第13話 セキュリティ

 麗菜に脱ぎ方を聞くのを忘れていたことに気づく。俺は急いでパンツを上げると、トイレを出てスマホを手に取った。


 麗菜の番号に電話を掛ける。


 トゥルルルルル トゥルルルルル



 出ない



 トゥルルルルル トゥルルルルルル



 ……出ない



 ルールルルルルル ルールルルルル



 ……キタキツネを呼んでいる場合ではない



 トゥルルルルルル トゥルルルルルル ガチャ



(よしっ! 繋がった!)


「甘いぞ千尋! 私は今、理事長室で人には言えないことをしているので電話に出ることができない。用があるなら発信音の後にメッセージを入れろ。覗きに来たらぶっ殺…… ピーーーーーー」


(……何で俺宛の留守電メッセージ?……あいつ、俺以外から電話が掛かってこないのか? それにしても最後の途切れた言葉が気に掛かる……)



 麗菜は理事長室にいるようだ。とにかく早く理事長室にいかないと……。


 女体スーツを着て以来、トイレに行っていないことに今更ながら気づく。行っていないと思うと余計に尿意が増してきた。


「ちょっと出かけてきます!」


「はい……お気をつけて」


 胸の前で小さく手を振りながら見送るレイを部屋に残し、俺は廊下に出ると、小走りで階段へと向かう。走ると出てしまいそうなのだ。


 階段をできるだけ早く駆け下り、寮の出入り口に手を掛けた時だった。


「どこへ行くのじゃ?」


 後ろから声がした。俺は慌てて後ろを振り返った。だがそこに誰の姿もない。俺は再び出入り口に手を掛けた。


「どこへ行くのじゃ?」


 また後ろから声がする。振り返ってみても誰もいない。俺は深呼吸をひとつして、冷静になって考えてみた。そして俺はある結論に達した。


(そうか。この扉にはセンサーがあって、時間外に誰かが外に出ようとすると、センサーに反応して音声が流れるんだ。門限を破って外に出ようとする後ろめたい気持ちがあるから、この程度の音声でもビックリしてしまい、外に出なくなるって考えてるのかもしれない。ふふふ。麗菜の考えそうなことだぜ)


 この寮のセキュリティを解析した俺は、ニヤリと口をゆがませながら、ゆっくりと扉を押した。外から爽やかな風が緩やかに吹き込む。扉を開け、外に出ようとしたときだった。俺は何かに足を取られバランスを崩した。


 扉に手を掛け、何とか転倒は免れた。足元を見てみたが、何もつまづくものなどなかった。


(何だよ……ああ、今のでちょっと出ちゃったじゃないか……)


 扉に手を掛け、外に出ようとする。


「どこに行くのじゃ」


 再びセンサーが反応し、音声が流れる。俺は音声を無視し、扉を開いた。するとまた何かに足を取られる。だが今回は扉を開いていたため、それに捕まることができずに見事に転倒した。


(痛たたた……)


 ぶつけたおでこをさすりながら立ち上がる。


「何度も言わすからじゃ」


 後ろから先ほどの音声とは違う言葉が聞こえる。俺は慌てて後を振り返った。だがそこには誰の姿もなかった。その代わり、俺の足首は、手首のあたりで切断された人間の手に、しっかりと掴まれていたのだった。


 足首をしっかりと掴む手首に思わず絶句する。人間、本当に怖いときには悲鳴など上げる余裕がないのだなと、俺はこのとき初めて知った。それと同時に何か、なま暖かいものが俺の足を伝ってゆくことに気づく。俺は慌てて、キュッと下腹部を引き締めた。何とか少しの放尿で免れたようだった。


 改めて足首に視線を落とす。だがそこには先ほどの手首は存在していなかった。


「な、なんだ……俺の見間違いか……おしっこを我慢しすぎて幻覚を見たのか……うんうん、そうに違いない。そうに違いないんだ……って、そんなはずあるか!」


「何を自分にツッコんでおるのじゃ? お主は男で、周りにはオナゴだらけ……ツッコむ場所が沢山あるのに、それにツッコむことができないジレンマに気でも違ったか? ふぉふぉふぉふぉ」


 周りを見渡しても人はいない。どこからか聞こえてくる下ネタの発信源を探すがどこにもない。


「ここじゃここじゃ」


 足元から声がする。下を向くと、そこには管理人の老婆がいた。


「わっ!」


 俺を見上げて中指を立てる老婆。老婆は軍人が地面を這うように前に進むような形で、俺の足首を特製のマジックハンドで掴んでいた。


「な、何やってるんですか?」


「それはこっちの台詞じゃ。こんな時間にいったいどこに行くのじゃ?」


 老婆は俺の足首を掴んでいたマジックハンドを操作しながら尋ねてきた。


「ちょ、ちょっと野暮用ですぅ」


 出来るだけ可愛らしく答えると、老婆は……


「キモっ!」


 と、ギャルのような口調で答えた。


「き、キモって……あんた一体何歳だ」


 思わず地の言葉が出てしまう。気づいて言葉を直そうとするが、


「おまえが男なのはバレておるわい」


 と、淡々とした口調で言われる。


「えっ? ど、どうして分かったんですか?」


 リアル女体スーツを着ているし、女の子に見えるように気をつけていた。まだ誰にもバレていないのにこの老婆にはバレてしまっているようだった。


「だてに女を九十年やってるんじゃないよ」


(きゅ、九十だったのかこのバアさん……)


「な、何でバレたんですか? 教えてください……今後の役に立つかもしれないから」


「教えてほしいか?」


「はい、是非」


「よし、お主は素直そうじゃから話してやろう。そうじゃのお、どこから話せばよいかのお。ワシの勘が鋭くなったのは、ワシの亭主が他のオナゴのところに通い詰めているのではないかと疑い始めた頃だったかのお。あの当時、亭主と仲のよかった坂本竜馬が亭主を誘いに……」


 老婆は思い出に浸りながら語り始めている。作戦成功っていうか、バアサンの旦那が坂本竜馬と仲が良かったって…バアサンはホントは何歳なんだ……とにかく、こういうバアサンには昔話を語らせるに限る。俺はその隙に女子寮をあとにした。

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