵の色を浮かべる麻梨亜。よほど俺のことを心配してくれたに違いない。そんな麻梨亜の優しさに、胸のあたりがきゅんと疼いた。


「それじゃあ私、部屋に戻るね。まだ宿題が終わってないんだ」


「うん。わざわざありがとう。それじゃあ、おやすみなさい」


「うん。おやすみなさい」


 先ほどとは違い、晴れやかな顔でその場を立ち去る麻梨亜。きっと俺に伝えるべきかどうか悩んで宿題が手に着かなかったに違いない。麻梨亜は本当に良い子だと改めてそう思った。


 サロンを後にして二階へと続く階段を上る。レイの正体を俺の方から言い当てたら、きっと彼女は驚くに違いない。少し驚かせてやろうと思いながら204号室の扉を開ける。


「ただいま! レイの正体、分かっちゃった~」


 と、明るい口調で部屋に入る。するとそこには、鎧甲を着た落武者の姿があった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る