第2話 いきさつ

二週間前のこと……



「ああそうだ。いずれは女学院のひとつを千尋に任せようと思っている。だが……」


 うちの屋敷に来ていた麗菜。親父の書斎に入ったままなかなか出てこない。もしかして中で何かエッチなことでもしてるのかと思い、こっそり聞き耳を立てていた。


 ちなみに俺は女性恐怖症だが、女に興味がないわけではない。あの柔らかで丸みのある膨らみを触ってみたいという願望は普通の男子並にあるのだ。だが俺の体質がそれを邪魔して……。


「おじさまのお気持ち、お察しいたします。千尋があんな性癖をもって生まれてしまったことで、おじさまも相当お悩みに……」


「性癖じゃねえよっ! 元はと言えばお前のせいだろうがっ!」


 麗菜の暴言に、思わず書斎の扉を勢いよく開く。


「千尋……全くお前という奴は。人の話を盗み聞きするとは。まさかお前、私がおじさまとエッチなことでもしているんじゃないかと思ったのではないだろうな?」


「ば、ばか、そんなワケねぇだろう! それよりもさっきの言葉、撤回しろ!!」


「何の話だ?」


「性癖のことだ性癖の!」


「ああ、そのことか。私は事実を述べたまでだ」


「あれは性癖じゃねえっ! 俺がまだ幼い時に、お前が俺にあんなことやこんなことやそんなことまでしたから、俺は女性に対して恐怖を抱くようになったんだ。俺は被害者だっ! 責任をとれ、責任を!」


「男のクセにギャアギャアうるさい奴だ。今日はそのことでおじさまと話合いにきたのだ。お前はいずれ、女学院のひとつを任されることになる。理事長が『こっち』では笑い話にもならん」


 麗菜は左の頬に、右手の甲をくっつけながら言った。


「そっちじゃねえ! 俺は女が怖いだけで女には興味がある!」


「興味があっても身体がこれでは交わることもできまい」


 そう言うと、麗菜は俺の手を取り、細身の身体には不釣り合いな膨らみに触れた。柔らかな心地よい感触が手の平を通して伝わってくる。


「ぎゃあああああっ!」


 俺の頭の中に幼い頃経験した、あんなことやこんなことやそんなことが走馬燈のように駆け巡る。背中に悪寒が走ったと同時に、恐怖で身体がブルブルと痙攣しはじめた。


「おじさま、見ての通りです。こんなことではおじさまの心が安まる事はありませんわ。どうでしょう。ここはひとつ、私に任せては頂けないでしょうか? 獅子は千尋の谷に我が子を突き落とすということわざがあります。ここはひとつ、千尋の女性恐怖症を治すために、我が女学院に入学させようと考えています。千尋だけに、千尋の谷へ…ふふっ、なんとも不思議な縁ですわね」


「へっ?」


 麗菜のその言葉の意味が分からなかった。


「どういういこと?」


「言葉の通りだ。お前を女の園で生活させる。要は慣れだ。女に囲まれて生活すれば、自ずとお前の恐怖症は治るという訳だ」


「何言っちゃってんの? 俺は男だぜ。女学院に入学できるわけないじゃん」


「大丈夫だ。問題ない」


「いやいやいやいやいやいやいや、問題だらけでしょ」


「バレなければいいのだ」


「バレるって、絶対バレるって!」


「四の五の言うな。もうお前を迎え入れる準備は進んでいる。あとはおじさまの許可を頂くだけだ」


「許可って……そんなこと許可する訳ねえじゃん。だって、女子校に男が通うんだぜ。バレたらただじゃ済まねえだろう」


「おじさま? どうでしょうか?」


「うむ。許可する」


「えええええええええええええええっ!」




 ……と言うわけで、俺は女性恐怖症を治すために、麗菜が理事長をつとめる、この『麗華女学院』へとやってきたのだ。


 これから俺は、この女学院にある寮で生活をしながら学院で学ぶことになった。


 洗面所の鏡で全身をチェックし、出ていこうとした時だった。


「もう……ダメだったら……友香……ぁん……ダメだって……声出ちゃう……」


 個室の方から何やら妖しい声がする。誰かいるのだろうか? いや、絶対に誰かいる。聞こえてきた言葉から察するに、最低でも二人がそこにいる。


(こんなところで一体何をしているんだ?)


 声のする方へと近づいてみる。


「……んん……ダメだったら……んん……ピチャ……ピチャ……」


(ピチャ? 何の音だ?)


 個室のドアに耳を当て、そっと聞き耳を立ててみる。


「美玲の唇……すごく柔らかい……んん……ねぇ……舌を出してみて?」


(唇!? 舌!?)


 会話の内容から想像される事はひとつしかない。見たい! だがしかし、個室のドアノブには、使用中を示す赤色が浮かんでいる。


(う、上から覗いてみるか? でも、もしバレたらどうする? まだ教室にも行っていないのに、速攻で学院を去らなければならなくなるぞ? ここは我慢して教室に行く方が無難か?)


 身体を出口の方へと向けるが、足が言うことを聞かない。体と心のギャップに悶えながら、牽制球を警戒して右往左往している一塁ランナーのような俺の姿を、心配そうな目でお手洗いの入口あたりでひょっこりしながら見ている春日先生。


「大丈夫?」


「ええ、大丈夫です」


 平静を装いながら、女の子口調で答える俺。麗菜が言った通り、鏡に映る女装した俺の姿はどこからどう見ても女の子だ。あとは言葉使いに気をつけるだけだった。


「それじゃあ、行きましょうか?」


「はい」


 二人で教室へ向かって歩き始めた時だった。


「春日先生!」


 突然、後ろから声がした。二人で同時に振り向く。そこには、にこやかな顔でこちらを見ている、黒髪の美少女の姿があった。

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