第9話 女子寮
数分後……
「だ、大丈夫? 綾辻君……」
由里絵に身体を起こされ、ティッシュで鼻血を拭ってもらう。身体に彼女の手が触れているにも関わらず卒倒しない。
「あれ、何でだ? 身体を触られているのに……いつもとは違う」
俺が戸惑っていると……
「当然だ。直接肌に触れられているわけではないからな。この『北極三号』は、そういったことを防ぐ役割もある。それなのにお前というやつは……だいたいお前は昔から……」
さっきのハリセンをまだ根に持っているようだ。昔の話まで持ち出し俺に文句を言ってくる。半殺しにされた俺は由里絵に手を借りて立ち上がった。
「早く女子寮へ行け。お前の恐怖症が早くなおるように、私が適任な生徒をカップリングしておいた。ルームメイトとは、仲良く過ごすんだぞ。色々な意味でな……」
麗菜は意味ありげな言葉を吐いたあと、理事長室から出ていった。
担任の春日由里絵に案内され、俺は女学院のすぐ隣にある学生寮『百合の園』の門の前に立った。名前からしてなにやら妖しい雰囲気である。
女子寮は煉瓦調の古びた洋館だった。赤褐色の壁にはツタが絡み、中庭には白いテーブルが幾つか置かれている。洋館の周りには薔薇の生け垣がある。いっそのこと、名前を『薔薇の園』に変えた方がよいのでは、とツッコミを入れてしまいそうになるが、それでは違う路線に変わってしまうのでやめておこう。
洋館の入り口は重厚な木製の扉になっている。
「綾辻君……出して」
(出す? 何をだ? 今の俺に出せるものといったら……)
制服をべロリとめくり、とりあえずおっぱいを出してみる。
「ち、違います! 学生証を出すんです!」
由里絵は慌てて制服の裾を持ち、俺の胸を隠した。そして編入してきたときにもらったパスケースの中からカード型の学生証を取り出す。
「ここにかざして」
ドアの横にある小さな機械にカードをかざしてみた。
「ヘッキシッ!!」
と、いきなり誰かがクシャミをしたと同時にドアの向こうでロックが外れる音がした。古いのは外観だけのようだ。
ドアを抜けて中に入る。するとすぐにドアがロックされた。
寮内は南国のフルーツのような甘い香りがほのかに漂っている。二階までの吹き抜けになっている。建物をぐるっと囲むように廊下があり、そこにそれぞれの部屋の扉がある。廊下に出れば、どこの部屋からでもホールが見える作りだ。逆も然り。ホールからどの部屋の扉も見えるようになっていた。
「ヘッキシッ!」
また誰かがクシャミをした。と同時に寮のドアのロックが外れる音がした。
「やけにクシャミをする人が多いなぁ。みんな花粉症かな?」
「違うわよ。あれはセキュリティーカードを認証した時の音よ。その学生証は寮のカードキーでもあるけど、学内でのお買い物もそれで支払えるのよ」
「へ? そうなんだ。色々できて便利ですね」
「ええ。理事長が開発したその『カトちゃんPAY』のおかげで、財布を持ち歩く手間も省けて助かってるわ」
どうやらこのICカードは麗菜が開発したようだ。あいつはあの若さで色々な能力を身につけていることだけは尊敬する。俺はちょび髭に二本の指を添え、腹巻を巻いた、にょろりと一本だけ毛が伸びたバーコード禿げのグルグル眼鏡を掛けたオヤジが裏に描かれたカードを見ながらしみじみそう思った。
ホールの中央へと歩を進める途中で、俺は何か違和感を覚えた。ゆっくりと後ろを振り向く。右斜め後方に、何やら小さな窓があった。
身体は前を向いたままで後ろへと戻る。窓の前で立ち止まる。そこには老婆が一人座っていた。
(あ、この寮の管理人のおばあさんなのかな……これからこの寮でお世話になるんだから挨拶しておかねば……)
小さな窓を横にスライドさせ、椅子にちょこんと座る小さなおばあさんに声を掛けた。
「あの、今日からお世話になります、綾辻千尋と申します。これからよろしくお願いします」
なるべく女の子らしくしようと、首を右に少し傾けながらにこりと笑う。
「……」
だが、おばあさんは無反応だった。
(耳が遠いのかな?)
「あのーーーーっ! 今日からお世話になりますーーー、綾辻千尋でーーーす」
大きな声で言ってみた。だが結果は同じだった。それどころか、おばあさんは先ほどから微動だにしない。
「ん? もしかして人形なの? 一応形だけ管理人が居ますよってことにしてるんですか?」
横にいる由里絵に尋ねた。
「生きとるわ!」
突然人形がしゃべりだした。
「わっ! びっくりした!」
「話は理事長から聞いておる。部屋は二階の204号室じゃ。理事長もお前さんとあの子を同じ部屋にするとは……くくくっ……せいぜい仲良くするんじゃな……いろんな意味でのぉ」
麗菜と同じく、意味深な言葉を吐く。俺はなんだか背中のあたりがゾクゾクしてきた。
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