第10話 ルームメイト

 管理人のトメさんに部屋の鍵をもらった。二階へと続く螺旋状の階段に足を掛けると、俺に向かって由里絵が声を掛けた。


「じゃ、じゃあ、私はこれで……さよならーーーー!」


「あっ、春日先生!」


 由里絵の『さよならーーー!』が出たときは、何か都合が悪いときだと、俺は学習していた。イヤな予感を抱きつつ、俺は二階へと続く階段を上った。


 廊下には赤い絨毯が敷かれている。フワフワとした感触の床を歩きながら、扉にあるプレートを見た。


 扉はシックな色合いの木製のドアだ。よほど手入れがされているのか、扉はワックスを掛けたように艶がある。真鍮のドアノブの下に鍵穴がある。鍵はドアノブと同じ材質でできている。クローバーをモチーフにした持ち手から、五センチほどの細い胴体があり、先端にレレレのおじさんの歯のような、隙間が開いた二つの突起が並んでいた。


「203……204、あった、ここか」


 204のプレートが掲げられた扉の前に立つ。ドアを見た瞬間、俺は違和感を覚えた。


 他の部屋の扉はツヤツヤと輝いているのに、この部屋のドアは艶が全くない。何年も使っていないような、そんな廃れた感があるのだ。俺は鍵穴に鍵を差し込むと、それを反時計回りに回した。


 カチャ……


 鍵が開く音がする。どこか冷たい雰囲気。真鍮のドアノブに手を掛けると、ノブを回してドアを開けた。


 ギィィと扉が軋む音がした。次の瞬間、冷たい風が頬を撫でる。


(ひいっ!)


 思わず肩をすくめてしまった。


 恐る恐る部屋の中に足を踏み入れる。すると突然、ドアがバタンと大きな音を立てながら勝手に閉まった。


 後ろに誰かいる気配がある。俺は恐る恐る後ろを振り向いた。そこには、長い黒髪を顔の前に垂らす、一人の女の子の姿があった。


 女の子の髪が前に垂れているので、顔が全く見えない。


「こ、こ、こんにちは」


 とりあえず挨拶をしてみるが、彼女はうつむいたままだった。


「あ、あの……今日からあなたと同じ部屋で生活をすることになった綾辻千尋です……あ、あなたのお名前は?」


「……です……」


『です』だけ聞こえたような気がした。


「えっ?」


 もう一度聞き直す。


「レイです……」


 彼女は相変わらずうつむいたまま、蚊の泣くような声で言った。


「れ、レイさんですか……に、二年生ですよね?」


「……一応、そう言うことになりますかね……」


 何か意味ありげな言い方をする。ちょっと変わった子のようだ。


「あの。顔を上げてもらってもいいかな? ルームメートなんだし、あなたの顔を見てみたいの」


「……私……ブスだから……」


「そ、そんなこと言わないで見せてくれない?」


「……笑いませんか?」


「わ、笑わないよ」


「本当に?」


「ほ、ホント、ホント」


「じ、じゃ……少しだけ……」


 彼女はそう言うと、うつむいたまま、両手で髪をかき分けた。


「本当に笑いませんか?」


(……く、くどい……)


「大丈夫よ……笑ったりしないから」


 俺は無理矢理笑顔を作りながら言った。


「分かりました……あなたを信じます……」


 そう言うと、彼女はゆっくりと顔を上げた。さっきまで髪で隠れていた彼女の顔が露わになる。



「……」


 彼女の顔を見た瞬間、俺の全ての動きが止まった。

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